今、この手法に対する関心が世界的に高まっており、関連論文の数は2010年から2015年までの5年間で約1.5倍に増えています。
早稲田大学の恩藏直人教授が、センサリー・マーケティングの観点から、DMの効果を解説します。
長い間、消費者の情報処理プロセスは外部刺激を受けると、感覚レジスター(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)が反応し、短期記憶として蓄積、また長期記憶が呼び覚まされ、その後、行動に移ると考えられてきました。
しかし皆さんも、自分でも理由を説明できない行動をしてしまった経験があるはずです。センサリー・マーケティングでは、「感覚レジスターを刺激されると、人は短期記憶を経由せず、明確な意識のないままに行動することがある」という理解に基づいて研究が進められています。
今回の富士フイルムのDM実証実験では、センサリー・マーケティングの知見を基にした仮説設計をしています。その結果、紙ならではの効果を実証できました。
人の感覚を刺激する紙媒体の価値は、うまく言語化できないまでも、多くの人が感じていたことです。例えば1990年に米国・ミシガン大学が図書館の雑誌・書籍を電子媒体に切り替えると発表した際、教員たちが抗議しました。ところが、ロジックにうるさいはずの研究者たちですら「紙の感触が良い」など感覚的理由ばかりで、紙を残すべき理由を明確に説明することができなかったのです。
これまでの研究で紙媒体について言えば、電子媒体と比較して「内容の理解度を増す」「内容が記憶に留まりやすい」「選好されやすい」といった特徴が実証されています。今回のDM実証実験でも、「Eメールに加えて、紙も送ったほうがクーポンの使用率が高い」「Eメールのみより紙のみのほうが、熟読率が高い」といった結果が出ました。
さらに私たちが注目しているテーマは、接触順序による比較です。今回の実験でも、Eメールの前に紙のDMをもらったほうが嬉しいと感じる人が多いことがわかりました。デジタルとアナログの融合が効果的であることはわかりましたが、その接触の順番が消費者の感情や行動にどのような影響を与えるのかも、検証していきたいと考えています。
近年、五感刺激の効果を、嗅覚や触覚など感覚別に分析するのではなく、マルチに刺激することの効果の検証へと関心が移っています。接触の順番、さらに接触した際の人の感情の動きまで視野に入れた研究が、デジタルとアナログの組み合わせの最適解を見つける上で、役に立つと考えています。
早稲田大学 商学学術院 教授
恩藏直人氏
早稲田大学商学部卒業。同商学部助教授等を経て、1996 年教授。2008年より12年まで早稲田大学商学学術院長兼商学部長。博士( 商学)。著書は『マーケティングに強くなる』(ちくま新書)、『マーケティング4.0』(朝日新聞出版)、『脱皮成長する経営』(千倉書房)など多数。
編集協力:日本郵便