ブランド価値をつくるのは記憶に残る、心揺さぶる体験
宣伝・マーケティング担当にアンケートを取ると、重要視する施策の上位に入る「ブランド力の向上」。ブランドの確立と強化は、マーケティング部門に課せられた大きな役割だ。アウディ、スターバックスというグローバルブランドの、日本市場でのマーケティングに携わる井上大輔氏、長見明氏に、これからのブランディングに求められるアプローチを聞いた。
—そもそも「ブランドはつくれるものなのか」という、根源的な問 いが今日のテーマです。
長見:スターバックスは小売業なので、やはりお店、看板の名前が第一です。メーカーと比べて広告宣伝費は一桁少ないんです。スターバックスのブランドは広告戦略でつくるというより、店でつくられている。イメージとしてつくるものというより、ビジネスそのもので表現していくものだと考えています。
井上:ブランドの定義にはいろいろありますが、ブランディングにはP/L(損益計算書)的なブランディングと、B/S(貸借対照表)的なブランディングがあるというのが私の考えです。売上やシェア目標を達成するにはこれだけの認知が必要だという文脈でのブランディングがP/L的ブランディング。一方でブランドの認知は人の心に10年、20年と残ることもあり、それは資産になる。そうした資産を築くのがB/S的ブランディングだと定義しています。
長見:面白い考え方ですね。よく、青春時代に好きになったブランドは何年経っても嫌いにならないと言いますよね。いつまでも記憶に残っているのは、初恋の相手と同じで、心が揺さぶられたから。
つまり「体験」があったからではないでしょうか。価値が記憶に残るようにするには体験が大切。では、体験が広告起因で起こるかというとそれは疑問です。一方で、青春時代に好きだったブランドを今も買っているかというと、ほとんど買っていない。広告は体験をつくることはできないけれど、商品を買ってもらうきっかけにはなる。商品を買ってもらわないことにはビジネスは成り立ちません。
井上:同感です。基本的にブランドというものは意図的につくることはできない。その理由がまさに体験。例えば、自分がオーナーでなくても前を走るアウディが道を譲ってくれた。とてもマナーのいい運転をしていた。これらもアウディのブランド体験になる。無数にあるタッチポイントで無数の体験が起こるわけで、広告はそのごく一部でしかありません。タッチポイントが非常に多く、体験の機会が多いゆえにコントロールできなくなっていると思います。
お客さまの対話から見い出すブランドの「自分らしさ」
—コントロールできないとしたら、どう向き合えばいいのでしょうか。
井上:正解はないですが、コアとなる考え方は「authenticity(オーセンティシティ)」。日本語に訳すと「自分らしさ」でしょうか。記憶に残るブランド価値をつくるには、そのブランドらしさを見つけ、磨いていくことが鍵だと思います。
例えば、保守的で知られる日本企業が「我々は常に挑戦し続けています」というメッセージを発信すれば、この保守的らしからぬメッセージを見た人たちはシラケます。しかし発信したのがアップルだったら、「なるほどそうだ」と思うでしょう。まずは自分らしい正当性を見つけることかなと思います。
長見:立派な企業理念を掲げていても、「本当はどうなの?」と疑問に思った人は簡単に調べることができる時代です。理念が会社の実態と違っていれば、SNSに「あの会社の理念は素敵だけど、ちょっとブラックかも」と書かれる。メディアからの情報しかなかった時代は、ある程度情報のコントロールができたかもしれませんが、SNSが発達した今はそれでは通用しません。
そうだとすれば、生き様を本当に美しくするしかありません。人も、それぞれ表現のスタイルがありますし、誰しも言うこととやることのズレはあると思います。それらも含めてその人らしさとして受け入れられたりしますよね。本質的にはとっても温和な人柄なのに、語り口は豪快だったり。言っていることとやっていることは、実は一致していなくても構わないのですが、そのバランスが誠実で魅力的であれば、そのブランドの個性として消費者に受け入れられていくのだと思います。
—ブランドが認知されていない企業でも、同じ議論が当てはまるでしょうか。
井上:認知(awareness)には強度があり、助成想起(aided awareness)も純粋想起(unaided awareness)も同じアウェアネスですよね。誰もが知るブランドでも、例えば「輸入車と言えば?」ですぐ想起してもらえなければ、認知に課題があることは同じです。
