エスエムオー株式会社代表取締役/ブランディングコンサルタント
齊藤三希子
日本において早くからパーパスについて取り組んできたエスエムオー代表取締役 齊藤三希子氏は、パーパス・ブランディングについて次のように説明します。「個別の事象で課題を解決していくのではなく、企業や組織の根幹となる拠り所=「パーパス(存在理由)」を見つけ、究極的にはそれひとつで判断・行動をし、課題を解決していくこと」。本コラムでは、7月9日に発売となる齊藤氏の著書『パーパスブランディング〜「何をやるか?」ではなく、「なぜやるか?」から考える』(宣伝会議)をベースに、身近な事例から「パーパス」について紐解いていきます。
VOL.1
「梨泰院クラス」にみるパーパス・ブランディング
コロナ禍で、在宅時間が増え、家族と一緒に韓国ドラマにはまる人、特に新たな層として、中高年男性が増えている、という記事を読みました。かくいう私も、韓国ドラマにはまった一人です。
もともとは、アメリカ映画、ドラマが大好きでした(今でも好きです)し、周囲からは「齊藤さんは、絶対にはまらないと思う」と言われるくらい、距離感があったのですが、そんな私がはまった理由を探っていくと、最初に見た韓国ドラマ「梨泰院(イテウォン)クラス」に、現代のビジネスシーンが凝縮されていること、そして、私たちが取り組んでいる「パーパス・ブランディング」のケーススタディがあることからではないか、と推測しています。
「梨泰院クラス」は、パク・ソジュン演じる主人公パク・セロイが、とにかく正義感が強く、それが故に、韓国最大手の飲食企業、長家(チャンガ)と確執を起こし、無謀とも思える攻防戦を繰り広げ、成長していく物語です。
ビジネスの視点でいうと、
「経済優先の長家」と「理念経営のic」の戦い
であります。
もともと、長家は「いつどんなときでもおいしい料理をおなかいっぱい食べさせたい」という理念のもとでスタートした企業で、高品質な店舗や商品で業界トップを走っていました。しかし、派閥争いや駆け引きのために株主や数字を優先するようになってくると、手段と目的が入れ替わってしまい、企業基盤が揺らぎます。
パク・セロイ率いるic(イテウォンクラスの頭文字を取って企業名にしています)も、長家の起業時と同じように小さな居酒屋から始まります。仲間を大切にするカルチャーとともに、理念経営を行い、紆余曲折ありながらも急成長していきます。
パク・セロイは、自社の店舗だけが成長すれば良い、という考え方はせず、エリアの活性化を望み、そこで商売をしている人みんなで地元を良くして成長していくことが、結果的にみんなの成功に繋がるという考えのもと、近隣の店舗のコンサルティングやサポートを無償で行い、貢献していきます。この地元のコミュニティーを大切にするというあたりはまさに、近年の時代背景を映し出しています。
この流れの大きな出来事として、2019年アメリカのビジネスラウンドテーブル(日本でいうところの経団連)が「企業のパーパス(the purpose of a corporation)」について新たな方針を発表し、これまで20年以上に渡り掲げてきた“企業は第一に株主に仕えるために存在する”という「株主至上主義」を見直し、今後は、“顧客・従業員・サプライヤー・地域社会・株主などのすべてのステークホルダーを重視する”、つまりは「人・社会を重視した方針」に転換すると表明したことに起因します。
終盤、長家の創業期から支えてきた株主のひとりが、長家の社長に「なんのために事業をするのか」という問うシーンがあり、まさにパーパス(存在理由)の確認を行っています。これに対して長家の社長は、経済優先の内容を伝えると、株主は、「そうすると、利益だけの関係になり、ダメになったらそれまでだ。」と返します。
世界最大の資産運用会社、ブラックロックのラリー・フィンクCEOは、毎年、投資先のCEOに書簡を送るのですが、2018年から、「パーパスがなければ、企業は長期的な成長はできない」とうたっており、その後3年間に渡り、パーパスの重要性を繰り返し伝えています。
ちなみに、2021年は、「ネット・ゼロ(温室効果ガスの排出量をなくす)への取り組み」と、「データ開示の重要性」を主なテーマとする中で、それらを達成するには、ステークホルダーとのより深いつながりと、パーパスの重要性を強調し、「パーパスを示す企業ほど、競争力を高め、株主に長期的かつ持続的な利益を提供することができるようになるのです。」という一文で締めくくっています。(詳しくは、こちら)
事業は良いときもあれば、悪いときもあります。「何のために存在するのか」という問いに対しての答えであるパーパスがなければ、数字に振り回される結果となり、長期的・持続的な成長は難しいと言えます。もちろん数字は大切ですが、一貫したパーパスを軸に経営をすれば、結果はついてくると捉えています。
また、パク・セロイが株主向けにスピーチを行うシーンがあるのですが、ここでは「自分たちの自由のために事業はある(働いている)」と言っています。
これは、意図したものなのかどうかはわかりかねますが、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ氏が、2017年のハーバード大学で卒業生に向けたスピーチと似た内容になっています。ザッカーバーグ氏は、そこで「パーパスがあるのは当たり前で、(中略)パーパスは自分以上に大きい何かに関わり、必要とされ、より良い将来のために働きたい、という感覚であり、パーパスこそが真の幸せを作るものだ。」と語りました。
これからの時代を引っ張っていくミレニアル世代、Z世代にとって、経済的な豊かさはもとより、より良い将来、世の中のために貢献する充足感はとても大切なことなのです。
icが成長していくさまは、まさに、パーパスを軸にした経営、ブランディングそのものであり、現代の感覚にとてもマッチしているといえます。相対する長家も、もともとはパーパスがあったものの、いつのまにか忘れてしまっていました。実際に、このような企業は多く、特に近年、苦労しているように見受けられます。
ほとんどの企業は、創業時には、パーパス(存在理由)という言葉を知らなくても、志があったはずです。パーパスは、作るものではなく、見つけるもの、です。自分たちの中にあるパーパスを見つけ出し、それを軸に判断、行動していくことこそ、強いブランド作りに確実に繋がっていくのです。
齊藤三希子(さいとう・みきこ)
エスエムオー株式会社代表取締役。ブランディングコンサルタント。株式会社電通に入社後、電通総研への出向を経て、2005年に株式会社齊藤三希子事務所(後にエスエムオー株式会社に社名変更)を設立。企業の存在理由である「パーパス」を軸に全てのアクションを行い、社内外にそのパーパスを浸透させることで一貫したブランディングを行い、ブレない強い組織を作る「パーパス・ブランディング」に10年以上取り組んでいる。株式会社バルカー社外取締役。慶應義塾大学経済学部卒業。