5月中旬、メディアコンサルタントの境治氏のブログをきっかけに、メディアの専門家たちを巻き込んだ議論が起きた。境氏が、産経デジタルが運営するネットメディア「iRONNA」に「『子育て』にきびしい国は、みんなが貧しくなる国だ」という記事を寄稿。その記事が、経済系ニュースサービス「NewsPicks(ニューズピックス)」に掲載され、境氏が自分のブログ上でその記事へのコメント投稿者に抗議するとともに、そのコメントが載ったNewsPicksに自分の記事を掲載しないように呼びかけたのだ。
その境氏のブログ記事に対して、批判されたコメント投稿者本人や、メディアに詳しい専門家たちが意見を発表した。その中でもアジャイルメディア・ネットワークの徳力基彦氏は、Yahoo!ニュース 個人に「ネットで批判されるのが嫌ならネットで情報発信なんかやめた方が良い?」という記事を投稿し、ネット上の書き手である以上、批判に過敏に反応するべきではないと境氏に反論した。
こうした一連の議論には、ネット上の批判や誹謗中傷に対して書き手のみならず、メディアやプラットフォーマー、さらには一般の企業もどう向き合うのか、という問題が内在している。そこで、境氏と徳力氏に加えて、メディアの動向に詳しいネット編集者の中川淳一郎氏と、元AERA編集長である浜田敬子氏(朝日新聞社)による座談会を開催した。
なぜ境治氏はブログに批判記事を書いたのか?
中川:まずは、境さんの「怒り」から聞いていきたい。今回のきっかけとなったブログ記事を「書いてやる」と決心するまでの心中と、その後に徳力さんから突然、反論記事で「刺される」までの心の動きを教えてください。
境:経緯をお話しすると、僕はもともとNewsPicks上のコメントは見ると嫌な気持ちになることが多かったので、なるべく見ないようにしていました。ただ、今回書いた記事は、とても力を入れて書いたものだったので、反応がつい気になって見てしまった。
というのも、もともとiRONNAから育児について書いてほしいと依頼があったときは、断るつもりだった。ただ、中高年の保守層が読む傾向のあるメディアということで、その層に保育所の必要性を理解してもらえるチャンスと、かなり丁寧に書いたつもりだったのです。記事は「5000いいね!」を超えて、多くの人に読んでもらえたのだけれども、なかなか中高年層からの反応は分からなかった。
徳力:中高年は、あまりネットに感想を書いてくれないですからね。
境:そうですね。記事への感想を探している中で、NewsPicksに行き着きました。中には評価してくれているコメントもあって、気を許して読んでいたら、下の方に僕を侮辱するコメントがあって、腹が立った。でも、NewsPicks上では、すぐに言い返すことができない。
浜田:『AERA』も少しでも多くの人に記事を読んでもらいたいとNewsPicksに記事を提供していたのですが、しっかり取材した記事に対して「ステマ記事じゃないか」とコメントで書かれることもあって、雑誌のブランドが毀損されてしまうと危惧していたこともあります。
境:「ディスった人が勝ち」という風潮がありますからね。
徳力:みんな怒りが溜まっていますね(笑)。
浜田:誹謗中傷が、私たちメディアだけに向かうのであればまだしも、記事に登場する取材先の人が中傷されたことがあって。そんな時に、コメントを書いた人に直接抗議するのも同じ土俵に立つようで、と対応に悩んでいたときに境さんの事件があったのです。
境:その「ひどいコメント」を見た後に、書いた本人をTwitter上で探し当てて「ひどくないですか?」と投げ掛けましたが、僕への謝罪の気持ちはまったく無かった。以前から、今度何かが起きたときに「私の記事をピックしないで」というブログを書こうと思っていたので、今回のコメントを軸にNewsPicksのあり方を問いかけることにしたのです。
そして友人の弁護士やデザイナーに相談して、おもむろに今回の記事をブログに公開した、というのが一連の流れです。
中川:今回、徳力さんは境さんへの反論記事をYahoo!ニュース 個人に記事を書くことで、バランサーになろうとしたのですか?
徳力:というよりも、境さんはじめ僕の周辺の人や、NewsPicksに変な風に炎上して欲しくなかったということがあります。NewsPicksユーザーの一人として、境さんのピックを止めてほしいという「ノーピッキング運動(後に境氏が撤回)」が広まるのを止めたいと思ったこともあります。
誹謗中傷とプラットフォームの問題は分けるべきと考えていますし、今回の境さんの記事へのNewsPicks上のコメントは、誹謗中傷というよりもポエム的だから、そんなに怒らなくてもいいんじゃないかなと。
境:ちょうど別件で徳力さんとメールでやり取りをして、その翌朝起きたら、刺されていた。僕としては「友達なのになぜ?」と思うわけですよ(笑)。
書き手は批判された時にどうするべき?
徳力:僕は、今回のケースは、境さんのようなライターが批判されたときのリアクションとして率直に良くないと思いました。ブログが始まった当初の「記者ブログ炎上」を思い出してしまったのです。
浜田:ジャーナリストがネット上での批判に本気で反論し、炎上した結果、いくつかの記者ブログが閉鎖されましたよね。
徳力:そうです。実際にそこで何が起きていたのかというと、記者ブログの記事に対して、全体としてはポジティブな意見が多いのに、数人の侮辱に記者が反論することで、そちらとの議論に引き込まれてしまったのです。
何かの意見を発信したら、必ず反論は返ってきます。例えば、「子どもが大事」と言えば、「高齢者はいいのか?」と批判される。何かを発信したときに、返ってくる「水しぶき」にいちいち反応することはもったいない、と思うのです。本来、境さんが伝えたかったことは「保育所問題」だったはず。このレベルの批判は本質じゃないし、スルーで良かったと思うのですよ。
境:そうですね。だから僕は、今回の批判は、最小限の波及にとどめようと思い、Yahoo!ニュース個人ではなく自分のブログで書いたのですよ。それを、徳力さんがYahoo!に書いてしまい、「広がってしまうじゃないか!」と思いました。僕を侮辱した人の名前が拡散することも、最小限にとどめたいとも思ったのですよ。
中川:えっ、どうして?がんがん叩くべきですよ。
徳力:叩いても、いいんじゃないですか(笑)。先ほど話したように誹謗中傷と、プラットフォームの問題は分けるべきだと思いますが、私も誹謗中傷は大きな問題だと思っています。
中川さんが言うように、日本人はネット上で誹謗中傷することに、もっとリスクを感じた方がよいと思います。過去に、ジャーナリストの佐々木俊尚さんを批判した広告会社の人が名前をさらされたケースもありました。日本では2ちゃんねるが匿名によるネット書き込み文化の中心になった結果、「批判することは、かっこいい」と勘違いしている人が多い気がします。
しかし、誹謗中傷で訴えられたら、自分の人生が終わるかもしれないという危機意識は薄い。こういう事例が増えることで、多くの人が誹謗中傷は危ない行為であるということを学んだ方がいいとは思います。