東証のシステム障害を通じ学ぶ 広報の押さえるべきポイント

10月1日、東証でシステム障害が発生。証券市場は一時、騒然となったが、当日夕に開かれた会見で鎮静化。なぜか。危機管理を専門とする浅見隆行弁護士が、東証の事例通じ、広報担当者が知っておくべき危機管理広報のポイントを探る。

*本稿は2020年10月2日時点の情報をもとに作成されたものです。

10月1日の東京証券取引所(以下、東証)のシステム障害。これにより、全銘柄の売買が終日停止しました。システム障害の発生を東証が覚知したのが、同日午前7時4分。東証は午前8時39分ころには第1報となるリリースをウェブサイトに掲載し、その後も終日売買停止を知らせるまで複数のリリースを公表。同日午後4時30分から東証の社長(当時) の宮原幸一郎氏、日本取引所グループの横山隆介最高情報責任者(CIO)、東証の川井洋毅執行役員らによる記者会見を行いました。

この記者会見はメディアやSNS上では評判が良いものでした。しかし、この一連の広報対応のすべてがよかったかと言えば、実は、必ずしもそうは言い切れません。そこで、危機管理の観点から、良かった点・改善すべき点について検討しようと思います。

企業がひとたび不祥事を起こせば、国民や消費者への説明責任が問われる。
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タイムリミットを設ける

危機管理の成否を決めるポイントのひとつは初動の早さです。広報でいえば、できる限り早く事実関係を把握して、公表の要否を判断し、公表する場合にはその内容を整理することが「初動」です。この「できる限り早く」というのは、会社の置かれた立場や役割、影響度によって締め切りの時間も変わります。

例えば、午前中の取引(前場)が始まるのは午前9時からですが、東証は午前8時から証券会社からの注文を受け付けることにしています。午前7時04分には障害を覚知していたのですから、システム障害が発生した事実や復旧しない恐れがあることを午前8時までには周知することが望ましかったのです。そうすれば、証券会社にも投資家にも今日は売買ができない可能性があると認識してもらうことができ、その上で、午前8時までにシステムの再起動による復旧を試みることができたのではないでしょうか。

しかし、報道によると、東証が証券会社にシステム障害が発生した事実を通知したのは午前8時01分。また、ウェブサイトに第1報を掲載したのは午前8時39分ころ。既に証券会社からの注文の受け付けを始めた後でした。証券会社と投資家に周知するには遅かったのです。

果たして、証券会社からの注文受け付けを遮断したのは午前8時54分。証券会社を通じて受け付けた54分間分の注文データが消えてしまう可能性があるため、このタイミングでは、東証がシステムを再起動して復旧を試みるという選択肢を失ってしまいました。それ故に、終日売買停止にせざるを得なかったのです。

こまめな情報発信と謝罪

危機管理広報の狙いは、危機の発生によって被害にあった人や被害にあいそうな人たちが抱く不安や不信感を払拭することです。そのためには、被害にあった人たちや被害にあいそうな人たちに対して謝罪をした上で、マメに情報を発信することが必要です。ただし、その内容は、被害にあった人や被害にあいそうな人たちが知りたがっている情報を提供することです。

今回のケースでは、東証は午前8時39分ころに第1報で東証での売買停止、第2報でToSTNeT取引の停止を知らせましたが、この2つのリリースには謝罪の言葉はなく、復旧の見込みにも言及はされていませんでした。復旧の見込みに言及したのは、第3報が初めてでした。謝罪の言葉に至っては第4報が初めてです。

今回のケースで危機によって被害にあっている人や被害にあいそうな人は投資家です。リリースをウェブサイトに掲載するということは、投資家に対してメッセージを提供しているということです。そうであれば、第1報から謝罪の言葉は最低でも入れてほしかったところです。第1報は「各別のご高配」などの定型句が入っていますが、これは日常の取引でも使用する言葉ですから、謝罪の言葉とは言えません。また、第4報、第5報では謝罪の言葉は入っていますが、文末に添え物程度に入れているだけです。これも謝罪の意思が薄いように感じられてしまいますから冒頭に入れてください。

その上で、投資家からすれば、取引が停止されることを知りたいだけではなく、いつから取引を再開できるのかも気になるところです。だとすれば、第1報から「現時点では復旧の見込みは明らかになっておりません」程度で構わないので、リリースに掲載しておくべきだったでしょう。

他方で、第4報では、リリースのタイトルが工夫されています。単に、第4報とするだけではなく「終日売買停止」というサブタイトルをつけることで、投資家がわざわざ内容を見なくても、終日売買停止イコール終日復旧しないことを知ることができました。これは、読み手に親切なリリースということができます。

その上で、第5報ではシステム障害が発生した原因と、終日売買停止という判断に至った理由まで説明しています。せっかく第4報で読み手のためにサブタイトルをつけたのなら第5報でもサブタイトルをつけた方が、親切を徹底できたように思います。

冒頭の説明で十分な内容を盛り込む

危機管理広報の最大の目玉は記者会見です。初動がどれだけ早かろうとリリースをどれだけ工夫しようと記者会見で失敗してしまえば、会見後に炎上し危機を収束させることはできなくなってしまいます。

記者会見では、①謝罪 ②事実の説明 ③原因の説明 ④再発防止策 ⑤処分、まで明らかにできれば最高です。とはいえ、実際には、危機が発生した当日に行う会見では、①②③までがきちんとできるだけでも及第点です。

