(本記事は月刊『ブレーン』2021年9月号の特集、「海外アワードから読み解く 世界のクリエイティブ」に掲載したものです)。
バーチャルに置き換えて考えてみる
木下:今回のカンヌは《from Physical to Virtual》、バーチャルを舞台とした施策が多かった印象です。背景にはVRカルチャーの普及と、コロナ禍でバーチャルな世界への依存度が上がったことがあると思います。
築地:その中でも、Reporters Without Borders(国境なき記者団)の「The Uncensored Library」は、ゲーム「マインクラフト」のプラットフォームの中に各国で起きている人権問題に関する無検閲の情報をみんなが見れる図書館をつくって収めてしまうという発想自体が凄かった。そして、そのクリエイティブの質も高いなと思いました。
木下:世界には言論統制が厳しい国もある中で、マインクラフト上だと逃れられます。バーチャルワールドでは国境がないので、そこをうまくハックしましたね。《Legal Hack》もテーマだったように思います。
間部:フォートナイト「Travis Scott and Fortnite Present: Astronomical」のようにバーチャル空間で企業がコミュニケーション活動をする事例はありました。でもこれは、一企業の活動にとどまらず、人権問題について考える機会をつくるところにまでスケールし、着地させているところが凄いですよね。
檀上:D&AD のインテグレーテッドとエンターテインメント部門でYellow を受賞したXboxの「The Birth of Gaming Tourism」は、実在する旅行ガイドブランドと組んでゲームの世界の観光本をつくるという企画でした。現実世界では実現できないことでも、バーチャルだったらどうだろうと、空間を置き換えて考えるなど、ゲームの世界と現実の世界の両方を使って企画するヒントになる事例でした。
間部:私は今回のカンヌで、アウトドア部門の審査をさせていただきましたが、「Boards of Change」が印象的でした。アメリカ大統領選挙にまつわる施策は複数エントリーされていて、大規模なものも多く、いくつか受賞もありました。中でもこの施策は、シカゴ市自体が大統領選挙に対してこれだけの熱量と規模でコミットしていて、アメリカらしかった。
この熱量が日本にも来たらいいなと。クリエイティビティの力で何かを変えていくときには、広い意味での弱者、マイノリティにコミットする《Commitment to the weak》ことで、現状を突破できるケースもあるのだと思いました。
築地:これって、Black Lives Matter の抗議活動中に店舗をバリケードするために使用された合板で、オンライン投票の事前登録ブースをつくった企画ですよね。いざ日本でやろうとすると、そもそもの登録手続きが煩雑になり、なかなか浸透しないだろうなと思います。スマホで誰もが簡単に登録できる仕組みがあったからこそ成果があったんだろうなと。
木下:過去にもアメリカでは、格安SIM の会社のブースト・モバイルが店舗を投票所にしたこともありました。日本だとなかなかフレキシブルに進まないですよね。
パーパスに基づき、アクションする
檀上:私はカンヌでデザイン部門の審査員を務めましたが、グランプリを受賞したH&Mの店内型リサイクルシステム「Looop」も印象に残りました。今年のデザイン部門では、「ブランドや商品がいかに前進したか」「社会課題を解決に向けて具体的に一歩前に進められたか」という話をよくしていて、そういう視点で見たときに「Looop」は強かったですね。
古着が新しい服に生まれ変わる様子をお客さんの目の前で見せるアイデアはインパクトがあってファストファッションの使い捨てのイメージを払拭してくれるし、オンラインで商品が買われることが多い時代に実店舗をこうやって使う方法もあるよ、というお手本にもなる。
機械を置くだけじゃなくて、店内全てを使ったインスタレーション、映像、プロジェクトロゴ、どこを切り取っても美しくつくられているところも素晴らしかったです。
間部:Looop はアウトドア部門にも出品されていて、かなり議論されました。ファストファッションがいかに製造時の水使用を抑えるのか、どういうものをつくり続けるかを伝えるインスタレーションでもありました。リアルの場で実際にデモンストレーションしたこと《Reality/Demonstration》が良かったですよね。多くの企業がサステナビリティを重視する中で、“実行力”と“実装力” が部門を超えた、キーワードになっていると思いました。
