雪印事件から脈々と続く食品不正事件
雪印乳業による黄色ぶどう球菌による大規模食中毒事件、通称「雪印事件」から2年あまりが経過した2002年3月24日、北海道新聞、日本経済新聞、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞などの全国紙朝刊に、雪印乳業の「社員一同の謝罪広告」が掲載された。この内容をあらためて読むと今でも衝撃的である。犯してしまった違反行為の数々に猛省する雪印社員一同の吐露が聞こえてきそうである。
私たちが犯してきた、悪質な行為の数々。
本当に申し訳ございません。
企業そのものに人格があるならば、
雪印は、感謝という言葉を持っていなかった、といえます。
消費者の皆様、酪農家の皆様、牛乳販売店の皆様、
お取引先の皆様、株主の皆様
に向ける感謝がないことにさえ、気づいておりませんでした。
現在も雪印製品を愛してくださっている皆様に、
申し上げるべき言葉がございません。
「自分さえ良ければ(助かれば)いい」
「すべて他人事。すべて他人のせいにする」
そしてこれこそが、社員ひとりひとりの中に、
多かれ少なかれ巣くっている悪しき「雪印らしさ」です。
これからお前たちはどうするのだ。
そうした問いに対し、情けないながら、
現在まだ明確にお答えできる段階に至っておりません。
ただ、ひとつ。
社員からなる「雪印体質を変革する会」をスタートさせました。
私たちは、私たちのこれからを見ていてほしいと、
心から思っております。雪印社員一同
なぜ、雪印事件から2年以上も経過したときに、このような謝罪広告を出すに至ったのか。実は、2002年に入り、子会社である雪印食品が、BSE(牛海綿状脳症)対策の国の牛肉買い取り制度を悪用し、輸入牛肉を国産と偽り買い取りを申請し、不当な利益を得ていたことが発覚したことがきっかけだった。「雪印」(スノーブランド)崩壊の始まりでもあった。
当時の雪印食品・脇坂俊郎専務は、事件の社会的影響について、「雪印乳業の食中毒事件で企業の存続を危うくすることを学んだはずだが、社内の体制は甘かった。しかも、食中毒が品質事故だったのに対し、当社の事件は故意による違法行為だった」と苦渋の表情で語ったことが今でも印象深い。
ほぼ同じ時期には、違法添加物の入った肉まんを違法と知りつつ売り切り、この事実を隠蔽した取締役や監査役に多額の損害賠償責任が認められたダスキン事件がある。この事件では、違法添加物(無認可添加物「TBHQ」)の混入した肉まんを消費者に販売したこと、違法添加物の混入した肉まんを違法と知りつつ消費者に販売したこと、違法添加物の混入した肉まんを違法と知りつつ販売し、後日、これを知った外部の第三者に口止め料として6300万円を支払って隠蔽したことに対して、取締役の善管注意義務違反が問われたものだ。企業の過去の不祥事について、取締役らが明示的に議論することなく放置し、その公表に消極的であったことに責任を負わせた判例としても有名な事件である。
その後、不二家事件(2007年)、石屋製菓事件(2007年)、船場吉兆事件(2007年)、赤福事件(2007年)などの賞味期限改ざんや食品偽装事件が相次ぎ、ミートホープ事件(2008年)に至っては、食品衛生法やJAS法の違反だけにとどまらず、その悪質な手口を経営トップ自らが主導したことを踏まえて、不正競争防止法違反や詐欺の罪に問われることになる。こうした数々の事件は、現場のリスクを管理する体制の不備があるだけでなく、経営管理体制そのものに重大な欠陥があると考えられている。内部の監査体制やそもそもコンプライアンスに対する根本的な概念が欠落している事例も少なくない。
再び始まる食品危機
昨今、また食品の安全・安心を脅かす事件が続いている。ダスキンの運営するミスタードーナッツ豊中駅前ショップで、3月に漂白剤が混入した水を誤って客に提供し、薬物中毒を起こさせたとして、業務上過失傷害の疑いで店長が書類送検された。この事件では少なくとも客9人に水が提供され、6人が実際に飲み、女性客2人に急性薬物中毒と急性胃炎を起こさせた疑いがあるとしている。単純な業務引き継ぎのミスと言えば、それまでだが、あってはならないミスである。
香港のスターバックスでは、2011年に香港のビジネス街のセントラル地区にオープンしたスターバックスで、店内に水道設備がないため、入居するビル駐車場トイレから水道水を運び込み、コーヒーを入れていたことが判明。判明した後も、スターバックス側は、「使っていたのは飲料可能な水道水で濾過もしていて衛生状態は保たれている」と主張したが、行政側は「採水方法も場所も規程違反」で「雑菌混入」の可能性も指摘されている。そもそもトイレで採水されたコーヒーを飲む人間がいると思うことが、食品を扱う事業者として常識から外れていると思わざるを得ない。
神奈川県警は、居酒屋チェーン「庄や」橋本店の店長及び運営会社に対して、来店した未成年者4人(当時いずれも16歳)に未成年者と知りながら焼酎ボトル(700ミリリットル3本)を提供した疑いで書類送検した。未成年者への酒類提供は風営法違反で立派な違法行為であるが、それ以前にモラルの問題である。
東京ディズニーリゾートのホテルを運営する「ミリアルリゾートホテルズ」は、「車海老」と表記しているのにブラックタイガーを使用するなど、レストランやルームサービスでメニューの表記と異なる食材を使い、少なくとも1400食を提供していたと発表した。さらに、東京ディズニーランド内のフード店舗においても店舗内のメニューの誤った表記が見つかっている。
このようなコンプライアンス違反は、かつての食品危機同様、現場の不注意を越えて、企業としての経営管理体制に欠陥があるとしか考えられない。直ちに健康危害につながらない事例もあるが、こうした違反行為が根深く広範囲に発生する場合、その是正には従業員全体の根本的な意識改革など、その深耕には多くの時間と努力が必要とされる。企業は、内部統制強化のプロセスの中で、大きな食中毒事故などのPLリスクに目を向ける反面、日々行っている業務プロセスリスクへの関心が疎かになっているように見受けられる。コミュニケーションを通じた啓発など、毎日の積み重ねが重要だが、大きな目的達成の過程で埋没している小さいリスクが、依然としてかなり存在していることを企業は認知すべきである。