ニッチな地域商材を、世界で通じる「ストロングニッチ」に変えるには?

熊本の馬刺し通販会社がペット市場を開拓!?

地域や地方でマーケティングを行う上で、最大のハンデは“規模”と言っても過言ではない。中小企業庁のデータによると人口1万人当たりの大企業数は、東京都の3.39社に対し熊本県では0.36社と、約10倍の差がある。研究開発力や広告宣伝力、営業力などマーケティングに関わる資源は、一般的には企業規模と比例してしまうのである。

規模の小さな企業がとるべきマーケティング戦略の定石は、リーダーやチャレンジャーを狙うのではなく、ニッチャーを狙うニッチ戦略である。ニッチ戦略とは、大企業があえて取り組まないであろう小さなニーズや課題を捉えて、独自のユニークな商品やサービスをつくりあげる戦略である。これまでの地域マーケティングでは、ニッチな商材×地域の商圏という条件の中で、十分な売上や利益の獲得が難しい側面があったが、IT技術の進展によって地域発であっても日本全国さらには世界へと市場を拡大することが可能になってきた。つまり、ニッチ商材を「ストロングニッチ」化できるということである。

熊本でこのストロングニッチをつくり上げている企業の事例を紹介したい。熊本市に拠点を置く「利他フーズ」は、熊本県の特産品である馬刺しをコア商品としてネット通信を行っている会社で、2007年の創業以来着実に業績を伸ばし、現在はグループ企業全体で約13億円の売上を上げる企業へと成長を遂げている。

利他フーズが手掛ける馬刺し通販サイト

馬刺しという食材に特化したネット通販という事業設定が、まさにニッチ戦略そのものであるが、今回取り上げるのが、さらにその上をいくニッチ戦略事業「馬肉を使ったドッグフード」である。

私は同社の猪本真也社長に取材をお願いし、開発の経緯を伺った。「『高齢で食欲がなくやせてきたワンちゃんに利他フーズの馬刺しをあげてみたらスゴイ勢いで食べてくれて嬉しかった!』という、お客さまの声から始まりました。分析調査を行ったところ、馬肉の栄養成分は人間にもワンちゃんにも良いと知ることになり、これが開発を始めたきっかけです。ペット市場についても調べたところ、ワンちゃんも高齢化していて健康に気を遣うペットオーナーが増えていることが分かり、メインのターゲットを小型室内犬、ペットの健康にお金をかける関東圏のユーザーに狙いを定めました」。

消費者の声から誕生した馬肉ドックフード「馬肉自然づくり」。

地域に本社を置きながら、関東圏に狙いを定めるマーケティング戦略に何の迷いもなかったと猪本社長は語り、馬刺しのネット通販で培ったマーケティングノウハウと技術に強い自信を覗かせていた。同社は、「健康いぬ生活」というブランドサイトを立ち上げ、「馬肉自然づくり」「馬肉芳醇づくり」などのオリジナル商品を開発。現在では延べ2万人以上のユーザーを獲得し、「プレミアムドッグフード市場」で独自のユニークなポジションを占めている。

地域ならではのブランドづくりは「Nature」「Performance」「Mind」

利他フーズの馬肉ドックフードの事例は、ペットの高齢化や健康維持という現代のペットオーナーの課題を的確に捉え、小さくても強いニーズを持つ商品を開発、そこに同社のネット通販ビジネスのノウハウが加わることで、ストロングニッチをつくり出せることを示している。たとえ1%に満たない小さなニーズであろうと、IT技術によってグローバルに展開できればビッグビジネスになる可能性を秘めている。

利他フーズの成功には、熊本という地域に根差した特産品「馬肉」にフォーカスした事がお客様に強いインパクトで魅力的に届き、かつ、納得や信頼感ももたらしたと推察する。ここにこそ、地域ならではの「物語ブランドづくり」のヒントがあると私は考えている。地域ブランドの物語を3つの要素に分けて整理してみる。

地域の自然、気候、風土、歴史に根差した「Nature」要素と、商材やサービスを支える技術/アイデアである「Performance」要素、そして、最後につくり手の熱い想い「Mind」要素である。特に、地域ならではの「Nature」要素は、ブランドに奥行きや深みを与え、ブランドの物語を濃縮させる効果を有すると考えられ、大企業や他の地域では真似のできない独自性/ユニークネスとなる。

利他フーズの馬肉ドッグフードは、熊本県の自然や気候、文化・歴史に支えられた特産品である馬肉に着目し、鮮度や成分品質にこだわる技術、犬の健康を考えた処方、全国世界へ知らせ、届けるIT技術とネットマーケティング力によって、お客様に寄り添い「食」で全国に幸せを届けたいとする想いを体現する、独自の物語ブランドとなっているのである。

その地域ならではの、その地域でしかできない「物語ブランド」で、独自価値をつくる「ストロングニッチ戦略」は、地域が目指すべきひとつの方向性であると、その可能性を感じる。

丸山 泰(熊本県立大学総合管理学部 教授 地域連携政策センター長マーケティングアナリスト)
丸山 泰(熊本県立大学総合管理学部 教授 地域連携政策センター長マーケティングアナリスト)

日用品メーカーであるライオンでマーケティング職に25年以上従事し、2013年から現職。リサーチャー、ブランドマネージャー、事業部長など様々な立場でのマーケティング経験を活かし、学生とともに地域の課題解決にマーケティング発想で取り組む。共著に、『マーケティング部管理者の仕事』(日本能率協会マネジメントセンター)、『地方創生への挑戦』(中央経済社)など。

丸山 泰(熊本県立大学総合管理学部 教授 地域連携政策センター長マーケティングアナリスト)

日用品メーカーであるライオンでマーケティング職に25年以上従事し、2013年から現職。リサーチャー、ブランドマネージャー、事業部長など様々な立場でのマーケティング経験を活かし、学生とともに地域の課題解決にマーケティング発想で取り組む。共著に、『マーケティング部管理者の仕事』(日本能率協会マネジメントセンター)、『地方創生への挑戦』(中央経済社)など。

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