電通は、3月27日にクリエイティブインキュベーター「Firstthing(ファーストシング)」を発足した。このチームは「クリエイティブインキュベーター」を掲げ、異なる専門領域(コピーライティング、映像、デザイン、PR、マーケティング戦略、AI・テクノロジーなど)を持つ新進クリエイター10名が参画している。ファンダーであるクリエイティブディレクター/映像ディレクター 鈴木健太氏を中心に、メンバーは20~30代が中心という非常に若いチームだ。今後、起業家やプロジェクトオーナーのビジョンの実現に向けた「最初の一歩」に伴走するチームとして活動していくという。今回、ファウンダーである鈴木健太氏に、立ち上げの背景や今後の活動について聞いた。
通常の広告クリエイティブの範疇を大きく超えるアプローチを
━━鈴木さんが、Firstthingを立ち上げようと考えた経緯を教えてください。これは鈴木さんからの提案ですか?
鈴木:Firstthing (ファーストシング)は、鈴木を含む電通の若手メンバーが自主的にはじめたチームです。広告クリエイティブで各々が培ってきた様々なアプローチをもっと自由に融合しながら、未来に挑むスタートアップや新規事業など「あたらしい一歩を踏み出す」方々に向けてお手伝いがしたい、その一心ではじまりました。その想いを上長に伝えたところ、大変共感してくださり、正式にチームとしてスタートを切ることができました。
通常我々の仕事は、ブランドをどのように見せるか、具体的なオリエンテーションがある場合が多く、その仕事はすでに体系化していますが、生まれたばかりのスタートアップやオルタナティブなプロジェクトは目の前の取り組むべきイシューが明確でなかったり、羅針盤がありません。自分がこれまで「劇団ノーミーツ」や映画レーベル「NOTHING NEW」 のほか、新規プロジェクトやスタートアップ支援をおこなっていた経験のなかで、強い思いを持つアントレプレナーの皆さんと向き合いながら、「最初の一歩」を考えるだけでなく実現させることがいかに大事なことであるかを強く実感しました。Firstthingは「思考」と「実現」を繰り返す実績あるクリエイターが、起業家や投資家、プロジェクトリーダーの皆さんと共に伴走するチームです。そのアプローチは、通常の広告クリエイティブの範疇を大きく超えています。僕らにとっても未知なチャレンジですが、だからこそおもしろいはずです。
━━チームが掲げている「クリエイティブインキュベーター」とは、具体的にどんなことですか。
鈴木:「あたらしいことをはじめる」のは、不安やリスクがつきものです。現代は不確実で不明瞭で、技術進化のスピードも速い中で、スタートアップなど新しい価値を生み出す人たちに注目が集まり、大量の企業が生まれては消え去りながら、そのほんの一部が世界を変える価値を生み出していく時代です。最初の初期衝動が素晴らしくても、それを持続させる力がなかったり、うまく伝える術がなかったりして、終わっていくプロジェクトはたくさんあります。もちろん、最初の考えからピボットしてうまくいくことのほうが世の中にはたくさんありますが、いずれにしても、もし自分が起業家だった場合、最初の初期衝動やイシューを一緒に磨きながら、素晴らしいアイデアを世の中に一緒に実装するところまでできるチームがいると心強いなと思って立ち上げました。そのうえで、新しい種をインキュベーションする意味を込めて、「クリエイティブインキュベーション」という新たな呼称を名付けました。
こういったチームの場合、傾向として気の合うもの同士や専門分野が近い人たちで集まりがちなのですが、Firstthingは職種も思想も様々です。AIや表現に特化するクリエイターやテクノロジストもいれば、PRやマーケティング戦略の専門家もいます。広告業界にこういった多様な視点や専門性が交差する場が増えれば、もっとより自由な発想で新しい仕事に取り組めると思い、自分含めて最初に10人で旗を上げることにしました。
「Firstthing」は「まず最初にやってみよう」という掛け声でもあります。不安なことも、未知なこともありますが、それを恐れて動けないことの方がリスクな時代です。とりあえずまずやってみる、そこから切り拓かれる未来の価値があることを信じて、自分たちも起業家精神でこのチームをはじめました。ここからFirstthingのカルチャーが伝播し、参画してくれる方が世代を超えて増えていくと嬉しいなと思っています。
我々のベンチマークは、通常のクリエイティブブティックだけではなく、海外の「Yコンビネータ」のようなシードアクセラレーターや、「ベル研究所」のような新しい価値を生み出し社会を変えていくイノベーションハブです。クリエイティビティによって、未知なる領域への挑戦者が世界に挑むムーンショットを生み出せる、日本からそんな事例を作るお手伝いを本気でしたいと考えています。投資機能やクリエイティブの後進育成など、未来に持続する仕組みをもここから作りたいなと考えています。
また、このチームの名前の由来として、「ファースト・シングス・ファースト」というマニフェストがあります。これは、グラフィックデザイン業界においてデザインが果たすべき役割について深く掘り下げたマニフェスト。1964年に英国のグラフィックデザイナー ケン・ガーランドを中心に発表され、その後も改訂版が発表されるなど、デザイン界に大きな影響を与えています。商業的なデザインに傾倒しがちな当時の状況を批判し、デザインが社会に貢献できるような、より重要な課題に取り組むべきだと訴えているのですが、この考えに我々も賛同し、商業利益のみを追求するのではなく、社会や自身にとって意義のある仕事に取り組むべき、という信念をもって今後の挑戦に踏み出そうとしています。
