上田隆穂(うえだ・たかほ)
学習院大学経済学部教授
学習院マネジメント・スクール所長を兼任。博士(経営学)。専攻はマーケティング、価格戦略、セールス・プロモーション開発、消費者深層心理など。宣伝会議より『生活者視点で変わる 小売業の未来』を刊行。
米国型のチェーンストア理論が普及した第一次流通革命
1950年代前半、まだ日本にスーパーマーケットがなかった時代に米国型のチェーンストア理論が導入されると、その後イトーヨーカドーをはじめとした小売業で、国内でも次々に取り入れられた。「低価格で売るために徹底的なコスト削減が行われました。消費者のために安売りしてワンストップショッピングを実現し、セルフサービスで買っていくというスタイルが定着しました」。この時代はメーカー側が権力を持ち、棚の確保や在庫数に大きく関与。大量生産・大量消費の時代だった。
小売が力を持つようになった第二次流通革命
1980年代に入ると、商品の販売状況を集計し、在庫管理やマーケティング材料として用いる「POSシステム」が米国からやってきた。1985年には、イトーヨーカドーが全店導入。これにより、全店舗の販売動向を把握できるようになった。「以前までは、1カ月に1回ほどの頻度で棚卸をし、在庫を確認していたが、より正確な情報を毎日取得することができるようになりました」。
「その結果として、売れ行きの悪い商品を外したり、売れている商品の売場を拡大したり、『本部が各店舗の在庫状況などを一括して管理し、卸から本部がまとめて仕入れる』というセントラル・バイイングと併せて、小売はメーカーに対して大きな力を持つようになりました。POSシステムのおかげで本部はコストを削減できるようになり、各店舗での品質管理が容易となったのです」。
こうして第二次流通革命では小売が情報力を握るようになり、メーカーに対して大きな力を持つようになったのだ。
主役は「生活者」の時代に第三次流通革命
現代では、ITの普及で生活者が情報の主導権を握るようになった。さらに情報収集力のみならず情報発信力さえ持つようになった。そのため、ソーシャルメディアなどで流行も生活者がつくり出すようになり、しかも数多くのローカルセグメントも発生するようになっている。このため、マス・マーケティングが効果を失い、単純にモノをつくれば売れるという時代が終わった。メーカーでも小売でもなく、生活者がマーケティングの中心になった。そのため、メーカーや小売には、生活者を支えるという観点での売り場提案が不可欠だ。
また、スーパーマーケットのような小売には、生活者視点のコミュニティの形成が求められてくる。というのも、以前と比べて、地域のコミュニティが減り、人付き合いが希薄になっていきているからだ。いままでのコミュニティの代わりとなる「商圏」を小売がマネジメントしていくことが必要となるだろう。「もちろん良い商品を顧客に提供することも重要であり、『いかにして商品を中心に顧客を惹きつけるか』も探っていかなければならない」。このような背景を踏まえ、本書では企業の事例を具体的に紹介している。
成功のポイントは生産者・メーカーとの「コラボレーション」
愛知県に本社を置く「サンヨネ」は明治25年創業の老舗スーパーマーケットだ。同社では、最高の商品を可能な限り低価格で供給し、生活者が気づいていない「喜び」を呼び起こすことに成功している。成功のポイントは生産者との「コラボレーション」だ。サンヨネでは、優れた生産者と長年にわたり「協働」による取り組みを進めている。加えて、協働で開発した優れた生鮮品・酪農品・牧畜品を原料としてメーカーも巻き込み、自主企画(PB)商品を開発しているのだ。こういった取り組みが続いているのは、サンヨネと生産者、メーカーとの意識共有により、「win-win」の関係を築けているからだ。その結果、高品質な商品を普段と同じ程度の価格での提供を可能にしているのである。ほかにも、本書では「コープさっぽろ」などの事例を紹介している。
読者対象は売り場づくりの担当者からメーカーの営業担当者まで
本書の読者対象となるのは、例えば「安売り」以外にどうすればいいかわからないといった課題意識を持つスーパーマーケットやドラッグストアのエリアマネージャーや店長だ。生活者視点での棚づくりをするメーカーの営業担当者にもぜひ手にとっていただきたい。