「エシックス」という言葉は、エートス(ethos)が語源だそうです。「いつもの場所」という意味の古代ギリシア語で、そこから「人間本来の性質」という意味になり、さらに、ある時代の社会が持つ、価値観、行動を指すようになりました。我々がよく知っている「エチケット」という言葉も、エートスからきています。
社会学者のマックス・ヴェーバーは、エートスを「倫理的態度」として捉えました。彼は述べます。「正しい行為とは、目的達成の手段ではなく、行為それ自体が目的として行なわれる行為である。エートスは個人の内面にある。」
そして、その倫理こそ、広告が差し示す道だと教えてくれるのが、橋口幸生さんの『クリエイティブ・エシックスの時代』です。
現役のクリエイターである橋口さんが、ステレオタイプな美の基準に疑問を投げかけるDoveの広告、固有の文化を歪めることなく「リプレゼンテーション」した真田広之の『SHOGUN 将軍』など具体的な事例をもちいて、同じ作り手・情報の送り手に向けて呼びかける形で書いているのが大きな特徴です。
広告を発注する人、作る人、見る人だけでなく、エンターテインメントを含めたすべてのインプット、アウトプットを通じて、折に触れて参考にすべき一冊です。
『クリエイティブ・エシックスの時代 世界の一流ブランドは倫理で成長している』
橋口幸生著/定価2,420円
ですが、僕はこの本は、さらにその根本にある、人類の普遍的原理をいまいちど確認させてくれる宣言だと感じました。
我々の住むこの世界は、そして我々の意識は、確実に前進しています。
2024年に放送された、阿部サダヲ主演のテレビドラマ『不適切にもほどがある!』は、その意識の変化のひとつのあらわれでした。コンプライアンスに対する配慮がないも同然だった昭和時代にタイムスリップするお話でしたが、視聴者はこれを「いまよりコンプライアンスがゆるくて、おおらかで素晴らしかった」と懐かしんで楽しんでいるわけではないのです。「世間に非難されないためのルール」である「コンプライアンス」への意識ではなく、もっと根源的な「エシックス」を身につけた視聴者の意識変化が、このドラマを支持したのです。
人権、ジェンダー、もっと身近な喫煙問題や、他人に向けた嘲りも含め、誰かを傷つけて自分だけが幸せになれるはずがない。世界が住みやすくなるはずがない。そんな「ふてほど」な社会から、人類は一歩一歩、目から鱗をはがすように、ゴミを拾うように、世の中を作り変えてきました。
橋口さん自身の企画による、袴田事件の再審無罪までの日々を圧倒的な表現に結実させた、「世界えん罪の日」新聞広告は胸を打ちます。
人間相互が敬意を持って暮らせる、当たり前の社会にするために、ここまでどれだけの障壁があり、今日も闘う人がいて、これからなにをすべきか。
橋口さんは、「クリエイティブ・エシックスをもった広告クリエイターが貢献できる場面はこれからどんどん増えていくでしょう。」と語ります。
この地球に暮らす誰もが、居心地のいい「いつもの場所」にたどりつけるように。
『クリエイティブ・エシックスの時代』はそのための倫理の書であり、もう過去には戻らないという決意を示した勇気の書です。

『クリエイティブ・エシックスの時代 世界の一流ブランドは倫理で成長している』
橋口幸生著/定価2,200円+税
現代のビジネスパーソンがいま知っておくべき、倫理(エシックス)とその事例を解説。「炎上するのが嫌だから守る倫理(コンプライアンス)」ではない、「ブランドをより魅力的に成長させるための倫理」を紐解く、はじめての書籍です。人権、ジェンダー、多様性、セクシュアリティ、気候変動などのテーマ別に、時代による変遷や、さまざまな具体事例もあわせて紹介。この一冊で、押さえておくべき必須教養が身につきます。