美しき、エクスペリメンタル・エンジニアリング~「デザインをつくる イメージをつくる ブランドをつくる」によせて(文・古屋言子)

ブランドコミュニケーションの画一化が加速している。

グラフィックデザイナー、ブランドストラテジストとして活躍するデザイナー、ネヴィル・ブロディは数年前、ロンドンで開催されたデザインイベントで次のように発言した。

「グラフィックデザインは、多様で複雑なメディア空間を横断する必要がある。同時に、コンテンツを表現するためのグラフィックデザインから、コンテンツを提供するためのグラフィックデザインへとシフトしている。そのため、ほとんどのプラットフォームやブランドは、コンテンツを持ち上げるために表現を鈍らせ、アクティベーションを優先し、個性から遠ざかっている」

ここで言うグラフィックデザインは、ブランディングと言い換えることができる。かつてブランドは、個性的なロゴやシンボルマークを用いて、また印象的な広告やコンテンツを発信し、視覚的表現をいかに魅力的にできるかを競っていた。それが個性となり、個性がコミュニティを創り、コミュニティがブランドを推す構造を生んだのである。

今、ブランドはこれまでのコミュニケーションに加えて、多様なアプリケーションやタッチポイントで常にコンテンツやナラティブを発信し、競合と同じプラットフォームの中でどれだけエンゲージメント数が高いかを競うようなコミュニケーション戦略を立てることにシフトした。また、コミュニケーションの視覚的表現、スピード感、伝達方法はSNSなどを中心としたデジタル環境で再現できるよう再設計し、結果として、多くのブランドがどれも似たような声色になり、顔つきになっている。

工藤氏が手掛けるブランドは、その多くがグローバル市場で展開するようなメジャーなブランドばかりだ。画一化したブランド評価の環境においても、そのコミュニケーションは、非常にユニークだ。圧倒的な造形美と、オリジナリティに富んでいる。多くのブランドが個性を諦め、アクティベーションを重視するなか、工藤氏が手掛けるブランドは一体、どのような方程式で豊かな個性とアクティベーションを両立させているのか。パッケージデザインや空間デザインの分野で培われた、フィジカルな感覚と評価基準が数値化できない人の感情をもデザインしているかのようだ。いかなるプラットフォームにおいても、実験的な表現とコミュニケーションに挑み、それを妥協することなく届けるエンジニアリングスキルの高さと美しさに圧倒されるばかりだ。

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古屋言子(こや・ことこ)

神奈川県出身、イギリス育ち。慶應義塾大学環境情報学部卒業。デザインマネジメント/PR事務所(トランスフォーム株式会社)、広告代理店(パブリシスジャパン)、デザインメーカー(モリサワ株式会社)を経て、2011年よりフリーランスとしてデザインマネジメント、プロデュース、デザイン教育に携わる。D&ADリージョナルマネジャー日本・シンガポール、ネヴィル・ブロディ率いるデザインスタジオ Brody Associates アソシエイツ。

『デザインをつくる イメージをつくる ブランドをつくる』
工藤青石著
定価:2,420円(税込み)

「SHISEIDO MEN」「オイデルミン」など資生堂で化粧品ブランドを数多く手がけ、現在人気化粧品ブランド「イプサ」のクリエイティブディレクターを務める著者・工藤青石が、初めて書き下ろした書籍。これまで手がけてきた数々の仕事におけるにおけるデザインやクリエイティブのディレクションの考え方、そして制作のプロセスを公開。実例を見せながら、自身の経験と知見、そして美に対する独自の視点からひもときます。

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