東京片岡英彦事務所 代表
企画家・コラムニスト・戦略PR事業
片岡英彦(かたおか・ひでひこ)
日本テレビを経て、アップルコンピュータのコミュニケーションマネージャー、日本マクドナルド マーケティングPR部長などを歴任。企業のマーケティング支援活動のほか、WOMマーケティング協議会発足時のガイドライン検討委員、アップデートチームメンバーを務める。東北芸術工科大学 企画構想学科 教授。
2010年策定、改訂を重ねてきたWOMJガイドライン
1月25日、TikTok JapanはTwitter上でのフォロワーが多く影響力があるとされる「インフルエンサー」のべ20人に、約2年半にわたって報酬を支払い一般の投稿に見せかけて、動画を投稿、拡散する依頼を行っていたことを認め謝罪した。また、同社の担当者はインフルエンサーに、自社名を名乗らず、代理店の担当者として偽名を使ってコンタクトしていたことが明らかになった。
このTikTokのステマ騒動の他にも、2021年には東京キー局の女性アナウンサーの「ステマ疑惑」が週刊文春によって報じられたことは、まだ記憶に新しい。
「ステマ(ステルスマーケティング)」という言葉が、一般にはあまり知られていなかった2009年から2010年にかけて、私はWOMマーケティング協議会(WOMJ)の口コミマーケティングに関するガイドライン作成委員の一人としてガイドライン作成に携わった。その後、2012年と2017年にガイドラインを改訂。さらに環境変化に対応するため、2021年から始まったガイドラインの改訂作業にも、メンバーの一人として再び関わっている。
これまでも「アドタイ」上で2012年、2015年の2回にわたりステマに関して解説をしてきた。あわせてご参照いただきたい。
・「先生!ステマって何ですか?」「ステマとPRの境界線はどこですか?」「PR会社ってウラで何をやってるんですか?」(2015年)
・「ステルスマーケティング」と「マーケティング」の25の境界線を戦略広報の視点で考える(2012年)
WOMJのガイドラインの内容を踏まえてこれらを書いた2010年代後半以降、広告業界も大いに様変わりした。TikTokもその中で頭角を現してきたプラットフォームでもある。そこで今回は改めて、2022年の今、「ステマ」と一般的な「宣伝」との“境界線”について確認をしていきたい。
TikTokの騒動は何が問題だったのか?
TikTokを運営する日本法人は、「TikTok内のコンテンツを多くの人々に知ってもらう」という宣伝目的で、Twitter上で多数のフォロワーを抱える「インフルエンサー」に報酬を支払い、自らが指定したTikTok 上の動画をTwitter上に投稿させ拡散を行った。インフルエンサーたちは同社から報酬を得ていること(「広告」であること)を明かさずに、この投稿が一般の投稿であるかのように装った。これにより、Twitterユーザーは「広告」と思わずに視聴・閲覧をしたことになる。
広告表記をしなかった理由について、同社では「商品やサービスの宣伝をするものではなく、TikTok内のコンテンツをより多くの皆様に知っていただくための活動であった」として「『広告』表記は不要との認識にて実施した」と説明している。また、同社では「本施策は法令に抵触しないとはいえ、結果として皆様に誤認をさせる可能性があり、不信感を持たせてしまうこととなりました」と謝罪した。
このお詫び文の中にある「#PRなどの広告表記が必要とされる商品やサービスの宣伝をするものではなく、TikTok内のコンテンツをより多くの皆様に知っていただくための活動」であったという部分と、それに続く「『広告』表記は不要との認識にて実施されていた」という記載が少々気になった。
一般的に「TikTok内のコンテンツをより多くの皆様に知っていただくための活動」であったのであれば、これはれっきとした「企業の宣伝活動」を示す。こうした目的で「インフルエンサー」に協力を求め「対価」を支払っていたのであれば、これは、明らかに「広告出稿」であり、同社のコメントにある「『広告』表記は不要との認識にて実施されていた」という点に疑問が残る。仮に「自社サービスが流行している」という印象を消費者に与えようとしていたのであれば、これは、ガイドラインが禁止する「偽装行為」である。
ガイドラインはどのような行為を禁止しているのか
ここで前述の、WOMマーケティング協議会によるガイドラインを確認したい。現在公開されているガイドラインではまず、ガイドラインの「目的」として(1)WOMマーケティング業界の健全な発展、(2)情報受信者の「正しく情報を知る権利」の保護、(3)情報発信者が正しく発信しないことにより社会的信頼を失うことを防止、という3点を掲げている。
