SNSが生み出したのは、1億総発信者。マス時代には区別できた送り手と受け手が、今やすべての人がつくり手であり送り手側です。そんな中、プロの送り手(例えば広告や宣伝に携わる人たち)は、どんな技量をどの領域で発揮すればいいのでしょう? UXやCXという新しいスタイルを取り入れたり、フルファネルに対応するためデータ・テクノロジーとの融合を進めたり…。
ですが、よくよく考えると、やろうとしていることは大きく変わったわけではありません。日々、「インパクト」を求め「クリエイティビティ」を発揮し「ブランド」体験を推進しています。だからこそ、考えの起点となるワードの意味や理解を深めることが必要かつ有効なのでは…。
そんな風に思うタイミングでコラムをお借りできたので、思い切ってプロの送り手の方に向けてお話します。新年度が始まった折、新人の方も大歓迎です。とはいえ釈迦に説法・耳タコ話も多々あるかと思いますが、どうかご容赦ください。いい広告をつくるための全7話、ぜひご一緒に。
まず、「いい広告」を思い浮かべてください。
TVCMでもポスターでもキャンペーンでも、もちろんご自身が手がけられた仕事もOKです。いい映画、いいクルマは?という質問ならどうでしょう。賞を獲って興行成績No.1とか、高性能で装備も充実とか答えやすいかもしれませんね。いずれにしても、「好き」ではなく「いい」がポイントです。
「好き」は何となくでも許されますが、「いい」には何かしらの判断基準が要ります。良し悪しを判断するときには、感覚的ではなく客観的なモノサシ(評価基準)が必要なのです。評価する軸が違えば、選ばれるモノも違ってきますから。
では、いい広告の「いい」とは何でしょう?●モノが売れた●ブランドをつくった●賞を獲った……といろんな基準がありますが、ほとんどのクライアントは、1番目のモノを売ること、モノが売れたか否かを広告の評価基準にされているのではないでしょうか (ちなみに20代の私は、3番目がいい広告と思っていました恥汗)。
さらに、モノを売るための広告づくりで注視されるのは、●差別化●スペックやUSP(Unique Selling Point)●マーケティング目標(販売数やKPI)と、大きくは3つの指標。どれも文字や数値で表せるタンジブルな基準です。現場では、競合商品と差別化できるUSPをファネル毎にマッチさせターゲットのコンバージョンを引き出してKPIに繋げる、という一連の流れが起こったりしています。つまり、「いい広告 = モノを売る = 差別化する」という公式ができているワケです。
この公式は、広告だけではなく、プロダクトそのものにも影響を与えています。
少し寄り道になりますが、現代のマスプロダクツのほとんどは「マーケットイン」であり、「プロダクトアウト」ではありません。マーケットインとは市場ニーズに合わせたモノで、プロダクトアウトはつくり手の理想から生み出されたモノです。熾烈な競争市場で生き残るには、理想より現実に目を向けます。ほとんどのプロダクトは、既存品との差別化を狙ったマーケットイン型です。
しかし、この差別化ありきの考え方は、やがて「役に立つけれど、欲しくない」となる可能性をはらんでいます。例えば、市場ニーズに応えたコンビニのサンドウィッチ棚は食べたい時にはうれしいラインアップですが、そもそもサンドウィッチを食べたい気分にする魅力はないのかもしれません。確かに隣の商品とは違うけれど、その差分を見れば見るほど、不思議なことに「これ」でなければならない理由がどんどん薄れていくのです。人の心理でしょうか?「どれにするか」と「どれでもいい」は、案外隣り合わせなのかもしれません。
プロダクトからコミュニケーションに話を戻しても、モノを売るための差別化は、カテゴリー内では効果的ですが広く魅力を伝える手法ではないと言えそうです。もちろんサンドウィッチを食べたい人やSUVに乗りたい人だけをターゲットしている場合、それで正解。広く伝える必要性はなく、むしろ絞り込むことに意味があります。ティッシュを買いに来た人にサンドウィッチを薦めるのはナンセンスで非効率というのが、マーケティングのセオリーですから。
それでも、いい広告とは「差別化してモノを売る広告」と定義していいのでしょうか?
モノが売れた広告をいい広告とするのは結果論であり、「モノを売る」から考え始めてもいい広告に辿り着くとは限らない。そう思えるのです。逆は真成らず。なぜなら、商品特長やUSPをアピールせずに、爆発的にモノを売った広告は世の中にたくさんあるからです。前例で言えば、サンドウィッチを食べたくない人をサンドウィッチ棚の前に連れてくるような広告です。即ち、差別化しなくてもモノを売ることはできるのです。
ではなぜ、「差別化してモノを売る」という考えが歴然と存在するのでしょうか? その最大の要因は、広告のつくり方ではなく決定プロセスにあると睨んでいます。
広告は巨大ビジネスですから、好き嫌いではない判断基準が要ることは前述しました。誰よりもその軸を必要としているのは、会社や組織内で企画説明される方々かもしれません。プロジェクト推進の責務があって、広告代理店も提案の一端を請け負っています。担当の方は、企画内容を何人にも何度も、同様で同質に伝える必要があります。
もし、あなたが会議で「この存在をこう表現します」と発言すると、「どうやって?」「それで伝わる?」「面白くないよ!」と総ツッコミを受けます。しかし、「この差(USP)をアピールします」という提案は、「具体的でいいね」「分かりやすい」という高評価が得られます。プレゼンする側も受ける側も、当然のように説得力のある後者の方を採用するのではないでしょうか。差別化して売るという公式は、組織(大きいほど効果的)で発達した無敵のロジックであるものの、残念ながらいい広告を導く手法ではないと考えられます。
そろそろ広告を直接的に「モノを売る」から解放しませんか?
と言っても、ゴールは売ること、買ってもらうことで変わりません。但し、広告の第一の役割を「欲しくなる情報を伝える」から「好きになる感情を育てる」へ。
つまり、売ることより好きになってもらうことを、まず考えてみるということです。確かに文字や数値を伝えるより、気持ちに変化を起こすことはかなりチャレンジングです。でも実際には、いくら送り手が差別化した情報を伝えたつもりでも、結果的に好き嫌いで受け取られていることも多々あります。あなたが冒頭の質問で「いい広告」と「好きな広告」を混同していたのなら、まさにその一例に他なりません。人が広告を見る時には、情報だけではなく感情的に見てしまうことを避けられないからです。
つまり、いい広告とは、直接的にモノを売るのではなく、その一歩手前で好きにさせるもの。モノだけでなくブランドや会社そのものを好きにさせるポテンシャルもあります。買うという行為は安い・近い・選択肢が無いという状況でも成立しますが、好きという感情はプロダクトと広告にしか生み出せないのです。もしプロダクトがマーケットインの場合でも、コミュニケーションで何とか好きをつくり出さなければなりません。それこそが、いい広告への挑戦だと思います。
今回のまとめ:いい広告は、売る前に好きにさせる。
次回は、好きをつくり出すクリエイティブについてお話します。