仮説は持っても、戦略は規定しない。NETFLIX流マーケティングと日本市場の戦略(前編)

NETFLIX 副社長 執行役員 大崎 貴之氏 (聞き手・境治)

世界50カ国、6500万人ものユーザーを抱える世界最大の動画配信サービス事業者であるNETFLIXが今年、日本に上陸。9月2日からサービスをスタートさせる。世界で急成長を遂げてきた同社のマーケティング戦略には、独自の文化があった。
(*本記事は9月1日発売、月刊『宣伝会議』10月号の巻頭特集「激変するメディア環境とテレビの未来」内の企画で、境治氏が聞き手となって行われたNETFLIX 副社長 執行役員の大崎 貴之氏のインタビュー記事の一部を抜粋して先出し、公開したものです)

写真左から境治氏と大崎貴之氏。

顧客の声を基に、日々改善

境:9月2日から日本でもサービスが開始になりますが、サービスインする時のラインナップはどうなっているのでしょうか。

大崎:NETFLIXではサービス開始前も後も配信するコンテンツの全ラインナップを公開することはないんです。ただ日本はハリウッド映画が大きなシェアを占める他の国と比べ、邦画コンテンツの支持が高いので、邦画ラインナップを充実させるという方針はあります。

境:それ、大事ですよね。日本では6月にフジテレビがNETFLIXに対してオリジナルコンテンツを制作・供給する(*)という発表が話題になっていて、あまり映画の話はでてきていませんでしたから。

大崎:日本のドラマだけでなく、映画も配信できるようにしていきたいと思っていますし、そのラインナップの充実度については、自信を持っています。
自分たちで言うのもなんなのですが、NETFLIXという会社には謙虚なところがあるというか、常に研究して成長していこうという風土があります。社内ではよく「Learn & Improve」と言っていて、日本に進出するに際しても、数年前から丹念に市場調査をし、お客さまの声も聞いてきました。ですから邦画や日本のドラマの大切さはよく理解しています。

境:サービスが始まる直前になっても、なかなか情報が出てこないので、やきもきしてしまいますが。

大崎:秘密にしているというよりは、決まっていないので発表ができないだけで。先ほどの「Learn & Improve」にも通じることなのですが、マーケティングにしても最初から全てを決め込むのではなく、お客さまの声をもとに日々改善していこうという考えなんです。ですから年間のマーケティング予算も決まっていません。
よく社内では「Day One」という言葉を使うのですが、この言葉にはサービスを開始した日を出発点にそこから常に成長していこうという考えが込められています。サービスを始めてみれば、お客さまの嗜好やまたサービスの使いづらい部分も見えてくる。お客さまセンターに寄せられる声だけでなく、お客さまの利用動向を把握するデータも駆使しながら、日々改善していこうと考えています。

*6月にフジテレビが「テラスハウス」の新シリーズと連続ドラマ「アンダーウェア」(英題:Atelier)をNETFLIXに提供することが発表になった。

アーリーアダプターに照準

境:日本では大きなサービスが始まる時には、テレビCMをドーンと打って一気に認知をとって、加入者を増やすという戦略がとられるケースが多いのですが、NETFLIXさんもこうしたキャンペーンをする予定はあるのですか。

大崎:あまり、そういう発想はないですね。私たちにテクノロジーカンパニーの側面があるからかもしれませんが、いきなりマスを狙う、加入者を増やそうとは考えていなくて、ターゲティングに対して強い意識を持っています。最終的には、皆さんにNETFLIXを楽しんでいただきたいですが、まずはアーリーアダプター層をターゲットに据えています。
先ほどマーケティングの予算は決めていないと言いましたが、マーケティングの仮説はあります。そこでプロモーションでは仮説をもとにターゲットセグメントに対してメッセージやクリエイティブ、手法を試し、結果を見ながら日々、調整をしていきます。こうした姿勢でマーケティング活動を実施していく上では、フレキシビリティが求められるので、やはりプロモーションはオンラインが中心になります。マスメディアや交通広告などは、我々が目指すフレキシブルな活動では、使いづらい印象です。

境:面白いですね。デジタル中心でやっていくということなんですね。

大崎:まだ認知、特に信頼が確立されていない日本においては、テレビの影響力を活用することもあるかもしれません。日本のテレビCMは、ブランドの信頼性を確立する媒体としては、非常に重要なものだと考えているので。ただ、あくまでサービスが始まって、お客さまのフィードバックを得てから、必要か否かの判断はしていくつもりです。

境:具体的にデータはどのように活用しているのですか。

大崎:データの収集・分析はアメリカのチームと協業しながら動いています。よく外資系企業では、本社と各国の支社と分けて考えますが、NETFLIXにはそういう考えがありません。たまたま私は日本にいるだけで、NETFLIXという大きなチームの一員であるという考え方なんです。日本のオフィスは機能としてはマーケティング、コンテンツ、法務、ファイナンス、ビジネスディベロップメントと分かれてはいますが、社員は30名弱。「そんなに少ないんですか?」と驚かれることもありますが、全世界の社員がチームとなって動いているので、この人数で十分なんです。
加えて、本当に大事なことだけを少人数でやっていこうという考えで、世界中の社員を合わせても2000人弱。グローバルでビジネスを広げていくからと言って、一気に人を増やそうという考えもありません。

境:少数精鋭なんですね。採用時には、そういった会社のカルチャーに合う人をどう選考しているのですか。入社後に会社のカルチャーを共有するような特別な社内研修プログラムなどがあるのでしょうか。

大崎:そういったものは、まったくないです。ただ社員が皆、会社の姿勢を体現しているので、言い方は古いですが、そうした人たちの背中を見ていると自然にカルチャーは身についていく気がします。
仕事の仕方ということでは細かいところでは例えばNETFLIXではEメールでのやり取りが圧倒的に少ないという特徴があります。それはGoogle Docsで情報をシェアしながら、皆の意見を共有しながら物事が決まっているからです。社内で提案があるときは、その提案を皆にシェアする。そうすると、他の部署からも含めて関連する人たちからコメントが集まります。そして、皆の意見を反映して再度提案。とてもオープンな場であらゆることがスピーディーに決まっていきます。外から見ると、自由な社風に見えるかもしれませんが、自由だからこそ一人ひとりに責任感も求められる。例えば効率を非常に重視しているので、ミーティングに関しても9時から開始と言ったら遅刻する人はいません。9時きっかりにスタートして、すぐに本題に入って、時間内に絶対に終わらせます。
(本文中・敬称略)

<後編へ続く>


境治さんの連載コラムはこちら

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