ロボットの話に終始したヒュンダイのプレゼン
メディアデー2日目はヒュンダイ自動車のプレスカンファレンスを紹介したいと思います。冒頭に会長のEuisun Chung氏が犬型ロボットともに登場し、そのままロボットの話になり、続いてボストンダイナミクス社の創業者が登壇してロボットの話を続け、その後もロボットが中心に語られ、一部未来の自動運転カーの内容はありましたが、約40分のセッションを通じてクルマの映像をほとんど見ることなく終わった、印象的な内容でした。というのも自動車会社の話という前提で参加したのに、ロボットが話の主役だったからです。
メディアデー初日に、主催するCTA(Consumer Technology Association)が今年の注目ポイントの1つとして「メタバース」を挙げましたが、ヒュンダイ自動車はそのメタバースに対する一つのアプローチを示してくれていると思います。2015年にNHKで放送された「NEXT WORLD 私たちの未来」をご覧になった方もいらっしゃるかと思いますが、まさにあの世界をヒュンダイ自動車は形にしてくれようとしています。
「NEXT WORLD 私たちの未来」の第4回『人生はどこまで楽しくなるのか』では、「バーチャルリアリティが実現する拡張世界」として“21世紀のどこでもドア”の話が紹介されました。主人公役の少年が、家の中にいながら、VRゴーグルのようなものと特別なウェットスーツのようなものを身に着け、雪山を“探検”する様子を描いていました。雪山にはロボットがいて、家からそのロボットにアクセスすることで、まるで自分がそのロボットのように操ることができ、ロボットが雪山で感じる温度感・肌触りを、家にいながら感じることができるという内容でした。
#1「パンデミックに適応した消費者」
バーチャル上の体験を実体験に反映させる試み
今回のヒュンダイ自動車のプレゼンテーションは、まさにその世界観そのもの。初日にCTAが紹介していた「没入感のあるデジタル体験でありながらも、フィジカルリアリティともリンクする」というメタバースの課題にアプローチしていました。私たちはこの2年間、ほぼ毎日家からオンラインツールを通じて、会議をしたり、研修を受けたり、セミナーに参加したり、テレビCMの撮影をしたり、消費者調査をしたりしてきて、バーチャルでもやれることは結構たくさんあるということを知った一方で、皮膚感覚や温度感、肌触りの欠如といった今のバーチャルの限界を身をもって感じたことも事実です。そんな私たちに対して、ヒュンダイ自動車は「バーチャルワールドの体験をフィジカルワールドの体験に反映させる」として、まるで本当にそこにいる感覚を実現しようとしています。
「例えばCESの会場のあるラスベガスに出張していながらも、韓国の家にあるアバターにアクセスして、そのフィジカルアバターを通じて、家に残してきている自分の愛犬にエサをあげたり、楽しい時間を過ごすこともできるようになるだろう」とTaaS(Transportation as a Service)ディビジョンのトップであるChang Song氏は話します。
当然こうしたサービスは消費者体験にとどまることなく、ビジネスシーンでも活用可能ですので、スマートファクトリーにおける活用方法も合わせて紹介されました。
工場にフィジカルアバターがあり、そこに世界のどこからでもアクセスすることで、工場にいるスタッフたちとその場にいる感覚でやりとりすることを可能にします。「例えばアメリカのオフィスから技術者が、アジアの工場のラインスタッフとフィジカルに連携することも可能となる」と協業パートナーであるマイクロソフトのUlrich Homann氏は言います。
同じく協業パートナーであるボストンダイナミクス社の創業者Marc Raibert氏は「インターネットはたしかにすごい。私たちはあらゆる知識に触れることができるようになった。しかしインターネット+メタバース+ロボティクスなら、もっとすごいことが可能となる。どこかに座ったままで、世界中のものに触れられたり、操作できたりするようになる」と言い、メタバースとロボットが組み合わさることで、たとえ今までなら人が行けないようなところにも“行ける”ようになるだろうと、この取り組みの可能性の大きさについて力を込めて話していました。
自動車会社から「移動を解決する会社へ」
私はヒュンダイ自動車のプレゼンテーションを聞き終わった際に、改めてなぜ自動車会社なのにロボットの話に終始していたのだろうという疑問を持ちました。メタバースの話に絡めていたため、「トレンドに合わせてきたのかな」と思ったのですが、改めてアーカイブ動画を見直して冒頭に2つのキーワードが表示されていることに気づきました。「Smart mobility solution provider」と「Expanding human reach」でした。最初に聞いたときは特に気を留めなかったのですが、改めてなぜ「自動車会社がロボットの話を?」という視点でこの2つのキーワードを聞いたとき、ヒュンダイ自動車は自動車会社ではなく、“移動”を解決する会社として自分たちのパーパス(存在意義)をしっかりとらえていたのか、ということに気づかされました。
メタバース+ロボティクスは、決して流行のトピックということで紹介されたわけではなく、人々の“移動”を考える上で、クルマという形にとらわれるのではなく、インターネット+メタバース+ロボティクスという形こそ、これからの“移動”にふさわしいという整理が社内でなされたのではないかと感じます。このアプローチは私たちがブランドマネジメントする上でも非常に参考になると感じます。「Mobility」におけるテクノロジーと聞くと、私はすぐに自動運転カーやデリバリーロボット・ドローン、空飛ぶタクシーのようなものをイメージしてしまいがちですが、パーパスのとらえ方次第で、取組み内容を幅広く考えることができるなと考えさせられました。
玉井博久
Glico Asia Pacific Regional Creative & Digital Senior Manager 兼 江崎グリコ アシスタントグローバルブランドマネージャー
広告会社側(リクルート、TUGBOAT)のクリエイティブと、広告主側(グリコ)のブランド構築の両方の経験を生かして、デジタルを活用した顧客体験(CX)を手掛けカンヌライオンズなど受賞多数。2012年より日本のポッキーの、2016年より全世界のポッキーの広告を統括。2017年からシンガポールに駐在し、P&G、ユニリーバ、ネスレ、ロレアル、ペプシコ出身の外国人マーケターたちと広告開発に取り組む。宣伝会議「オリエンテーション基礎講座」(2022年1月開校予定)講師。アドタイのコラムニストとして「世界で活躍する日本人マーケターの仕事」の連載を担当。著書に『宣伝担当者バイブル』(宣伝会議)、『「売り方」のオンラインシフト』(翔泳社)。