日清食品「広告戦略」の流儀、社長とのミーティングに社内の人間は誰でも参加できる

マス広告が重視される一般消費財メーカーでありながら、ネット上で話題になる企画も実施している日清食品。SNS上で話題となった企画「10分どん兵衛」は、広告界からも成功事例として注目を集めている。どのような狙いで広告に取り組んでいるのか、日清食品ホールディングス 宣伝部 次長の米山慎一郎氏に聞いた。〈聞き手:徳力基彦氏〉

日清食品ホールディングス 宣伝部 次長 米山慎一郎氏(右)と、アジャイルメディア・ネットワーク 取締役CMO ブロガー 徳力基彦氏(左)

文脈を意識してお客さまの反応を得る

日清食品「10分どん兵衛」。

徳力:最近はマス広告を実施しなくても、デジタル上での口コミがきっかけでヒットする事例が生まれています。その代表格が「日清のどん兵衛」のキャンペーン「10分どん兵衛」です。本来はお湯を入れてから5分待つところを、10分でもおいしく食べられたことをメーカーとして知らなかったと謝罪したことが話題になって、店頭で商品が品切れを起こしたほどです。

一般的に食料品のマーケティングはマス広告のみに力を入れがちな印象ですが、どうしてこういった口コミを狙った施策を行ったのでしょうか。

米山:口コミを狙うとか、そういったことはあまり考えていませんでした。当時は「日清のどん兵衛」のテレビCMを一新したタイミングで、デジタル上でも新たな施策を検討していましたが、なかなか良いアイデアがなくて。そんなときにタレントのマキタスポーツさんに10分待って食べても美味しいと「どん兵衛」を話題にしていただいたので、藁にもすがる思いで企画にしたのです。

成功事例として評価していただけるのは嬉しいのですが、自分たちではデジタルマーケティングが得意な会社だとは思っていないです。

徳力:意外ですね。最近、急速にデジタル上の動向をキャッチアップされているという印象を持っていました。たしかに、90年代のテレビCM「hungry?」はじめ、これまでも日清食品さんはユニークな広告が話題になっていますよね。

米山:そうですね、そこは変わらないです。企業文化として、お客さんに喜んでもらいたい、笑ってもらいたい、驚いてもらいたい、といつも考えています。特に広告の場合は、いかにお客さんが遊んでくれるのかということを意識しています。

徳力:その考え方が、デジタルが浸透した時代に合っているのかもしれません。

米山:デジタルの施策を始めた頃は、Web動画をつくってみたものの、鳴かず飛ばずということもあったりしました。しかし、トライ&エラーを繰り返すなかで、コンテンツや情報の”文脈”を意識するようになったことで、少しずつ打率が上がっていったかなと思います。

最近では、宣伝部の担当者がつくるプレゼン資料に「Yahoo!のトップページにどのような見出しで取り上げられるか」という最終的な露出の仕方を想定して具体的に書かせるようにしています。

徳力:世の中の動きに合わせて、面白い企画を実施していくというわけですね。そうした動きを、マス広告に慣れた担当者だけで実現させていくのは難しいようにも思います。社内にデジタルの専門部隊があるのでしょうか。

米山:デジタルの専属部門をつくった方がいいのではないかと、社内で議論になったことはあります。ただ当社の場合、ブランドコミュニケーションは各施策を一気通貫で行うべきだと考えていますので、組織をマスとデジタルで分けないことにしました。

徳力:あくまでも、ブランドを軸にして消費者にコミュニケーションしていくという考えが日清食品さんの根底にあるわけですね。

CM中止の裏側 間違ったのであれば謝る

徳力:お話しづらいことかもしれませんが、昨年、不倫騒動で世間の注目を集めていたタレントを起用した「カップヌードル」の新CMが批判を浴びて、放送を中止する判断をされました。しかし、「OBAKA’s UNIVERSITY」というシリーズ自体は、その後も継続されましたよね。続けることは、怖くなかったですか。

米山:当然、心配はありました。ただ、企画のコンセプトである「CRAZY MAKES THE FUTURE」は、当社が打ち出すべきメッセージであるという信念を持っていましたので、シリーズ自体を止めようという声は、社内から一切出ませんでした。

徳力:継続することに、日清食品さんの信念を感じて、率直にすごいなと思いました。逆にCMの放送を中止すること自体についての議論はなかったのでしょうか。

米山:もちろん、ありました。当初、宣伝部としては「テレビCMのOAは中止しますが、ネット上の動画は削除しないでおきましょう」という提案をしました。しかし、社長から「なぜ、CMの放映を止めるのか」と聞かれ、「表現に行き過ぎたところがあったためです」と答えたところ、「間違ったのであれば、中途半端な対応はせず、すぐに謝りなさい」と言われました。

徳力:そういう経緯があったのですね。広告を消費者とのコミュニケーションと考えれば、間違えたのであれば謝り、もう一度別の形でアプローチをするという考えは、自然だと思います。さまざまな炎上騒動を見ていますが、私はこのスタンスが大切だと感じています。

経営者との会議に誰でも参加できる

徳力:お話を伺っていて、消費者に広告を楽しんでもらいたいという考えが、宣伝部に深く根付いているように思いました。何か特別な教育を行っているのでしょうか。

米山:特別なことはしていないのですが、経営陣も一緒になって、どうしたらお客さまに喜んでもらえるのかを常に考えていますので、そうした思いが自然と受け継がれているのかもしれません。

宣伝部は週に一回、社長と定例の会議を開いているのですが、その場はすべてオープンにしていますので、他部署の人間も普通に参加しているんです。

徳力:誰でも参加できるのは、すごいですね。

米山:ブランドコミュニケーションというものがどうやってつくり上げられ、どのように決定されていくのか、そのプロセスを共有することが一番勉強になると考えているからです。ですので、宣伝部の人間も含め、毎回30人ぐらいが会議に出席しています。

徳力:通常であれば、その場はクローズドなので、若手からすると「なぜ企画が通ったのか、逆にダメだったのか」が分かりません。プロセスを見ることができれば、納得感が生まれますし、大切なことも理解できますね。御社からすると普通なことかもしれませんが独特だと思います。そうやって、日清食品の広告が受け継がれていくのでしょう。

日清食品ホールディングス 宣伝部 次長
米山慎一郎氏

1969年神戸市生まれ。1995 年日清食品入社。6年間営業に従事した後、マーケティング部で主にカップヌードルを担当する。その後2006年から2011年まで宣伝部でチキンラーメンなどの広告・宣伝に携わるとともに、持株会社制に移行後はグループ会社の広告活動もサポート。2013年からは宣伝部で媒体業務も含めた広告活動全般のマネージメントにあたる。

 

アジャイルメディア・ネットワーク 取締役CMO ブロガー
徳力基彦氏

NTTやIT 系コンサル等を経て、2006年にアジャイルメディア・ネットワーク設立時からブロガーの一人として運営に参画。「アンバサダーを重視するアプローチ」をキーワードに、ソーシャルメディアの企業活用についての啓発活動を担当。2009年2月に代表取締役社長に就任し、2014 年3月より現職。著書に『顧客視点の企業戦略』『アルファブロガー』などがある。

 

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顧客視点の企業戦略 ─アンバサダープログラム的思考─

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四六版 328ページ ISBN:978-4-88335-392-3
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