広告が嫌われモノになるのは「左脳化」が原因
境治氏は『嫌われモノの<広告>は再生するか』という著書において、この20年間に発展した広告におけるインターネット広告の発展が、これまでのテレビのようなマスメディアと違った形で急速に大量に進んだために「金儲けのツール、欲望を刺激するもの」としての広告の姿が浮き彫りになり、以前にも増して「嫌われモノ」となったことを指摘しています。境氏はその本質的な変化が良い方向に向かっていることを捉えつつも、この傾向はデジタルマーケティングが一般的になってきたことで加速化された感は否めません。
実は同じことを違う視点から警鐘を鳴らしている人が日本以外にもいます。それは、System1(ダニエル・カーネマンが『ファースト&スロー』で紹介した直観的な素早い思考)という象徴的な名前を冠する英国のエージェンシーのCIO(チーフ・イノベーション・オフィサー)であるオーランド・ウッド氏です。彼は『Lemon: How the Advertising Brain Turned Sour.(2019年刊)』(この本の表紙はDDBが制作したフォルクスワーゲンの広告のパロディにもなっています。Lemonは不良品という意味で、車の代わりに脳が置かれています。)という著書で、嫌われモノになる傾向を「左脳化」という言葉で説明しています。
西欧の芸術の歴史に見る、「左脳化」と「右脳化」
精神科医のイアン・マクギリスト氏によれば、人間の左脳と右脳では思考のパターンが異なり、それぞれ働きが異なります。一般論としても左脳は論理的で言語が中心、右脳は感情的、芸術的などと言われますが、左脳は論理的というだけでなく、世界の見方が根本的に違うのです。
左脳は世界を抽象的、かつ分析的でリニアに、つまり部分で捉えるため、単純化、フラット化し、世界をコントロールしようとします。一方、右脳は世界を全体的にとらえ、状況的、そして曖昧さや複雑さをもって共感を得ようとします。
マクギリスト氏がユニークなのは、西欧の文化の歴史を、左脳と右脳の特徴で分析しているところです。たとえばローマ時代初期は、非常に立体的だった彫刻が、政治的に中央集権的になるにつれてフラット化し、抽象化されていきます。この現象を文化が右脳から左脳化していくと説明しています。
中世でフラット化されていた絵画が、ルネサンス期には、再びギリシア・ローマ時代の立体的で人間性豊かな美術が戻ってきますが、これは左脳化から右脳化の変化です。そして再び宗教改革期になると、左脳化されるのですが、興味深いことにそれまでの宗教画に、聖書の教義が広告コピーのように書き込まれるようになりました。言語中心は左脳の特徴ですが、それが絵画に侵食していくわけです。