難しいと思うのは、自分らしさとは何かということが、多くの場合、自分ではわからないこと。これはブランドの大小、認知の多寡の問題ではなく、ブランドの成り立ちの問題だと思います。アップルのスティーブ・ジョブズのように、カリスマチックな創業者は、「この会社らしさは俺らしさだ」と断言できるでしょうが、多くの企業は自分では分からない。ではどうすれば分かるようになるのか。それは、消費者と対話をしながら、消費者から教えてもらうしかないと思います。
長見:スターバックスも、やはり創業者がつくる理念の影響は大きいと感じています。それが全社的なカルチャーにまで昇華すると、何十年も引き継がれていくことになる。人を惹きつけるようなカルチャーをいかにつくっていくか。認知がない企業やブランドこそ、それが重要なポイントになると思います。
—グローバルブランドの場合、ブランドの見え方やポジショニングは国によって変わります。本国が望むブランディングや受け止められ方をしない可能性もありますよね。
長見:見え方にこだわるよりも、自分たちがどのポジションにもっていきたいか明確にすることが大切だと思います。それによって、お客さまとの対話の仕方、その国でのそのブランドらしいやり方が見えてくるのだと思います。
井上:普遍的な消費者ニーズはどこの国へ行っても変わらないと思います。ローカライズでポジショニングを微調整することはあっても、それでブランドの「自分らしさ」が失われてはいけないと思います。
—ブランドは、一度デザインしたらそれで終わりはなく、消費者と対話し、柔軟に対応しながらつくっていくものということでしょうか。
井上:インターブランド社が発表したBest Global Brand2017のベスト3はアップル、グーグル、マイクロソフト。トップ10で最も躍進したとされているのはアマゾンとフェイスブックで、IT・インターネット企業が存在感を増しています。
でもそうした企業の方に消費財企業のような確立されたマーケティング組織はないですよね。彼らはブランドデザインをしているという意識より、優れたユーザーエクスペリエンスの向上を追求し続け、お客さまとの対話を通しながら自分たちらしさを見出し、磨いているという意識のほうが強いのだと思います。
長見:イノベーションが起きて、新しい商品やサービスが登場して、ビジネス環境が変わってもずっとアップグレードが続いている。それによってブランドの鮮度が保たれているのだと思います。鮮度が失われたら忘れ去られてしまいますから、刺激を与え続けられるブランドであること、イノベーションに対して貪欲であることは大切なことだと思います。
井上大輔氏
アウディジャパン
マーケティング本部
メディア&クリエイティブマネージャー
アウディ、ユニリーバ、ニュージーランド航空でデジタルマーケティングやeコマースの責任者を歴任。ヤフージャパンではeコマースサービスの企画・開発も手がける。著書に「デジタルマーケティングの実務ガイド」(宣伝会議)。Advertimesにてコラム「マーケティングを別名保存する」を執筆中。Twitter:@pianonoki
長見 明氏
スターバックス コーヒー ジャパン
デジタル戦略本部
デジタルマーケティング部 部長
PR会社、フリーランス プランナー、WEBコンサルティング会社を経て、2006年にスターバックスコーヒー ジャパンに入社。コンビニ向け商品「スターバックス ディスカバリーズ」のマーケティングを担当した後、2008年からWEB担当に。WEBマーケティング、ソーシャルメディア、EC、スターバックス カード、リワードプログラム、データベースマーケティングなど、さまざまなデジタル施策やサービス開発・運営をリード。現在は、主にデジタル・コマースを担当。
月刊「宣伝会議」2018年8月号(6月30日発売)では、井上氏と長見氏の対談他、「宣伝会議インターネットマーケティングフォーラム2018」の中でも以下の対談に関するレポートを掲載しています。
□マーケティング部門の組織づくりと人材育成(アットホーム・片井 啓介氏×サンリオ・木村 真琴氏)
□未来のオープンイノベーションとは?(東日本旅客鉄・表 輝幸氏✕コネクティッドホーム アライアンス市来 利之氏)
□Industry Innovation ~デジタルでイノベーションを起こす(ANA X・冨満 康之氏×シャープ・景井 美帆氏)
□異業種連携でビジネス領域拡大を目指す(イオン銀行・橋部智之氏×ふくおかフィナンシャルグループ・永吉 健一 氏)
□ファン獲得から熱狂的ファン育成までPDCAのまわし方(ディー・エヌ・エー・今西 陽介氏×ヤッホーブルーイング・佐藤 潤氏)
□新市場開拓のために求められるリーダーシップとは?(KDDI・中東 孝夫 氏×スカパーJSAT・三上 武典氏)