お相手は、新潟に本社を置くアウトドアブランド、Snow Peakを“世界ブランド”に飛躍させるためにポートランドに拠点を移した、Snow Peak USAのGeneral Manager、坂東 佑治(ばんどう ゆうじ)さん。
いま最も勢いのある日本ブランドのひとつと言っても過言ではないSnow Peakのブランディングって、何か秘策があるの?と思ったのですが、返ってきた答えは至極真っ当な、地に足のついたアプローチでした。
Shinya Kamata (以後SK):ゆうじさんこんにちは。こないだはバッタリでしたね。(週末にレストランでブランチを食べたら、隣のテーブルがゆうじさん御一行だったという偶然が。)
Yuji Bando (以後 YS):びっくりしましたね!ポートランドは狭いですね。
SK:今日はポートランドの話というよりも、ゆうじさんがポートランドのSnow Peak USAにジェネラルマネージャーとして着任された経緯を含め、Snow Peakのブランドとしての考え方だったり、ブランディングにまつわる話をいろいろお聞きできたらなと思っています。
YB:こちらこそ、よろしくお願いします。
SK:まずいきなりですが、こないだ飲んだ時に仰っていた「広告費ゼロ」って本当なんですか?
YB:はい、広告費ゼロです。本当にゼロです。なので当然、社内でも、会議でもごくごく自然に「広告」という言葉すらでてきません。広告という言葉すら使うことがないので忘れてしまう程です。
SK:それ、困るんですけど。(笑)
YB:(笑)当然、会社の規模やアプローチにもよるので、広告の必要性は様々ですが、会社の基本的な考え方として、常にユーザーファーストというのがあります。 その最たる例が、日本の本社で、社屋がキャンプフィールドにあるので、常にユーザーと接することができます。
また「Snow Peak Way」「雪峰祭」というイベントを通して常にユーザーとキャンプを共にし、深くコミュニケーションしています。当然、代表である山井(太)もです。多くのユーザーやスタッフが顔も名前も知っていて、SNSでも繋がっていて、まさにファミリーそのものなんです。アカデミックの世界ではこれをエンゲージと呼ぶかもしれませんが、ユーザーとブランドが直接つながっているので、広告というフィルターを必要としていないんです。
SK:顧客とブランドの社長さんが、一緒にキャンプするんですか?すごいですね!最近業界を隔てて日本では東京以外に拠点を移すという議論が活発なようですが、アウトドアブランドがキャンプフィールドに本社を置くというのは、全くもって理にかなっていますね。
そもそもゆうじさん自身は、なぜSnow Peakに転職されたんですか?
YB:Snow Peakの前は丸10年間、BURTON SNOWBOARDSの日本支社で日本のスノーボードやリゾート、ローカルをもっと魅力的にし、関わる人々全てを幸せにすることを信念に努めてきました。
その後、早稲田大学ビジネススクールを経て、昨年Snow Peakに入社したのですが、そのきっかけは、社長の山井と、デザイナーの山井梨沙さんです。山井社長に初めてお会いしたのはビジネススクールのラグジュアリーブランディングの特別講義でした。2014年春だったと思います。一発で持ってかれました。冒頭の自己紹介で「酒と女と金が大好きです」なんて言っちゃうわけです。
SK:それは冗談でもパンクですね。(笑)
YB:ほんとですよ。「年間30~60泊以上キャンプする」「欲しいと思うモノしか作らない」「ユーザーと直接対話する」などBURTONと通じるところがありすぎてパニックでした。こんなピュアでロマンティックなブランドがあるのかと。更にはそれが自分の地元富山県のお隣、新潟県燕三条の地から世界に発信している。もはやロマンですよね。その講義の質疑応答の時間は半分以上、山井社長と自分の対話になってしまいました。(笑)
SK:いい話ですね。正直な会社の姿勢を感じます。当然社員が、会社やその環境、または担当するクライアント(ブランド)を好きってことが個人的に仕事のクオリティーに直結する大事なことだと思うんですが、そもそも何で人は特定のブランドを好きになるのだと思います?
