パリの日本食ブーム、その理由

5月の頭はフランスでもゴールデンウィーク。5月1日のメーデーから始まり、8日の第2次大戦戦勝記念日、9日のキリスト昇天祭と、日本より1週間長い休日が続く。パリ市内は旅行者ごったがえし、逆にパリに住んでいる人たちは旅行に出かける。

フランスは普段から日本と比べ、オフの日がはっきりしている。毎週日曜日は、デパートも休みで外資のチェーン店以外はほとんどの店が閉まっている。またこういう連休は、開いているレストランはあるけれど、地元の人を相手にしているようなお店は閉まっている。8月のバカンスは、パリから人がいなくなり、まるで日本の正月みたいだ。日本とフランスはオンとオフの時間の取り方が大きく違う。

食事に行く時もフランス人と日本人の感覚の違いを感じる。多くのフランス人にとって食事は、友達と一緒に話を楽しむ時間。だから、日本のようにサクっとお一人様で食事をしている人は少なく、もし見かけたとしてもその人は料理を心から楽しんでいるように見える。すぐにご飯を食べて出ていくような人は少ない。日本人からすると、行列のできているラーメン屋で食べた後も、ずーっとおしゃべりをしているフランス人を見ると、ちょっとした違和感を覚える。日本人のように、食事が済んだらサクっと出て他の人がすぐに食べれるようにしてあげようという感覚はないようだ。それよりも食事の時間を目一杯楽しもうとしているように見える。

日本人の食への進出はここ数年勢いがすごい。フレンチでミシュランの星を獲得しているシェフだけではなく、日本食もラーメンや餃子といった大衆的なものから、懐石や鮨といったもっと本格的なものにシフトしてきている。なによりも大きなブームになっていくだろうと思えるのが日本酒である。昨年、一昨年の日本産ウィスキーのブームに続き、日本酒がいまブームになりつつある。話題のフレンチの星付きレストランでも”Sake”はワインリストに記載されているぐらいで、多くの人がフランス料理と一緒にワイン感覚で日本酒を楽しみ始めている。

独断と偏見でいうとこの理由は2つあるように思う。

一つは日本人料理人の進出。三ツ星フレンチレストランや有名なパティスリーでは、必ず日本人スタッフがキッチンにいるといわれるぐらい、表に日本人の名前が出ていないところでも多くの日本人料理人が働いている。そして、彼らが日本の食材や調味料のアイデアを提供していることも多くあるのだ。最近行ったフレンチのレストランで出てきた料理の味付けは、ユズ、シロミソ、ダシ、コウジなど日本の調味料を使ったもの、そして、うに、白身魚の刺身など、一見したら日本料理と見まごうようなものがフランス料理として出てきた。従来のバターや赤ワインソースなどを多く使う重いフランス料理は、徐々に日本食に影響されて変わってきているように感じた。こういう料理方法や食材に日本酒があうのは当然のように思う。

そして、もう一つは日本酒のクオリティが高くなってきたこと。まず、こういうレストランで扱われるものは純米酒だけである。飲み方は冷や。ワイングラスにサーブされる。決して熱燗ではない。白ワインの代わりに冷酒を飲む感覚に近い。今フランスではビオワインのシェアが10パーセントを越えるといわれているが、それはフランス人がどのように製造されているかを、理解してワインを選びたいと思っていることの現れだと思う。そんな彼らにとって日本酒を選ぶ時も純米酒を、と考えるのは自然なことだろう。

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MIWAであつかっている純米大吟醸酒。


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5月5日にMIWAで行った端午の節句のお祝い。参加しているのは全員フランス人。

日本酒には大きく分けると、純米酒と本醸造酒などのアルコール添加酒の2種類がある。純米酒はその名の通り、お米とお酒、酒麹だけでつくったもので、本醸造酒は醸造用アルコールを添加したもの。つまり米を自然に醗酵させたアルコールではなく、人工的なものを後から混ぜる作り方。日本のお酒の70パーセント以上がこのアルコール添加酒。アル添でも美味しい酒があるというのはもちろん日本人としてわかるのだが、これはフランスでは全く受け入れてもらうことはできない。おいしいかおいしくないか?ではなく、いかに誠実につくっているか?ということがとても重要なのだ。食事が美味しいかどうかもさることながら、(もしかしたらそれ以上に)理屈を重要視するフランスの文化を感じる。