「情報受信者」の保護と同時に、「情報発信者」の社会的信用を守るためという記載がある。安易に「関係性の明示」を怠ったり「偽装行為」を行ったりすることは、情報受信者ばかりではなく、情報発信者自身が名誉を失い傷つくことにも繋がる。この点を注視したい。
一方で、このガイドラインの適用は、いわゆる「口コミマーケティング」(オンライン上でのWOMマーケティング)=「消費者がオンラインで発信する情報を、消費者がオンラインで受信する」活動に限定している。
よくテレビ番組などの「演出」の話を持ち出されることで、話が混乱しているケースを目にする。マスメディアの話は別途、真剣に議論すべき話だが、この「ステマ」の話とバラエティ番組などの「過剰演出」の話は別の話なのでこの点は注意したい。
「ステマ」と一般的な「宣伝」との“境界線”のポイントをまとめると以下の通りとなる。
ポイント(1)関係性の明示
何らかのインセンティブ(金銭・物品・サービス)の提供が行われた場合には、企業(マーケティング主体)とインフルエンサー(情報発信者)の間には「関係性あり」(代理店を挟んでいたとしても)と見なされる。従って情報受信者が“理解できる方法”で「関係性の明示」が行われなくてはならない。
この具体的な関係性明示の方法として、「金銭の提供あり」の場合は「#プロモーション」「#協賛」「#タイアップ」 などが認められている。また、「物品・サービス提供のみ」の場合には「#物品提供」「#モニター」「#献本」などの簡易タグ使用も許容されている。これはハッシュタグでなく【Promotion】のような表記も認められている。
ちなみにTikTokのお詫び文などでも用いられているように、「#PR」という表記も見られる。ただし「PR」はプロモーションの略ではなく、Public Relationsの略にあたるもの。日本パブリックリレーションズ協会などでは、本来のPublic Relationsの意味と異なり「AD(広告)」とは同義ではないことから「#PR」表記は推奨していない。
ポイント(2)偽装行為の禁止
現実とは異なる「情報発信者から発せられる情報」や「消費者行動の履歴」を、あたかも現実であるかのように表現することは「偽装行為」にあたり禁止されている。これには投票や評価の“水増し”のような、言語以外の表現も含まれる。
例えば、以下のような活動は「ステマ」と見なされるので注意したい。
■ SNS上の「いいね!」や「フォロー」などの行動に対価を支払い、不正に評価を操作すること。
■ 動画の再生回数などを人為的に操作すること。
■ 口コミサイトなどで、虚偽の推奨コメント(または批判コメント)を投稿し、実態のない評価を意図的に作り上げること。
■ 消費者が発信した情報を改ざんすること。
■ 競合企業の評判をおとしめること。
■ その他、明らかに情報受信者をあざむく行為。
ここで問題になるのは、ガイドラインで紹介される「偽装行為」の事例は数が限られていて、この中で禁止されていない行為ならば、「ステマ」にあたらないので「やってもよい」のかという点だ。例えば、ガイドラインに記載されてはいないが、自社や代理店の社員による「自作自演」のコメントなどは、消費者保護の観点から好ましくないことは言うまでもない。
「ステマ」が疑われ「騒動」となると、謝罪を行う側の企業は「法令に抵触しない」「結果として誤認させてしまった」と謝罪するケースが多い。しかし、具体的な「偽装行為」の全てを法令で禁じることは不可能だ。新しい表現ツールと表現方法は日々増え続けている。また「表現の自由」との兼ね合いもある。
だからこそ「ガイドライン」を作成し、この遵守を強く求め呼びかけている。こうした呼びかけにもかかわらず、「法令に違反しない」ことをあたかも“免罪符”のように主張することは、「残念な企業(恥ずかしい企業)」であることを自ら公言するようなものだ。企業姿勢/レピュテーション上の大きなリスクとして受け止めてほしい。
ポイント(3)具体的な“境界線”はどこか?
ガイドラインの中では、「裁量の範囲」という言葉が繰り返されている。
この企業やメディア側の自主性に判断を委ねている点について、実際のところの“境界線”はどうなのかと尋ねられることも多い。
次回はこの境界線について、よくある10の質問を挙げながら解説していきたい。
(つづく)
「そのSNS投稿、大丈夫?」ステマに関する10の疑問に答えるQ&A