本書が提唱する「SBNR(Spiritual But Not Religious)」とは、特定の宗教に依存しない精神性の在り方を指し、日本人の精神風土と極めて高い親和性を持つ。日本人は古来より八百万の神々や自然との共生を基盤とし、宇宙的な循環(輪廻転生)や、「我は我にあらず」という自己を中心に置かない倫理観を育んできた。このような中動態的な世界観は、SBNRの思想と自然に重なり合い、無宗教的なスピリチュアリティを現代的概念として可視化するとともに、新たな社会的対話を促している。
欧米で発展した「Well-being」という概念に対し、日本には「生き甲斐」という情緒的かつ内発的な幸福の軸が存在する。本書が示すSBNR的価値観は、この「生き甲斐」を再定義し、幸福の指標を数値化可能な健康や収入ではなく、「心が響くかどうか」という内的感応性へと転換する。現代人が日常生活で感じる「心地良い行為」や「意味ある選択」が、文化的・経済的な活動と結びつく回路をSBNRは拓く。「エコノミー」という言葉が通常連想させる資本・利益・効率といった従来の価値軸とは異なる新たな可能性を本書は提示する。
すなわち「損得」の「得」から「徳性」の「徳」へと経済行為のエネルギー源そのものの質的転換を提案し、個人の喜びや精神的満足が経済活動を推進する「心の経済圏」の形成を促すのである。この提案は単なる倫理的議論に留まらず、新たなマーケットが形成されつつある現実的な兆候であり、不透明な時代だからこその具体的反応ともいえよう。
『SBNRエコノミー 「心の豊かさ」の探求から生まれる新たなマーケット』
株式会社博報堂ストラテジックプラニング局、株式会社SIGNING著/定価:2,200円
現代社会におけるグローバリゼーションは文化のコモディティ化を加速させた。インターネット上の社会性は、「能動(Active)」か「受動(Passive)」の二項対立的な構図で語られ、合理的な効率性こそが正解であると信じられた時代でもあった。SBNRという価値観は、そのいずれにも属さない「中動態(Middle Voice)的存在」——すなわち、自ら主体的に関与しつつも自己主張ではなく、世界との共鳴を重んじる態度を示唆するものである。この中動態的視点は個人の生活にとどまらず、企業や社会の意思決定の在り方にも新たな洞察と選択肢を提供する。
『SBNRエコノミー』の本質は、単なるスピリチュアル層の消費動向分析ではない。むしろ、人間中心の意味創造活動として経済行為を再構築し、資本主義以降の社会における「豊かさ」の再定義を試みるものである。「心が動く」こと自体が価値を生み、その価値が人と社会を変える。SBNRはその変化の萌芽として、未来社会の新たな方向性を指し示している。「スピリチュアル」と「エコノミー」という従来別個の領域を共鳴させることにより、資本主義の限界を超える新たな価値創造の地平が拓かれるのだ。

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『SBNRエコノミー「心の豊かさ」の探求から生まれる新たなマーケット』
株式会社博報堂ストラテジックプラニング局、株式会社SIGNING著/定価:2,200円
SBNR層の拡大に注目し、精神的な豊かさや幸せを求める同層の拡大の理由、そしてビジネスへの応用可能性を論じる日本初の書籍です。日本人は43%がSBNRに該当すると言われ、その価値観を理解することはマーケティングや経営にも有効です。本書では、彼らの価値観やライフスタイルを分析するとともに、マーケティング・組織デザインにSBNRの考え方を応用していく具体的な方法を提案します。