2020年12月31日をもってグループでの活動休止を発表している嵐。彼らが「CMキング」として広告界で愛されてきた理由を、アイドルとファンマーケティングに詳しい中央大学文学部 社会情報専攻の辻泉教授が分析する。
嵐の醍醐味は「わちゃわちゃ感」
ジャニーズ事務所を代表するアイドルグループ、嵐はCMキングである。
今となっては、平成の終わりから令和の初めにかけての、2010年代のCMキング「だった」というべきであろうか。ニホンモニターによる「2020年タレントCM起用社数ランキング」でも、男性タレントの上位5位は、嵐のメンバーが独占する結果となった。
これほどまでに、嵐というアイドルグループが、CMにおいて強さを発揮してきたのは、私の用語で言えば、その存在が「『関係性の快楽』戦略の完成形」とでもいうべきものだったからであろう。個々人が出演したものもさることながら、やはりメンバー全員がそろって出演したものにこそ、嵐のCMの醍醐味が存在しているのではないだろうか。
そのフラットな関係性と和気あいあいとした雰囲気を、ファンたちは「わちゃわちゃ感」と呼ぶ。見ているものを安心させ、楽しい気分にさせるメンバー間のコミュニケーションは、ファン同士のコミュニケーションを誘発するだけでなく、まさに老若男女を問わず、広く受け入れやすいものであろう。
その典型例として、冬の季節であれば、年賀状のCMが何よりも思い出されるだろうし、ほかにも、後述するソフトバンクや日本航空など、幅広い層をターゲットとする会社のCMにおいて、嵐が活躍してきたことは、まさにここにポイントがあるといえる。
では、限られたテキスト量ではあるが、ほかのアイドルグループとも対比しつつ、嵐の魅力について改めて考え、その活動休止以降の広告界の展望も探っていくことにしよう。
「CMキング」はSMAPから嵐へ
振り返るに、嵐がデビューしたのは1999年である。ちょうど2020年10月からは、その当時の様子をCGで再現し、現在のメンバーと対比したソフトバンク5GシリーズのCMが放映されたが、これはCMキングの、そしてアイドルの変遷を追う上でも、非常に興味深い現象といえる。
というのも、2009年以降、ソフトバンクのブランドキャラクターはSMAPが務めていたからである。これは単にいち企業のブランドキャラクターの変遷ということだけに留まる話ではない。嵐のデビュー当時、あるいはそれ以降、2000年代のCMキングはSMAPだったからである。つまり嵐は、CMキングとしても、時代を代表するアイドルとしても、「ポストSMAP」ともいうべき存在だったのである。
SMAPのCMもまた魅力的なものが多いが、現時点から振り返って、とりわけ嵐のそれとよく見比べてみると、いくつかの特徴的な違いが浮かび上がってくるのではないだろうか。端的に言えば、それは「役割分担の明確さ」と「強い個性の重奏曲」とでもいえるものだろう。
それぞれの役割分担を言えば、木村拓哉は「抱かれたい男№1」、中居正広は「しっかりもののリーダー」、稲垣吾郎は「美意識ある、違いの分かる男」、香取慎吾は「芸術家タイプ」、そして草彅剛は「地味だけどいい人キャラ」という、それぞれにオンリーワンの強い個性が存在していて、それらがもたらす「重奏曲」のような魅力がSMAPのポイントだったといえる。
それと対比すれば、嵐においては、もちろんそれぞれのメンバーにも個性的な魅力はあるのだが、むしろ誰がセンターで、誰が二枚目キャラであるか、といった役割分担をSMAPほどは明確化せず、「全体としての調和」が上手くとれていたことにこそ、ポイントがあったといえるのではないだろうか。
それはあたかも、学校のクラスの中で、元気のいい男子5人が、フラットな関係性で仲良さそうにじゃれあっているような様子だ。ファンはそうした「わちゃわちゃ」した様子を眺めることに喜びを見出し、そしてファン同士もまた、お互いに「わちゃわちゃ」しながらその喜びを分かち合う。そこにこそ、ジャニーズ事務所による「『関係性の快楽』戦略」の根幹が存在していたといえるだろう。