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西川英彦(法政大学 経営学部教授)
「ユーザー・イノベーション」とは、ユーザーが直面する課題に対して、自らの利用のために製品やサービスを創造や改良することである。ユーザーは、個人ユーザー(消費者)だけでなく、ユーザー企業の場合もある。
だが、こうしたイノベーションの捉え方は、実は新しい見方だ。そもそも何百年もの間、実務でも研究の世界においても、イノベーションはメーカーが行うのが当然だと信じられてきたからだ。つまり、イノベーションを生み出すのはメーカーであり、それを使用するのがユーザーという位置づけであったのだ。
作る者を意味する「メーカー」という言葉や、使う者を意味する「ユーザー」、あるいは消費する者を意味する「消費者」という言葉を見ても、それぞれの役割の前提を示していたと言えるだろう。
こうした中、70年代になって、MIT教授のエリック・フォン・ヒッペルによって、はじめてユーザー・イノベーションの存在が明らかにされた。この研究がきっかけとなり、その実態が明らかとなり、多様な研究に発展した。(注1)
※1 多様な研究は、エリック・フォン・ヒッペル『民主化するイノベーションの時代:メーカー主導から脱却』(ファーストプレス刊、2006年)を参照のこと。
埋もれた開発資源
彼を中心にした日本、米国、英国の3カ国の18歳以上を対象にした調査によると、イノベーションを起こした消費者、つまり消費者イノベーターの割合は、日本3.7%、米国5.2%、英国6.1%である。
推定すると日本390万人、米国1170万人、英国290万人であり、多くの消費者イノベーターが存在する(注2)。
日本や英国では製品創造に比べて改良の割合が高く、米国では同程度という違いはあるが、単に改良だけでなく、新たな製品の創造も行われているのだ。(図1)
※2 この調査については、小川進『ユーザーイノベーション:消費者から始まるものづくりの未来』(東洋経済新報社刊、2013年)が詳しい。
消費者イノベーションが生まれている
分野を確認すると、英国では工芸・工作道具や造園関連、子供関連が高く、米国では医療が高く、そして日本では住居関連が高いなど、国ごとの特徴はあるものの、いずれの国においても多様な分野で、消費者イノベーションが見られる。(図2)
消費者イノベーターが費やした研究開発費総額(開発日数から計算した費用と、部材などの実費の合計)を、国内消費財メーカーの研究開発費と比べると日本13%、米国33%、そして英国144%であり、国によって差はあるとはいえ、無視できない研究開発資源の規模になっていることがわかる。
しかも驚くべきことに、ほとんどの消費者イノベーターが、自らのイノベーションの知的財産権を主張していない。
さらに、仲間や企業に知識を積極的に共有しようとしている。つまり、企業はそのイノベーションを自由に利用できるのである。だが、実際に仲間や企業に受入れられているとは言えず、まさに大きな研究開発の資源が眠っている状態だ。(図3)
消費者イノベーションの活用法
それでは、埋もれた大きな研究開発資源でもある消費者イノベーションを、企業はいかに活用したら良いのだろうか。
だが、消費者イノベーターを探しだすのは困難だ。なぜなら、自社製品に適したイノベーションは、先に見た分野の中から、さらに絞り込まれた少ない数になるからである。
例えば、日本のスポーツメーカーが探索するとしよう。スポーツ・趣味分野で0.26%(=3.7%×7%)、仮にその分野に10カテゴリーあるとすれば0.026%となり、1万人に2~3人という確率になる。
市場調査で消費者に聞いても良いアイデアが出ないという企業もあるが、自社顧客の数千人にアンケートやモニター調査しただけでは、圧倒的に数が少ないのである。
そのため、消費者イノベーターをうまく探しだすリード・ユーザー法と、逆に、消費者イノベーターから探してもらうクラウドソーシング法という2つの手法がある。
まず「リード・ユーザー法」は、企業がリード・ユーザーの特徴をもつ消費者イノベーターを見つけ、その情報からイノベーションを行うという手法である。リード・ユーザーは、重要な市場動向の最先端に位置し、自らのニーズを充足させる解決策(イノベーション)から高い効用を得るという特徴をもつ。
実証研究によるとユーザー・イノベーションのなかでも、ビジネス上で魅力度の高いイノベーションは、リード・ユーザーの特徴を備えたユーザーによって開発されていたという。実際に、この手法を利用した3Mでは、企業内部の専門家による開発を上回る効果を発揮していた。
だが、先に見たように、リード・ユーザーの探索は容易ではない。そのため、探索の仕方としては、「ピラミッティング」と呼ばれる手法が利用される。それは、リード・ユーザーの構造が、ビラミッドの形のように、先端性が高くなるユーザーほど数が少なくなると想定されるからである。
具体的には、ターゲット市場のリード・ユーザーに、自分より先端にいるリード・ユーザーを推薦してもらい、それを繰り返し続けて探索する。
ある特定の話題や分野に強い関心のある人は、より専門性の高い人々を知っている可能性が高いという事実にもとづいている(注3)。
次に、消費者イノベーターから探してもらうのが「クラウドソーシング法」である。
近年のインターネットの進展で、多数の消費者である「群衆」(クラウド)にリーチできるようになって生まれた。クラ
ウドソーシングは、広く消費者イノベーターから情報を発信してもらい、その中の最適な情報からイノベーションを行うという手法である。
こう呼んだのは、デジタル関連の雑誌『ワイアード』のエディターであるジェフ・ハウである(注4)。ハウは、一時的とはいえ雇用関係を前提に業務を委託する「アウトソーシング」と対比させ、群衆の余剰能力(正業を他にもち、副業的に能力を使う)を前提に委託するという意味で「クラウドソーシング」と名付けた。
この手法には、自社で実施するタイプと、第三者に依頼するものがある。
前者のタイプで、「体にフィットするソファ」という大ヒット商品を生み出した無印良品では、クラウドソーシングにより生まれた製品は、内部の専門家により行う従来型製品開発に比べて高い成果を上げている。家具における、初年度売上高のグラフを見ると上位にクラウドソーシングによる製品が集中しているのがわかるだろう。
初年度は平均3.6倍の差があり、3年間では5.5倍もの差がある。(図4)
※3 エリック・フォン・ヒッペル『民主化するイノベーションの時代:メーカー主導から脱却』ファーストプレス刊、2006年。
※4 ジェフ・ハウ『クラウドソーシング:みんなのパワーが世界を動かす』早川書房刊、2009年。
※5 スコット・ペイジ『「多様な意見」はなぜ正しいのか:衆愚が集合知に変わるとき』日経BP 社刊、2009年。
※6 クリス・アンダーソン『MAKERS:21世紀の産業革命が始まる』NHK出版刊、2012年。
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