市場占有率よりもウォレットシェア*の獲得を目指す
現在、日本のGDPの約4分の1が小売業の売り上げ、つまり“モノ消費”で、この消費総額の規模感はリーマンショック以前からほぼ変わっていません。ただ、チャネルが多様化して消費者の“買い方”が変わり、EC市場の拡大は続き、駅ビルやショッピングセンターが伸びています。その中で、残念ながら百貨店の売り上げ規模は、1998年の9兆円から6兆円まで縮小しています。
苦戦の要因はいくつかあります。品ぞろえの同質化や、自社販売員の削減によるマーケティング力の低下、新規事業参入の遅れによる競争力の低下……つまり、構造的に顧客の変化に対応できなくなっているのです。百貨店の復活のためには、抜本的改革を行い“新たな価値”を創出しなければなりません。
顧客にとっての価値には“相対的価値”と“絶対的価値”があると思いますが、我々は絶対的価値、つまりほかと比較されない唯一無二の価値を追求していきます。今後、市場占有率よりもウォレットシェアの獲得が、企業として重要になると考えています。
では、マーケティングの側面から、今年3月にリモデルオープンした伊勢丹新宿店のリモデルについてお話しします。同店はリモデル前から、売り上げと入店客数が百貨店として世界1位、当社グループの百貨店事業利益の7~8割を生み出す最優良店舗であり、社内では「これ以上の投資は不要」という意見もありました。
しかし私は、「百貨店のあるべき姿」を、最も評価されている店舗で実現することが必要だと考え、リモデルを決意しました。
女性の「社会的属性」に基づき顧客像を分類
約2年半の計画期間のうち、半分以上を費やしたのが顧客分類の再設定です。これは、「ターゲットが誰か」という前に、自分たちの顧客にはどのような人たちがいるのかを考えることで、我々が新店舗開発の際に最も重視する点です。
この10年間は、伊勢丹メンズ館のリモデルの時に設定した「一流志向」「最先鋭志向」「コーディネート志向」「調和・定番志向」という4分類を活用してきました。
今回のリモデルではこの4分類に加え、新たに女性の“社会的属性”に基づく顧客グループ像をつくりました。それが、有職で既婚かつ子どもを持つ「アーバンマザー」、有職で子どものいない「ワーキングウーマン」、ミドル世代で自分の時間を持つ「ウーマン」の3グループです。
仕事の有無や既婚・未婚、子どもの有無など、社会的属性は女性のライフスタイルのテイストに大きな影響を及ぼします。特に、「アーバンマザー」は新たな有力マーケットと仮定し、3年前から検証を進めていました。
この顧客グループ像に従来の4つの顧客分類を掛け合わせ、伊勢丹新宿店の新しいフロアコンセプト「モード」「リアル」「エターナル(上質・本質)」を決めていきました。
小売業にとって大切なのは、自社の顧客が関心を持っていることをなるべく多く洗い出し、その関心度の高い順にお買い場をつくっていくこと。顧客分類から展開分類、さらに商品分類という流れで考えていくことです。
店舗設計にあたっては、商品を置くスペースを10~15%減らし、顧客にとって価値ある“環境づくり”を目指しました。そこで生まれたのが“パーク”という発想。百貨店にとって一番良い場所であるエスカレーター周りを、イベントなどの情報発信の場にしたのです。また、装飾や照明、音楽、香りもフロアごとに変えています。
リモデルの結果、売り上げ・入店数ともに110%増加し、ほかのフロアへの買い回りも各階105~115%増えました。また、プライスライン(一番売れる価格帯)の分析結果についても、例えば当店の婦人ドレスのプライスラインは2万3000円ですが、10%ほど高いラインの売り上げが約2割上がり、単価アップに成功したと言えます。
一方で、お客さまから「わかりづらい」といったご指摘もあるため、今後はフロア内のリレーション修正などに取り組む予定です。
私たち小売業は、お客さまに「こういう商品、空間で良いですか、こういう百貨店、小売業で良いですか」と問い続け、常に変わっていかなければならない。今年の元日にはその思いを、「『これからの百貨店』宣言」という企業広告で「問いつづける。変わりつづける。」と発信しました。
短期的に見れば、百貨店事業よりも不動産業に集中した方が収益力は高まります。しかし我々は、百貨店を再生して収益力を上げていきたいという思いで、これからも百貨店による価値創造に取り組んでまいります。
*ある顧客が購入した特定の商品群の購入金額に対する、自社商品の割合。
次回は味の素ゼネラルフーヅです。