ネットが主戦場となるメディアと広報

 
この記事の講師

吉國 浩二(よしくに・こうじ)
社会情報大学院大学 学長・教授

1975年東京大学経済学部経済学科卒業。同年日本放送協会入局。横浜放送局長、経営委員会事務局長、理事を歴任し、2012年4月~2016年2月専務理事。役員としてコンプライアンス、人事、総務、関連事業、コンテンツの二次展開・海外展開、広報などを担当し、2016年2月退任。2017年から事業構想大学院大学 副学長。

 

テレビ番組のネット配信や5Gの浸透により、マスメディアのあり方が変化している。インターネット広告の拡大もその一因であり、広報の役割も広がってきた。現在のメディア環境に照らして、企業が取り組む広報活動の指針を考える。

3月1日、NHKによるインターネットの「同時配信」サービス「NHKプラス」が開始された。1カ月間の試行期間を経て本サービスに移行、1日18時間の配信が実施される。

NHKが狙う若者の視聴拡大

同時配信は放送をそのままインターネットに流すものですでに海外では広く実施されているが、日本では、大規模な災害やスポーツ中継などの際に臨時に行われるだけであった。その要因としては、日本の制度ではインターネットを使った番組の配信は「放送」とはみなされないため改めて著作権の処理をする必要があり、そのための負担が大きいことなどがあった。

今回のNHKの同時配信の認可も「放送ではなくNHKの視聴者に対する補完的なサービス」という位置づけでなされており、独自に著作権処理が必要となっている。許諾が取れなかった番組については配信の中止や映像の使用を控えることになる。また補完的なサービスであるため新たな料金は徴収しないが、これまでNHKとの放送受信契約を結んでいなかった視聴者には画面の4分の1ほどにBS放送と同様に契約を促すメッセージが表示される。

このように今回の配信にはまだ制約があるが、放送日から1週間、見逃した番組を無料で見られるサービスや放送中の番組を冒頭にさかのぼって視聴ができる「追いかけ再生」など独自のサービスを付加しており、NHKでは「テレビ離れが進んでいる若い人などの視聴拡大につなげたい」としている。

5G展開と放送業界の変化

一方、これまで同時配信に慎重な姿勢をとってきた民放でも、今年1月に在京キー局5局が共同で配信実験を行うなどの動きが出ている。東京オリンピック・パラリンピックの期間中は、各局が競技の中継をインターネットにも配信すると見られ、外出先などでもスマホで手軽にテレビ放送を視聴できる利便性を体感した視聴者の同時配信への期待も高まることが予想される。

また今年4月から始まる高速大容量の通信サービス5Gも、放送業界の今後に大きな影響を与えそうだ。5Gを使えば将来的には4Kなどの高精細のコンテンツを含め、テレビ番組が安定して配信できるようになる。これに伴って「わざわざ放送のために電波を割り当てなくても5Gの中で配信をした方が効率的だ」という声が強まることも予想される。

もちろん5Gのサービス地域の拡大やインターネットに接続するテレビの普及にはまだ時間がかかるのでこうした変化が直ちに起こるとは思わないが、部分的にせよ放送のインターネットへのシフト自体は着実に進んでいくとみられる。放送がインターネットで展開するようになると、放送事業者はNetflixやYouTubeなどの強力な動画配信業者と同じ土俵で競争をしなければならなくなるだけに、放送事業者にとっても状況変化に応じた新たな経営戦略の策定が大きな課題となっている。

ネット利用者の特性を捉える

ここまで放送業界の動きについて述べてきたが、これらの変化は企業の広報活動にも転換を促すことになる。すでに電通による「日本の広告費」の2019年の調査ではトップを占めていたテレビをインターネットが追い抜いた。企業の中でもテレビからネット広告へのシフトは急速に進んでいる。ここで注意しなければならないのは、ネットへの移行は単にメディアの変更にとどまらず、企業の広報に対する姿勢そのものの転換を迫っているということである。

広告宣伝活動についていうと、テレビや紙媒体は多数の対象者に同じ情報を一方的に流すものであった。広告主はコンテンツを用意してそれをメディアに載せればよかった。そしてその効果については、それがどれだけの範囲に広がったかが重要であり、テレビなら視聴率、紙媒体なら発行部数で捉えられる。一方インターネットは多数の対象者に情報を送れるのに加えて、双方向という特性を持っている。したがって方法によってはその広告が消費者の購買行動にどう影響したかについてもある程度の評価ができる。

さらにネット広告を実施する際はネットユーザーの特性にも注視しなければならない。テレビや新聞などの既存メディアをあまり利用せず、インターネットに多く接している人は「情報は与えられるものでなく、自分から取りに行くもの」という感覚が強い。したがってテレビなどと同様に広告のコンテンツを流してもそれを受け止めてくれるかどうかは未知数である。

ネットの広告をユーザーの心にまで届けるためにはまずユーザーが何を考え、何を求めているのかをしっかり把握しなければならない。販促一本やりの姿勢では、主体的に行動するユーザーから敬遠されてしまうおそれが強い。

企業の持続的発展の土台に

仮にある商品の売り込みで大きな反響を呼んでヒットケースがあっても、ネットの世界で評価が持続する期間は短い。企業が常に消費者の目線に立って努力を続けていかねば、いずれ忘れられるか飽きられてしまうおそれがある。企業が持続的な発展をめざすのなら、ネットの発信にあたってもユーザーとの信頼関係の構築にこそ第一に取り組むべきではないだろうか。そのためには、ユーザーに対してきちんとメッセージを発信し企業のブランドそのものに共感してもらえるような対応が求められている。

こうして考えるとネット広告を中心とした企業の発信は、従来の広告の枠を超えておりコミュニケーションによって、企業と社会を接続するというこれからの時代に求められる広報活動の根幹になるものともいえる。各企業が短絡的な視点でなく、企業の持続的発展を図るという観点からインターネットと向かい合っていくことを望みたい。

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