世の中に新しい指標・価値観を生み出している2名が、これからの企業の“ 持続的な成長”のために必要な指標について語り合う。
※月刊『宣伝会議』6月号(4月30日発売)では、「企業と社会のサステナビリティに貢献する これからの『ブランド成長の定義』」と題し特集を組みました。ここでは、本誌に掲載した記事の一部を公開します。
九州大学 主幹教授/都市研究センター長
馬奈木俊介氏
ファンベースカンパニー
代表取締役社長/ CEO
津田匡保氏
「新国富指標」と「ファンベース」 いま求められる考え方とは
―活動の領域は異なるお2人ですが、企業活動に新たな価値指標をつ
くるという取り組みにおいて、共通する点もあるかと思います。
馬奈木:私の2014年以降の注力領域に、「新国富指標」の構築と計測ということがあります。「新国富指標」とは、健康や教育、自然など、これまで数値化できなかった要素を、経済価値に換算する指標であり、社会課題に対する指標とも言えます。
これは、「人がどれだけ健康になった」「環境が改善された」などが、可視化できるということ。この指標を用いて世界各国ごとに計算をしています。地域や国単位で「新国富指標」の向上を目指せば、SDGsで求められる環境・経済・社会の成長が実現できると考えられており、イギリスやパキスタンなど、これを目標として置いている国もあります。
このような国際的な取り組みを行う一方で、国内の企業と共に、「企業の要素技術により行った社会課題の解決が、最終的に企業の利益にもつながる」という観点から、企業による“社会課題解決の価値化・定量化” といった活動も行っています。
企業の方、特に製品開発を行っている方とのかかわりの中で感じたのが、製品を使う人の主観ではなく、例えば「この技術を使えば、汚れを50%除去できる」などから企画をスタートし、その技術を使うことを目標として定め、それを達成するのが開発の目的になっているケースが多いということ。これは、“この商品を使ったら快適だった”“幸せになった”などの、“主観”を評価することができないと思っているために起こることです。
しかし、主観を客観的に評価し、定量化することは可能です。近年ではCX(カスタマー・エクスペリエンス)に注目する企業が増えていますが、それはAIの進化も相まって、主観を評価する重要性に皆が気づき始めたからではないかと考えています。
津田:ファンベースカンパニーは、企業やブランドを支持する“ファン”を大切にし、ファンをベースにして中長期的に事業価値を高めていく「ファンベース」の概念を軸に活動しています。企業やブランドに対するファンの熱量を可視化する「ファン度」という指標や計測サービスも開発し、企業への導入も進んでいます。また、最近ではファンの心理や行動を深く研究する「ファン総合研究所」も社内に設立し、研究開発事業を加速させています。
私がファンベースを重視する考えに至ったのは、前職のネスレ日本での経験にあります。ネスレ日本でマーケティングや新規事業開発に携わる中で、「中長期的に成長を続けていくためには、新規顧客獲得だけに注力していては厳しい」と考えました。
そこで、オフィス向けコーヒー宅配サービス「ネスカフェ アンバサダー」では、新規顧客へのアプローチに加えて、既存のファンとのコミュニケーションにもかなり注力し、顧客のエンゲージメントとLTVを高めていきました。新規と既存のアプローチを両輪で実施していった結果、事業として成功することができたと考えています。
既存のお客さまやファンほど大切な人はいませんし、事業の成長には欠かせない存在です。このような考え方を広め、これからの社会にとって必要なものであると証明していくために、ファンベースカンパニーを経営しています。
ネスレ日本時代の経験でもうひとつ印象的だったのが、顧客と一緒にボランティア活動を行った時のこと。
顧客にとっての“おトクさ”や“便利さ”を提供した時よりも、一緒に社会貢献活動をした時の方が、企業と顧客の関係性が強固なものになりました。社会貢献活動などの「体験」は、企業と顧客の間にある壁を壊し、一丸となるためのきっかけにもなるのではないかとの気づきがありましたね。
「企業ビジョンの明確化」が社内・社外に与える影響
馬奈木:今の津田さんのお話は、ネスレ日本という企業が社会課題に対する思いを発信し、そこに顧客が共感した点で、強い関係性が生まれたのではないかと思います。
「ネスカフェ アンバサダー」も、津田さんが高校生の時に阪神・淡路大震災で被災され、その時にコーヒーの温かさやおいしさを実感したこともきっかけになって生まれたサービスであると聞きました。さらには、東日本大震災の時には、コーヒーマシンを持って被災地に行かれたと。このような強い思いを持ってはじめられたサービスであるからこそ、共感が生まれる。企業が思いや考えを明確に発信することの重要性を感じます。
津田:ありがとうございます。最近では、従業員の入社理由に“企業の思いに共感したから”“自分と価値観が近いと思ったから”ということがよくあると聞きますよね。企業のビジョンが、以前よりも重視されているのを感じます。
馬奈木:従業員という観点で言うと、過去に従業員のストレスチェックや、ストレス減少に向けた対策の効果測定の分析も行ったことがあるのですが、140万人のデータをもとに統計分析をしたところ、ストレス対策として一番効果的なのは、「企業のビジョンが明確であり、社内で浸透していること」という結果になりました。
“自身が何のためにこの業務を行っているのか”を理解することの大切さを示す結果であると考えています。ストレスを抱えていると、ひとりあたり年間150万円、生涯キャリアで6000万円相当の損失があるという分析結果もあり、経営にも大
きくかかわる話だと思います。
津田:おっしゃる通りだと思います。以前、ある企業のSNS担当者と仕事をした時のことですが、その方のKPIは「いいね」の数やフォロワー数などで、日々数値とばかり向き合っていらっしゃいました。ある時、私たちがその企業のコアファンの方たちと話す場、「ファンミーティング」を設けたところ、コアファンの方たちが商品や企業に対してとてつもなく高い熱量で語っているのを見て、その担当者の方は「この方たちの笑顔のために、自分は日々頑張っていたんですね」と、とても感動されていました。「自分の仕事が何につながっているのか」を知ることの重要さを感じた出来事です。
ファンベースカンパニーにも、社外のファンだけでなく、従業員のファン度を高めていくファンベースの取り組みをしたいという相談が増えています。“社内”と“社外”の両軸で実施していくことが、企業を長く運営し続けていくためには必要だと感じますね。
持続的な成長のために必要な「未来の行動への期待」=「信頼」
―これまでのお話をもとに、本対談のメインテーマである「売上」拡大以外の「企業の成長」について、考えを聞かせてください。
※本記事の続きは月刊『宣伝会議』6月号(4月30日発売)に掲載しています。
月刊『宣伝会議』6月号
特集1
企業と社会のサステナビリティに貢献する
これからの「ブランド成長の定義」
・企業・従業員の“持続的な”成長に必要な
新・評価指標
九州大学 馬奈木俊介、ファンベースカンパニー 津田匡保
・マーケティングの価値再生に向けて
マーケターは一致団結できるか?
ユーグレナ 工藤 萌、Mizkan Holdings 長岡雅彦
・Z世代経営者は何を目指すのか?
3人が考える新たな指標
僕と私と 今瀧健登、Essay 江連千佳、Follop 富山知輝
・“信頼”で購買される時代に
メディアが担うべき役割とは?
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