YB:その質問いいですね~。なぜでしょうね。最近自分も考えたりしていました。一般的には「ブランド」って言われますが、自分はこのブランドという言葉が、ブランドに関わる人間の仕事(ブランディング)から、その本質を遠ざけてしまっている気がします。では何と呼ぶかもいい言葉が思いつきませんが、「なぜそこのレストランが好きなのか」「なぜそのバンドのファンなのか」について考える時と、「ブランド」と呼ばれるときは思考回路が変わってしまう人が多い気がしています。でも熱狂するという行為は一緒なんですよね。
SK:ブランドでも、レストランでも、バンドでも、対象は何であれ、○○のファンになるという行為は同じですからね。
YB:そうなんですよね。アカデミックにはブランドはよく人に例えられたりもするわけです。Brand Attitude、Brand Identity、行為としてはBrand EngagementだったりBrand Experienceだったり。これは当たり前ですが、我々の経済活動は最初と最後が人と人なわけです。つまり、その間にあるブランドはそこでブランドにコミットして働く人々そのものです。
今、その人と人の間に人ではないものがあまりに多すぎる。だからつい目先のものに目が行き、周囲が気になり、俗にいう近視眼的な思考になってしまうのではないかと思います。本当に大切なことは「人」を見てその人の幸せを考えているか、そうでないかではないでしょうか?本気で人を見ている、ユーザーを本気でファミリーだと思っているスノーピークはまさに正しいことをシンプルに真面目にやっているだけなんです。
SK:マーケティングツールが多いからこそ、「いいね!」の数や、CMの再生回数をなんとかして増やすとか、 本来の目的と別のところに労力やアテンションが奪われてしまいがちですが、本来はエンゲージメントや人が共感するエクスペリエンスって、すごいシンプルなことのはずですよね。
YB:アカデミックって言いだしたの僕ですが、市場で使われている「エンゲージメント」と「エクスペリエンス」って僕の中で胡散臭い言葉TOP2です。Snow Peakで使うこれらの言葉は違いますよ、アカデミックと実業を行き来している自分が言っているので間違いないです。(笑)
SK:最近、僕もうひとつ胡散臭い言葉知ってますよ。「丁寧な暮らし」。(笑)
YB:ははは。TOP3ですね。懲りずに話を戻すと、ラグジュアリー論では「ブランド」は「夢の価値」と言われます。まさにそうだと思います。夢は人々の脳内にあるものです。なのでマーケターの視点であれば広告表示回数だったり、クリックだったり、CM放送数だったり、様々なマーケット視点のKPIがあり、それに埋もれます。SNSのフォロワー数もですね。当然ですが、Snow PeakもSNSを活用していますが、広告費を使ってないので完全にピュアな数字です。
SK:大事なポイントですね。変な話、フォロワー数ってお金出せば、買えちゃいますからね。
YB:その通りです。実際の中身が悲惨なことは一般の方も気づいてる方も多いでしょうが、それより、そんなフォロワー数自体を人々が気にしていると思いますか?もうこの段階で論点がすり替わってしまってる。その回数が多ければ脳内シェア、その先のマーケットシェアを取れると真剣に信じているのでしょうか?完全に違いますよね。
あまりにしつこいPRは拒否設定しますし、CMもしつこければ(不愉快ともいいますね)チャンネルを変えます。自分個人としてはそう行動するはずなのに、仕事になると忘れてしまう。
ブランドはそうあってはならない。夢の価値なんです。そこで働く我々自体も自分たちの仕事に夢を感じています。夢は世界中の全ての人々が持つ権利がある素晴らしいもののはずです。その夢の感動価値をより多く創造し、もっと人と自然、人と人をつなぐ素晴らしい世界を作り上げることができます。それがSnow Peakのミッションであり、夢の価値を不断の努力で創造し続けていきたいと考えています。
これは個人的な肌感覚ですが、アメリカはやはり国土が本当に広いので日本よりも未だにマスアプローチの影響力が大きく、大味な手法が好まれがちだと思います。とはいえ東西の海岸沿いの都市部ではそれに飽き飽きしているというのも現実です。Snow Peakのアメリカ本格展開は、まだ始まったばかりですが、小さいブランドだからこそできる正直な、極めて日本的なアプローチがどのように北米のマーケットで受け入れられ、新しい価値観を提供し、広がっていくのか。個人的にもとても楽しみです。
<経歴>
坂東佑治(バンドウ ユウジ)
1978年生まれ。東京電機大学大学院を修了後、2003年にハイテクベンチャーのTHine Electronics, Inc.に入社。2006年にBurton Japan GKに入社し、セールスアナリスト、セールス、E-Commerce、リゾートなど様々なフィールドを担当する。2016年早稲田大学ビジネススクール修了(MBA、LVMH寄付講座ラグジュアリーブランディング長沢ゼミ)。同年スノーピーク入社、アパレル事業本部を経て、現在はオレゴン州ポートランドにあるSnow Peakの北米ヘッドオフィスSnow Peak USA BranchでGeneral Managerとして現地スタッフと共に日々「野遊び」を楽しんでいる。