今ブームになりつつある日本酒は純米酒。本当の日本のおいしさを知りたいと思う人たちが純米酒を求めている。しかもフランス料理自体が重いオーセンティックなスタイルからより軽く、日本的な要素を取り入れた料理へ変化しつつあり、日本酒に合ってきているのだ。

この現象は情報のギャップが埋まってきたからこそ起こったことだ。数年前フランスでは、Sakeを頼んだら「燗か冷か?」しか聞かれず、銘柄などなかった。しかしいまやさまざまな銘柄の純米酒を選び、料理に合わせて楽しんでいる。ネットを通じて全世界的に瞬時に情報が流通する時代、モノだけでなく、情報も大量にフランスに伝わっていて、日本と変わらないぐらい知識の有る人たちがいる。きっとフランス人の酒ソムリエがでてくる時代も近いのではないだろうか。ある酒蔵の社長さんが「日本人でもアル添でも気にせず飲む人もいるし、フランス人でも純米じゃないと飲みたくないと思う人がいる。日本人だからとかフランス人だからという区別はもはや無い。人種関係なく、味のわかる人たちにわかって飲んでもらいたい」と言っていた。外国人にはわからないから、適当にごまかせばいいという時代は終わった。国境を超えて正しい情報や感覚を求める人たちの期待に答えられるようなMIWAでありたいと思う。


【佐藤武司「パリ発 世界に通じる日本ブランドのつくり方」バックナンバー】

佐藤 武司(Rightning Paris SAS PDG/MIWAブランドディレクター)
佐藤 武司(Rightning Paris SAS PDG/MIWAブランドディレクター)

1973年、愛知県名古屋市生まれ。三重県桑名市育ち。慶応義塾大学大学院・文学研究科・美学美術史学専攻アート・マネジメント分野修士課程修了。
ビクターエンタテインメント株式会社にてビジュアルプロデュースを経験後、デザイン、映像制作会社として株式会社ライトニングを設立。株式会社ライトパブリシテイと資本提携し、CM等の広告制作を開始。iF design award、reddot design award、New York ADC賞GOLD、GOOD DESIGN賞を受賞。その後、業務を商品企画、CSRにも拡大し、世界初木製ケータイ「TOUCH WOOD SH-08C」を企画する。311を経験後、2011年10月Rightning Parisを設立。経済効率優先の物質文明の先にある生き方、社会のあり方を、美学的アプローチから提案するコンサルティング、プロデュースを行う。
2012年4月よりパリに移住し、700年の伝統のある「折形」を用いたブランド「MIWA」 Pavillon de la cérémonie du cadeau(贈物の儀式を行う特別の場所)を立ち上げる。歴史を紐解き、いままでとは違った視点からコンテクスト化することによって、新たな価値を生み出して行くプロデューサー。

佐藤 武司(Rightning Paris SAS PDG/MIWAブランドディレクター)

1973年、愛知県名古屋市生まれ。三重県桑名市育ち。慶応義塾大学大学院・文学研究科・美学美術史学専攻アート・マネジメント分野修士課程修了。
ビクターエンタテインメント株式会社にてビジュアルプロデュースを経験後、デザイン、映像制作会社として株式会社ライトニングを設立。株式会社ライトパブリシテイと資本提携し、CM等の広告制作を開始。iF design award、reddot design award、New York ADC賞GOLD、GOOD DESIGN賞を受賞。その後、業務を商品企画、CSRにも拡大し、世界初木製ケータイ「TOUCH WOOD SH-08C」を企画する。311を経験後、2011年10月Rightning Parisを設立。経済効率優先の物質文明の先にある生き方、社会のあり方を、美学的アプローチから提案するコンサルティング、プロデュースを行う。
2012年4月よりパリに移住し、700年の伝統のある「折形」を用いたブランド「MIWA」 Pavillon de la cérémonie du cadeau(贈物の儀式を行う特別の場所)を立ち上げる。歴史を紐解き、いままでとは違った視点からコンテクスト化することによって、新たな価値を生み出して行くプロデューサー。

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