東証の会見は、記者から質問を受ける前に、①市場参加者と投資家に向けた謝罪の言葉を述べた上で、②③として、システム障害の詳細事実と発生要因を説明し、終日売買停止を意思決定した理由についてまで言及しました。単に事実と原因を並べるだけではなく、障害を検知した時刻を具体的に述べ、かつ、終日売買停止を判断した理由まで説明したことで、結果的に、記者からの事実確認的な質問を減らすことができています。

つまり、東証が単にシステム障害が発生したことだけを説明した場合には、記者は、いつ障害の発生に気が付いたのか、なぜ終日売買停止という判断に至ったのかなどの事実関係を質問・確認しなければ記事が書けません。

会社側がこういった記者がわざわざ事実確認をしなければならない程度しか情報を開示しなかった場合には、「最低限の5W1Hくらいは、聞かれなくても説明してくれよ」という不満を記者に募らせ、会見場の雰囲気を対立モードや役員責任追及の場にしてしまう要因ともなってしまいます。

しかし、今回は、そうした事態を防ぐことはできています。そのため、その後の質疑応答も事実関係の確認よりも、例えば、システムリセット(再起動)をした場合に起きる混乱の具体的な内容、システムベンダーである富士通への損害賠償請求の有無、再発防止策、翌日の売買の扱いなどにまで踏み込んだ質問ができています。

登壇者の役割分担を明確に

また、冒頭の事実と発生原因の説明でも、質疑応答時の回答でも共通していたのは、❶専門知識や技術を分かりやすくかみ砕いて説明したことと、❷登壇者の役割分担が明確だったことです。

❶については、システム障害が発生した場合、技術部門の担当役員・幹部が質疑応答を担当し、技術者にとっては当たり前の技術内容や専門用語を駆使して説明し、その結果、システムに関する知識や理解力が不足している記者やニュースを見ている視聴者に理解ができない説明になってしまうことがあります。この場合、どれだけ正しい内容で説明しても、記者や視聴者は理解ができないままなので、むしろ、誤魔化されているのではないかと疑われてしまいます。

ところが、今回のケースでは、システム障害の発生要因について、「運用系のネットワークの共有ディスク装置1号機のメモリー故障が発生した。1号機、2号機で運用しており、2号機に切り替わる予定だったが、切り替わりが正常に行われなかった。また、情報配信ゲートウェイというサーバーの配信処理に異常が発生した。取引所側の監視処理に異常が発生した」などと平易な言葉で説明しています。これにより、記者も視聴者も理解をすることができました。SNS上でも、こうした説明の仕方に非常に良い評価が寄せられていました(図1)。

 
❷については、記者会見には、東証の宮原氏のほか、日本取引所グループの横山CIO、東証の川井洋毅執行役員などが出席していました。宮原氏と川井執行役員が経営判断全般について説明し、横山CIOが技術に関する説明をするなどの役割分担ができていました。このことも、❶の平易な言葉による分かりやすい説明につながったように思います。十分な知識と理解がある役員・幹部が会見で説明する場合には、記者からの質問の内容や意図を理解することができ、平易な言葉に翻訳するだけの力があるからです。

また役割分担が決まっていれば、誰が回答するか慌てることなく、平易な言葉で説明できる者から説明するという道筋を立てることもできます。さらに、東証の会見で良かった点は、システムベンダーである富士通に責任を転嫁しなかったことです。危機時の記者会見でよく見られる失敗例は、「自分たちも被害者であり、最終的な責任者は我々ではない」というスタンスで会見に臨むケースです。これでは、記者や視聴者からは、それだけで当事者意識が欠けていると捉えられ、炎上につながります。

確かに、法律的な面で見れば、自分たちも被害者、最終的な責任者はベンダーというケースもあるかもしれません。しかし、今回のケースでいえば、あくまで被害者は投資家、証券会社です。これらにサービスを提供しているのは東証であって富士通ではありません。そのため、東証が矢面に立って危機対応をし、その後、落ち着いてから東証と富士通との当事者間で責任の有無を決すれば良いのです。

そういう意味では、会見で、宮原氏が「市場を預かるものとして責任を痛感している。私どもとしてはJPX全体として原因の究明を行い再発防止に万全を期す」「市場運営全体の責任は私たちにあり、損害賠償(請求)は現在考えていない」と一義的な責任はすべて東証にあると認めたことは正しい回答でした。

ただ、損害賠償請求の是非については、「現在」との留保はつけてはいましたが、そうであれば、「損害賠償については、全容が解明した後に検討する。現在は市場の混乱を回避することが最優先であり、損害賠償云々までは考えていない」と、あくまで目の前の問題に対応することに取り組むという姿勢を強調した方が良かったかもしれません。

 

あさみ・たかゆき

1997年早稲田大学卒。2000年弁護士登録。中島経営法律事務所勤務を経て、2009年にアサミ経営法律事務所開設。企業危機管理、危機管理広報、会社法に主に取り組むほか、企業研修・講演の実績も数多い。

 

2020年も残りあと僅か。この1年はまさにコロナ一色でした。そんな中、広報会議2021年1月号の巻頭特集「2021年コロナ下の危機対応 実例と応用」は、企業の危機を最小限に抑え、危機の状況とその対策を広く伝える「危機管理広報」を再点検。2020年に発覚した不祥事とその問題点を洗い出し、例えば、オンライン記者会見での注意点や、お詫びリリースの書き方、従業員へのフォローの仕方についても専門家が解説。2021年の対策につなげます。
 
*本稿は広報会議2021年1月号掲載の記事と同一のものです。

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