橋口幸生×桑山知之「いま、ブランドに求められるクリエイティブ・エシックスとは?」

クリエイティブディレクター橋口幸生さんの著書『クリエイティブ・エシックスの時代』の刊行を記念し、青山ブックセンターで対談イベントが開催された。対談相手は、ヘラルボニーのクリエイティブディレクターである桑山知之さん。なぜ、いまブランドや広告の作り手が倫理(エシックス)を持つことが重要なのか、どう取り組むべきなのか、様々な角度から議論を交わした。

写真 イベントは、2月25日に青山ブックセンター本店にて行われた。

イベントは、2月25日に青山ブックセンター本店にて行われた。

広告やメディアは、無意識のバイアスを生み出してきた

橋口:私は普段、電通で広告のクリエイティブディレクターをしています。はじめに自己紹介を兼ねて、自分の手掛けた仕事の中から社会性と公共性のあるもの、世界をより良くするためにという視点でつくったものを、最初に見ていただければと思います。

例えば、外苑前にあるITOCHU SDGs STUDIOで2023年に開催した「キミのなりたいものっ展? with Barbie」展。米国イリノイ大学の調査によれば、6歳位の頃から女の子は「男の子が賢い」と思い始めるそうです。それは実際のクラスメイトの成績とは関係がなくて、普段見ているアニメやドラマで博士や医者の役が男ばかりだからそう思うようになるらしいんです。

そういう無意識のバイアスを塗り込まれてしまうので、後々の職業選択で女の子は制約が出てきてしまう。なので、親子でそのジェンダーバランスについて考えるきっかけになればと企画したものです。このほかにも、作家の岸田奈美さんが「世界ダウン症の日」に合わせて出稿した新聞広告や、「世界えん罪の日」の意見広告などを手がけています。

桑山 :私は元々東海テレビの報道部でディレクターをしていて、プロデューサーとしてドキュメンタリーCMをつくっていました。未解決事件の被害者や、発達障害に関する話題、コロナ禍の中での人々の距離感など、様々な社会課題に向き合ってきて、その中でヘラルボニーに出会い、2年前に入社しました。

ヘラルボニーは障害のある作家が作ったアート作品を、IPビジネスとして、ブランドや商品、展覧会など様々な形で社会に届けていく活動をしている会社です。創業者は松田という双子の兄弟で、その4歳上のお兄さんに知的障害を伴う自閉症があり、家族としては幸せに暮らしているけれど、一歩外に出るとからかわれたりして、それに対する違和感から福祉の領域で起業したという経緯があります。

ミッションは「異彩を、放て。」。「“普通”じゃない、ということ。それは同時に、可能性だと思う。」と、あえてそのセグメント性を強めることによって、社会にその存在や価値を伝えていく仕事をしています。

橋口さんの著書にも出てきますが、私は障害のある作家を映像や作品を通じて「レプリゼンテーション」していくのが自分の役割だと思っています。もともと報道出身なので、作家の映像などを通して、作家やアート作品の魅力をより伝えていきたいと思っています。

ヘラルボニーのサイトでは、契約作家の紹介動画を掲載。この動画は、やまなみ工房に在籍する大路裕也さんのもの。『クリエイティブ・エシックスの時代』では、カバーに大路さんの作品を起用している。

橋口:レプリゼンテーションというのは、メディアなどで社会に存在している多様性が適切に表現されていることを指す言葉です。例えば、ダウン症の人って、世の中には普通にいるじゃないですか。でも、ドラマや広告の中では全然見ないですよね。そればかりか、広告には、普段ほとんど会う機会がないような若い美男美女ばかり出てきたりして。それはおかしいなと思っているので、これまでメディアに出てこなかった人たちが、広告やメディアの中に登場する機会を作っていきたいと思っています。

桑山 :橋口さんの書籍を読んで、レプリゼンテーションというのは、これまで「いなかったことにされてきた」人たちが救いを感じたり、これは自分の話だと明確に感じるポイントになるだろうと感じました。今後、すごくキーワードになっていく言葉ですね。

写真 イベントは、2月25日に青山ブックセンター本店にて行われた。

クリエイティブ・エシックスは「世界を今より良い場所にする」という視点

橋口:ここからしばらく私の著書『クリエイティブ・エシックスの時代』の内容を中心に進めたいと思います。

「エシックス」は「倫理観」という意味です。クリエイティブな仕事をする人間が持っている倫理観があると考えて、それを「クリエイティブ・エシックス」と名付けました。簡単に言うと、世界を今より良い場所にするかどうか、という視点で物事を判断するマインドセットをそう呼んでいます。

広告に限らずですが、日本でコンテンツをつくるクリエイターって基本的に「面白い」を目標にしていますよね。僕たち広告業界の企画書を見ても、「ワクワク」っていろいろなところに書いてあるんです。

それもいいんですけれども、もう少しそこに多様性があった方がいいんじゃないか?と思ったんです。ただ「面白い」だけじゃなく、世界を今より良い場所にするか?という視点が入ることで、新しい種類の面白さが生まれる。その結果、社会がもっと豊かに、みんなの幸せにつながるんじゃないかと思って、この『クリエイティブ・エシックスの時代』という本を作りました。

倫理と言うと、コンプライアンスという言葉を想像される方も多いと思います。でも、僕はコンプライアンスとクリエイティブ・エシックスは違うものだと捉えています。

コンプライアンスは「べからずルール」と言いますか、こういう表現をすると人を傷つけるからやめましょう、などとNGな行為を決めて「守る」ことが重要視されます。一方で、クリエイティブ・エシックスは世界をより良い場所にしよう、それによって面白い、楽しいものを作っていこうというものです。つまり、「攻め」の姿勢に当たるものです。

いま問題になっているフジテレビの審議会で、「人権に配慮していたら面白いもの番組が作れない」という趣旨の発言があったそうです。正直似たような気持ちの人も多いと思います。でも、よく考えたらそれっておかしいんですよね。建築家が「建築基準法を気にしていたらカッコいい建築は作れない」とは言わないじゃないですか。自動車メーカーだって「車検を気にしていたらいい車を作れない」とは言わない。そんな中で、コンテンツの作り手だけがそういうことを言うのは、率直に言って傲慢だと思ったんです。

写真 人物 電通 クリエイティブディレクター 橋口幸生さん

電通 クリエイティブディレクター 橋口幸生さん

クリエイティブ・エシックスは、新しいクリエイティビティの源泉となるものです。ヘラルボニーは、まさにそれを体現している日本の代表的な企業ですよね。障害のあるアーティストの素晴らしい作品が世の中に出ないことは純粋に損失だと考えて、だからこそどんどん出していこうと。その方がビジネスにとっても、世の中全体にとってもプラスじゃないかというマインドセットでやられていると思います。

桑山 :おっしゃる通りで、アート作品自体は同じだけれども、アウトプットの仕方や発露のさせ方はまだまだ可能性があると捉えた時に、ヘラルポニーはその「額縁」のような存在になれるといいなと思っています。

額縁によって作品自体は守られるし、かつ、その作品自体の価値を高めることもできる。まさに自分たちはそういう存在でありたいです。

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