いまの時代の編集長には
経営者的な視座が求められる
—111周年を迎えた婦人向けライフスタイル誌『婦人画報』ですが、2015年の販売や広告、コマース事業は、すべて前年を超える売上を達成しました。
おかげさまで、2016年も順調に推移していまして、上記に加えて定期購読や電子版も好調です。特筆すべきはプリント(紙)の広告売上で、2016年も前年を上回る結果が見えてきています。
—雑誌は苦しい時代だと言われていますが、なぜこれほどの成長ができているのでしょうか。
まず、うちは会社として編集長にすごく数字を考えさせる社風があります。編集長が人件費や製作コストだけでなく、販売・集広の全体感を把握できている環境です。月に一度、財務からKPI(重要経営指標)に関する報告を受けて、月々の関連部署全体のパフォーマンスを意識しつつ、年間のPL(収支)の数字をつくっていくイメージです。私も長く雑誌編集の仕事をしていますが、昔は編集長が「これがいい!」と思ってつくっちゃうものがすべてで、マーケティングなんて発想はほとんどありませんでした。それが今は「まずどこにニーズがあるのか?」「それを実現する運営方法と収支は?」からスタートする。ちょっとした小さな会社を経営しているような不思議な気持ちになりますね。
—業績は好調だということですが、課題はありますか。
婦人画報グループにおいては、デジタルの広告はこれから取り組む分野です。コマースを含めた会社全体でのデジタル事業は成長していますが、デジタルのコンテンツをどうマネタイズしていくのかについては、まだ模索している段階です。世の中でも、なかなか答えが見つかっていない状況ですよね。
—『婦人画報』としてコンテンツビジネスを強化されたのは、どのくらいのタイミングからだったんですか。
8年前、私が当社に入社した際、社長から「うちの会社は出版社ではなく、コンテンツプロバイダーです」と言われたんですね。そのときはキョトンとしていましたが、今は本当にそうだなと思います。2009年の1月から『婦人画報』の編集長になったんですが、ちょうどリーマンショックの時期で、広告が激減して雑誌の厚さが前年の半分くらいになってしまったんです。当時、たくさんの雑誌が休刊し、私たちも何ができて何をすべきかを立ち止まって考えました。そこではっきりリマインドしたのは、私たちには『婦人画報』という絶対的なブランド力と、長い歴史に支えられた他にはないコンテンツを生み出す力があるなと。そのコンテンツを全く新しいビジネスにどうつなげていくかが重要だという話になったんです。そのときにすぐにとりかかって、2010年からスタートさせたのが、通販サイト「婦人画報のおかいもの」というコマース事業でした。
—そこからさらに、デジタル事業を強化していくんですね。
2013年には、京都観光ガイド「きょうとあす」というWebメディアをスタートさせました。『婦人画報』に対する信頼そのものをマネタイズしたのがコマース事業だとしたら、「きょうとあす」はキラーコンテンツでマネタイズするもの。「きょうとあす」には、さまざまな季節の京都を取材し続けてきたからこその情報や、地元の方々とのネットワークが集約されています。『婦人画報』のデジタルはファッション誌のように情報のスピードが求められるものではなく、どちらかというと普遍的なロングテールコンテンツ。京都だけに特化したマイクロコンテンツですね。あえてタイトルから誌名を隠して男性や外国人のオーディエンスにリーチを広げようと思っています。
—そのマイクロコンテンツで勝負するというのが、メディア戦略だと。
『婦人画報』としての戦略でいうと、大きく2つあります。ひとつは「きょうとあす」のような「マイクロコンテンツ化」で、極力シンプルにしてワンコンテンツで勝負できるものをつくるということ。もうひとつはその逆なのですが、「リッチコンテンツ化」です。ただ「良い読み物を読んだ」で終わってしまうのではなく、そこに載っている商品を買えるようにしたいということから通販が始まり、たとえば「良い京都特集だった。この通りの体験をしたい」ということから「きょうとあす」の旅プランを販売する取り組みも生まれました。つまり、雑誌を起点に「読んで」「買って」「体験して」楽しむというふうに、コンテンツをリッチにしていく。この2つの戦略を両輪でまわしていくことが重要だと考えています。
――2016年11月号からスタートした新連載「須賀洋介のSUGA TA VIE (スガタビ)」も、後者の戦略に基づいた企画ですね。
この連載は、世界で活躍する須賀洋介シェフとともに、日本各地に埋もれている優れた食材に光を当て、“世界の三ツ星に進化させる過程を追う”という企画です。須賀シェフが日本各地を巡り、編集部が同行してその旅の模様を誌面やWeb、動画、SNSなどの各メディアでレポートしていきます。 また、発掘した各地の食材や工芸品は、「婦人画報のおかいもの」で購入することができて、誌面にはその食材を使用した須賀シェフのレシピを掲載する。さらに読者の方々に、須賀さんの旅をテーブルの上で追体験してもらおうと、連載を体感するディナーイベントも定期的に開催する予定です。
――企画としての立体性が求められるということですね。
そうですね。こうしたさまざまな要素を組み合わせて考えるのは、まさに「編集力」ですよね。シェフと地方など、トピックとトピックを組み合わせて最終的にはディナーイベントに仕立ててしまう。発想を現実に実現させられる編集者だからこそできる企画です。そういう意味では、コンテンツビジネスではあらためて編集力が問われると思います。2017年以降『婦人画報』では、特集の内容を読者の方、あるいはまだ読者でない方も体験でき、それがビジネスにもつながるという仕組みをつくっていきたいと考えています。
『婦人画報』編集長 出口由美 氏
2008年10月入社。2009年1月より現職。1905年創刊の『婦人画報』編集人であると同時に、そのブランド力をエンジンにした新規事業の開発もミッションとする。「編集部ではまだまだ昔ながらの白熱した編集会議を行っています。もちろん私、赤ペンで校正もしてますよ」。
『婦人画報』の記事をはじめ、『編集会議 2016年秋号』はメディア関係者必読の記事が詰まった渾身の一冊!
【特集】“良いコンテンツ”だけじゃ売れない!ビジネスを制する、メディア戦略論
●メディアビジネスの本質は「流通チャネルの争奪戦」
●ダイヤモンド社の本はなぜ売れるのか!?リアル×ネット戦略に迫る
●塩谷舞氏が明かす「バズるWebコンテンツのつくり方」
【特集】2017年版 編集者・ライター、生き残りの条件
●『紋切型社会』武田砂鉄氏が考える「“優秀な編集者”の条件」
●キャリア・人脈・お金・・・100人に独自調査!超リアルな数字とホンネ
【特集】いますぐ役立つ、“売れるコンテンツ”のつくり方
~「企画」「取材」「執筆」「編集」「分析」のプロたちがノウハウ大公開~
●嶋浩一郎氏の企画術「編集者たる者、人の“欲望ハンター”であれ」
●『オシムの言葉』著者が語る原稿論「最初と最後の一文にすべてをかけろ」
編集ライター養成講座 2016年12月17日(土)開講
本誌登場の注目編集者から実務に生きるスキルが学べる「編集ライター養成講座」2016年秋コース、申込受付中です!
詳しくはこちら