ダニエル・J・エデルマン(Daniel J. Edelman、1920-2013)は、現代のPR業界における最も影響力のある人物の一人であり、業界最大級の独立系PR会社「Edelman(エデルマン)」の創設者です。
彼はPRの実務を「戦略的なコミュニケーション活動」として体系化し、広告とは異なる「信用の獲得(earned media)」を重視する手法を確立しました。
エデルマンは、広報PRの果たす役割をこのように表現しています。「広告は言いたいことを言う。PRは、相手が聞きたい形で語り、信じてもらう」。また、広報PR担当者の役割について、「情報の発信者ではなく、信頼される情報源(trusted source)になるべき」と述べています。
メーカー広報としてPRイベントの先駆的事例を確立
エデルマンはコロンビア大学大学院でジャーナリズムの修士号を授与されたのち、第二次世界大戦中には陸軍の心理戦部隊に所属し、プロパガンダ作成に従事しました。この経験が後のPR戦略に活かされたといわれています。除隊後、エデルマンはCBSラジオやAssociated Pressで記者として働きました。
その後、シカゴに移り、Toni Home Permanent社(現在はジレット社の一部門)でヘアケア商品担当の広報ディレクターとして働き始めます。在籍中、彼が1940年代後半~1950年初頭に手がけた、非常に革新的なPRキャンペーンのひとつが、「一卵性双生児(Identical Twins)を使ったプロモーション」でした。
Toni Home Permanentは、家庭で使えるパーマセットを売り出しており、「美容室でかけるパーマと同等の品質である」ことを一般消費者に効果的に広報宣伝する手法を探していました。そこでエデルマンは、見た目がまったく同じ一卵性双生児の姉妹たちを集め、片方の姉妹にはプロの美容室でパーマをかけ、もう片方の姉妹には家庭用のToniパーマを使わせました。
そして彼らは、全米の都市を巡る「Toni Twins Tour(トニ双子ツアー)」を実施します。展示会場や百貨店、地元テレビ局、新聞社に登場して、訪れた人々に「どちらの姉妹がサロンでパーマをかけ、どちらが家庭用パーマを使ったのか?」という質問を投げかけました。ほとんどの人が違いを見分けられなかったことで、Toniのホームパーマ製品が「サロン品質と同等」であることが強く印象づけられました。
キャンペーンは、全国各地で展開され、その様子は新聞・ラジオ・テレビといったマスコミで自然な形でニュースとして報道されました。このキャンペーンは、広告ではなく「編集スペース」を活用したPRの先駆的事例だといわれています。
「メディアリレーションズ+戦略+データ+信頼構築」が柱
その後、エデルマンは1952年にシカゴでEdelman Public Relations Worldwide社を創設しました。自身でPRエージェンシーを始めた理由について尋ねられたエデルマンは、「自分は誰よりもPRが上手にできると思うから」と答えています。
エデルマンは、自社の実務を「メディアリレーションズ+戦略+データ+信頼構築」の4本柱で発展させました。また、企業の社会的責任(CSR)やリーダーの信頼性を重視するPRの概念を業界に定着させました。
1980年代以降、エデルマン社はグローバル展開を加速し、現在では60ヵ国以上にオフィスを展開、6000人以上のスタッフを擁する、業界最大手クラスの独立系PRエージェンシーとなりました。
エデルマンの哲学「信頼の時代(The Age of Trust)」
https://www.edelman.com/trust/trust-barometer
その彼の信念を実践しているのが、2001年以降毎年発表されている調査レポート「Edelman Trust Barometer(エデルマン・トラストバロメーター)」といえるでしょう。このレポートは、ビジネス・政府・メディア・NGOなどの信頼性を可視化するものとして、世界的な影響力を持っています。
2013年にエデルマンが亡くなった際、PR WeekやThe Holmes Reportなどの業界紙は「PR業界の巨星」として追悼しました。現在は彼の息子、リチャード・エデルマン(Richard Edelman)がCEOを務めています。
エデルマンが20世紀後半の広報業界で果たした役割は、「信用の獲得」を重視する戦略PR手法を確立したことでしょう。彼は、「信頼こそが、究極の通貨である」と考え、クライアントがどのようにステークホルダーから信頼を勝ち取ることができるか、を考え続けていました。
たとえば、1952年に業界で初めて行われたメディアツアー、1991年に始めた環境PRの展開、2004年にDoveブランドのカルチャーを変えたキャンペーン、さらには前述した「エデルマン・トラストバロメーター」の創設など、多様な新しい手法、技術、発想を企画実践してきました。
また、ESG/SDGs、分断社会、サステナビリティといった、刻々と変わりゆく現代世界や業界・社会の課題に対応する広報PRの役割を追求しました。
