日本広告業協会(JAAA)では毎年、会員社社員を対象に「論文」と「私の言いたいこと」の懸賞募集を実施している。2022年3月25日、第51回懸賞論文の受賞作品が発表に。最高賞である、金賞を受賞したのは電通 PRソリューション局 シニア・コンサルティング・ディレクターの中町直太氏の論文「『ボトムアップの社会変革論』の確立へ~『人類のフロンティア』に対する挑戦として~」だ。
本論文を執筆した背景について中町氏は、次のようにコメントしている。
世界情勢が混迷を極め、資本主義や民主主義といった「これまでの私たち世界」の大前提であった枠組みすら揺らぎつつある中で、社会は「新たな、そして大きな物語」を必要としています。この数年、世界中の頭脳が新たな思想を発信していますが、それらを社会実装できるかは、私たち一人ひとりの意識や行動にかかっています。たった一人の思いから始まる「新たな物語」をコミュニティで共有し、社会全体に拡げ、そして世界がつながる。その方法論を研ぎ澄ませていくことに、これからの広告業界の社会的な存在意義が見出せるのではないかと考えました。その発想は、私がPR部門という、広告会社の中ではある種オルタナティブな場所に所属していることとも無関係ではありません。近年マーケティングのデジタル化が顕著ですが、私たちには「ファネル」の外の広大な世界に接続できる可能性もあることを提起したいと考えました(中町氏)。
ここでは、金賞を受賞した論文のサマリーを紹介する。
資本主義の暴走が引き起こした気候変動の脅威、新自由主義の進展やグローバル化が引き起こした格差と分断の拡大、コロナ禍への対応が露わにした民主主義の危機など、「世界のあり方」そのものの行き詰まりが明らかになりはじめた。そのような中、「世界の頭脳」とも呼べる人々による「新しい世界への提言」が各所で展開されている。
それらの論は、例えば斎藤幸平氏による「人新世の資本論」に代表されるように、「所有から共有へ」「競争から再分配へ」というベクトルが一致しており、変革の方法論においては「政府や大企業からのトップダウン」に依存しない、「市民や地方自治体が形成するコミュニティによるボトムアップ」の社会運動を重要視するアプローチが共通している。
しかし、彼らの「変革のための方法論」への言及は抽象的なものに留まっている。また、学術領域において比較的親和性が高い「社会運動論」「コミュニティデザイン論」も、十分な解を示しているとは言い難い。この世界に生きる私たち一人ひとりの「志」からはじまる運動をどのように立ち上げ、ムーブメントに発展させ、社会を平和的に変革へと導くかという「ボトムアップの社会変革論」は「人類のフロンティア」と言っても過言ではない。
近年、資本主義の「潤滑油」として機能してきた私たち広告会社は「ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)」として批判の対象になりつつあり、業界そのものの価値の再考が迫られている。私たちには、リサーチやビジョン策定といったプランニング能力に始まり、スローガンやシンボル、コンテンツの開発力、そして様々な手段で情報を伝達、拡散させる統合コミュニケーションデザイン能力といった、社会的なムーブメントの創造のための知的リソースやクリエイティビティを兼ね備えている。その強みを活かし、「ボトムアップの社会変革論」の確立および実践を、グローバルな視座において業界一丸となって推進することで、「新しい世界」の創造に貢献すべきである。
本稿においては「ボトムアップの社会変革論」の「理論化と実践の仕組みづくり」を、①初期コミュニティ形成のための「知のネットワークの構築」、②変革の現場における継続的実践のための「組織の常設化」、③市民の自律的な行動のための「教育機能の設置」の3段階に区分して論じていく。①においては世界の広告賞の抜本的な変革を、②においては各国の広告業界団体の機能強化とさらなる連帯を、③においてはSDGs推進プレーヤーとのコラボレーションを提言する。そして、それぞれの段階における有効なアプローチについて、人類が歴史上成し遂げてきた、知的・人的な大規模プラットフォームの成功事例(「中世ヨーロッパにおける大学の創設プロセス」「赤十字運動の世界的な発展プロセス」「キリスト教の宣教活動プロセス」)をヒントにしながら考察する。
【受賞者プロフィール】
電通 PRソリューション局
シニア・コンサルティング・ディレクター
中町 直太氏
2001年、電通入社。マーケティングプロモーション局・営業局を経て、現在はPRソリューション局でコーポレートブランディング/広報コンサルティングを専門とする。数万人規模の大企業からスタートアップ企業まで幅広く支援。特にインターナルコミュニケーションによる組織文化変革が得意分野。PR領域では自治体の新条例の成立支援や、国際的なビッグイベントの広報戦略立案など、大型プロジェクトの経験も豊富。著書は『「なりわい」革新 事業×組織文化の変革で経営の旗印をつくる』(共著)。