━━従来の電通のクライアントとは異なる領域に広がりそうですね。
鈴木:投資家・VC、起業家(アントレプレナー)や経営者、企業の新規事業のリーダー、オルタナティブなプロジェクトの代表の皆さまなど、なにか新しいことをはじめるすべてのひとを対象にしています。理解されにくいことを世の中にどう言語化・ビジュアライズするか、どういったサービスアウトプットにするか、ブランドコミュニケーションを開発するか、あるいは投資家へのピッチ資料の相談などなど…なんでも相談OKです。いつでもご連絡ください、というスタンスです。
それぞれの専門領域を持つ10人が集結
━━チームのメンバーはどのように集まりましたか。
鈴木:各分野で、同世代で、特に印象深い取り組みをされている方に鈴木からご相談しました。「Head of〜〜」という仰々しい肩書きをつけているのですが、これはちゃんと自分たちそれぞれの専門性を「ドメイン」にし、旗を振り、それぞれが自分の専門領域に責任を持って、後進に繋げていく意識が必要だという思いを込めて名乗らせていただいています。この10人はあくまでFirstthingという掛け声の旗振り役で、プロジェクトごとにはさらに多くの社内外の方と今も仕事を進めています。今回発表できなかった仲間もいるので、今後発表していきたいと考えています。オープンに新たな価値が生み出され、属人的ではないメソッドが未来に継承されていく場を築いていきたいです。
━━このチームで目指していること、このチームだからできることとは?
鈴木:小さいけど価値のある仕事、自分にとって意義のある仕事を最優先にしながら、それを一緒に大きく育てていく(インキュベーションしていく)という姿勢自体は新しいかなと考えています。また、横断的なチームでもあるため、それぞれのメンバーが他のチームにも所属しています。真子千絵美さんはクリエイティブチーム entakuに所属、辰野アンナさんは女の子向けソリューションチームGIRL’S GOOD LAB代表、岸裕真さんと末冨亮さんはDentsu Lab Tokyo所属、塚田航平さんはFuture Creative Centerに所属、木村太郎さんはMONYA代表だったり、自分も映像ディレクターとしてはCANTEENという事務所に所属していたり、本当にみんなバラバラです。このバラバラなメンバーが集まることは唯一無二かもしれません。会社に縛られることが必要のない時代だと思います。
━━チーム発足後、反響はありましたか。
鈴木:すでに多くの方からご相談いただいており、ひとつひとつにご対応しております。アントレプレナーの皆さまに向けては、今後「Firstthing Free Friday」という、金曜日の午前中にFTのメンバーがリモートで壁打ち相手になる無償プログラムを実施しようと計画しています。より気軽に未来のアイデアをインキュベートするきっかけを作れたらと考えています。こちらは、決まり次第発表します。それ以外にも様々なやり方で、クリエイティブインキュベーションのかたちを作り上げていきます。まずこの1年、2年は自分たちの実績をつくっていく期間でもあると思っています。困難もあると思いますが、多くの方にサポートいただき、万全な体制が整いつつあります。アントレプレナーの皆様とともに、未来に残る仕事を作りたいです。
━━4月17日から始まる「Firstthing of Firstthing みんなでつくるアイデア展」について教えてください。
鈴木:Firstthing発足を記念した最初の展示を中目黒で6日間開催します。「みんなでつくるアイデア展」という名前にあるとおり、みんなでまだ世界にないアイデアを考える”ブレスト型展示”です。Firstthingのメンバーによる大量の下書きアイデアや企画書、そしてみんなで未来のアイデアを考えるブースも用意。アイデアを出し合う「付箋」を展示のモチーフに、来場者も付箋に自由にアイデアや意見を書いて参加することが可能です。
普段自分たちが仕事の中でおこなっている「未来のアイデアをみんなで考えること」の楽しさを伝える、日々進化するあたらしい展示を目指します。ここで生まれたアイデアで特に面白かったものは、実際にかたちになることもあるかもしれません。展示内では、『マンガ大賞』に2年連続ランクインし、『手塚治虫文化賞』など数々の漫画賞を受賞した大ヒット漫画『チ。 ―地球の運動について―』を手がけた漫画家の魚豊さんや、誰もが平等で公正な世界を実現するために、子どもや若者、さまざまなステークホルダーとともに活動する「国際NGOプラン・インターナショナル」など、Firstthingのメンバー以外から出たアイデアの種も展示します。
様々な背景を持つ人の思考が混ざり合って、新しい一歩が創られる過程を可視化していきたいと考えています。
Firstthing of Firstthing みんなでつくるアイデア展
日程:4月17日(木)~22日(火)
場所:中目黒「光婉」
時間:11:00~20:00
入場無料