木下:パーパスを掲げるだけでなく、実際にアクションすることが求められていますよね。
……この続きは7月30日発売の月刊『ブレーン』9月号に掲載しています。
本記事のこの後のTOPIC
・社会のエコシステム全体に寄与していく
・グランプリだけに捉われない方が良い
・ローカルマーケットにヒントはある
木下顕志(きのした・けんじ)
コンテンツデザイナー/コンセプトデザイナー。京都大学理学部数学系を卒業後、ADEX 日本経済広告社に入社。CMやWebサイトから、焼酎、パソコン、アイドルグループまで広告、プロダクト&サービス、エンタメの枠を超えて形態にとらわれないコンテンツデザインを行う。最近の仕事にフジテレビ番組『公開思考実験 / 未来構想会議』、アロンアルフア「君に、くっつけ!」シリーズなど。JAA広告賞、グッドデザイン賞、広告電通賞など受賞。編著書に、心理学や脳科学のマーケティングへの応用法を考察した『マーケティングの本質』(日本経済新聞出版社)などがある。
檀上真里奈(だんじょう・まりな)
電通のコピーライター。武蔵野美術大学油絵学科卒業後、2014年電通入社。広告やデザインなどの分野でコピーライティングと企画を行う。日経「星新一賞」、日本花き振興協議会「Okulete Gommen」、英会話Gabaの広告などを担当した。Cannes Lions、One Show、ADFEST、Spikes Asiaのデザイン部門、D&ADインテグレーテッド部門の審査員。マイブームはタコスづくり。
築地Roy良(つきじ・ろい りょう)
1973年生まれ。シドニー出身。Creative Director。ソフトウェア/ハードウェアを問わずにあらゆるメディアや手法を駆使して、人を動かすプロジェクトを手がける。デジタルエクスペリエンスの制作を中心として、今まで誰も体験したことが無いようなモノ・コトの実現に、常にチャレンジ。最近ではメーカー企業やスタートアップとコラボレーションし、新たなプロダクトやサービス、体験を生み出すコンサルティングも行っている。国内外にて400を超えるアワードを受賞。
間部奈帆(まなべ・なほ)
ソーシャル視点と女性ならではの感覚を活かしながら、さまざまなキャンペーンをリード。近年は、経営戦略策定からコミットし、事業をスケールさせるプロジェクトにも従事中。2018年にベトナム拠点で働いたことを機に、HakuhodoInternational Unitに複属。海外拠点業務への参画やグローバルネットワーク強化に取り組んでいる。Spikes Asia2019 アウトドア&ラジオ部門、グラス部門審査員。
月刊『ブレーン』2021年9月号
【特集 海外アワードから読み解く 世界のクリエイティブ】
・2020ー2021年 時代を映す 世界の広告10選
・日本の受賞作品
・4人のクリエイターが見た世界の広告の現在 7つのポイントと潮流
・「社会正義」とどう向き合う? 国民文化で変わる広告表現
【TCC賞2021受賞作品発表】
【青山デザイン会議 日本で表現するということ】
アユミタカハシ、キリーロバ・ナージャ、マイク・エーブルソン
【SPECAIL】
・CAREER NAVI ネクサス
・注目のクリエイティブチーム 青空
・CONNECTION LAB レポート 三菱UFJフィナンシャル・グループ「赤い球の冒険~MUFG Soul Movie~」(監督:大澤健太郎)
・今夜も窓に灯りがついている. 星野舞夜
【PICK UP】
・千葉ジェッツふなばし リブランディングプロジェクト
・日本女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」
【連載】
・CMの裏側 キャスター/CASTER BIZ「レトロフューチャーオフィス」篇
・リサーチ主導のデザイン 文:山崎みどり
・プロトタイピング発想のデザイン 文:三冨敬太
・広告少年 松田翔太×吉兼啓介(博報堂)
・C-1グランプリ 岡部将彦(Que/Quest)×船引悠平(ADKクリエイティブ・ワン)
・仲畑広告大賞
・デザインプロジェクトの現在 柿木原政広、木住野彰悟
・今月のブックマーク 藤原麻里菜
・STAND THE FLAG 宮崎県/愛媛県
・心に残ったプレゼン術 岡部
・名作コピーの時間 近藤雄介(電通デジタル)
・クリエイターおすすめのブック&マガジン 稲田ズイキ
・デザインの見方 小杉幸一
・SPECIALIST NAVI:キャスティング 中村裕之(ビーポップ)