視覚の市場は飽和した
音声コンテンツ市場が勢いづいている。音楽配信サービス大手のスポティファイが、「ポッドキャストを聞こう」、とテレビCMを流したのも記憶に新しい。個人向けの音声配信プラットフォームや、書籍を音源化したサービスなど、国内でもさまざまなサービスが立ち上がった。
パイオニアとなったのは米アップルだ。2004年ごろ、音楽プレーヤー「iPod(アイポッド)」向けにポッドキャストの配信を始めた。ポッドキャストという言葉自体、iPodにCast(放送)するという造語だ。ダウンロード型で好きなタイミングに聞くことができ、更新タイミングで通知を受け取れる仕組みが支持された。
18年以上の歴史がありながら、なぜいまポッドキャストをはじめとした音声コンテンツが活気を帯び始めているのか。これまで約50本近くの音声番組の制作に携わってきた、PitPa(ピトパ)の石部達也氏は、こう断言する。
「テレビやオンライン動画をはじめとした視覚コンテンツの市場が完全にレッドオーシャンと化しているからです」(石部氏)
総務省の「令和2年度 情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」によると、全年代の平日のテレビの平均利用時間がおよそ2時間40分。インターネットが約2時間50分。休日になるとテレビが3時間40分、ネットもおおよそ3時間となる。1日の余暇のうち、かなりの時間がテレビかスマートフォン、あるいはパソコンの画面に割かれている。
グーグルによると、YouTubeに投稿される動画は、2012年に毎分60時間分であったのが、2020年には毎分500時間分へ急拡大した。日に直すと12年は1日あたり約10年分、20年には1日に約82年分の動画が投稿されたことになる。明らかに供給過剰だ。
「人々の動画の視聴スタイルも、『見ている時間のなさ』を表しています」と話すのは、博報堂ケトルの原利彦氏だ。コンテンツプロデュースの傍ら、「原カントくん」として自身もラジオなどに出演している。
「通常の何分の一のスピードで見る、いわゆる『倍速視聴』や、要点だけを切り取った『切り抜き動画』、著作権法違反で逮捕者が出た『ファスト動画』など、長すぎて見ていられない、ポイントやあらましだけわかればいい、というコンテンツ消費の仕方が顕著になってきているのです」(原氏)
視覚の可処分時間がないのであれば、聴覚――。従来から、「ながら」との相性の良さが言われてきたが、コンテンツ接触の残された鉱脈として、食指が伸びてきている。
くり返したくない落とし穴
もちろん、音声コンテンツなら、何でも成功が約束されているわけではない。これまで50本近くと多くの音声コンテンツを制作してきた石部氏は、「失敗もくり返してきました。結果、見えてきたことのひとつは、『量』を追うこと」と話す。
「かつて、再生回数を増やそうと、ソーシャルメディアで多くのフォロワーを抱える人を起用し、多くの人が関心を持つであろう『恋愛』をテーマにして、番組にしたことがあります。そうした計算はすべて机上の空論。全く聞かれませんでした」(石部氏)
逆にいま、成功しているのは、元マサチューセッツ工科大学教授などを歴任した伊藤穰一氏のポッドキャストや、ヤッホーブルーイングによるクラフトビールの番組、家電ライターによる最新家電についての番組、などだ。このほど、サッポロビールとも、音声コンテンツをスタートさせた。
「ファンがつき、関与度が高いのはこうした番組です。伊藤さんやヤッホーブルーイングさんなど、もともとファンがいるじゃないか、という声もあるかもしれませんが、家電の番組などは、30分間、ひたすら家電についてしゃべるだけ。それでもほとんど最後まで聞いていただけています」(石部氏)
聞かれるものと、聞かれないもの。この二分化は、企業が運営するメディア、いわゆるオウンドメディアでくり返されてきたことに近い。
「わたしも、これまでいくつも企業のオウンドメディアを制作してきましたが、人気を得られず閉じてしまうサイトに共通するのは、数を追うばかりで、『何のために』『誰のために』やっているのかが不明確ということです。再生数を至上命題に掲げると、音声コンテンツでも同じことになるでしょう」と原氏は指摘する。
逆にオウンドメディアの成功例には学べる点もありそうだ。たとえばミキハウスは『出産準備サイト』というオウンドメディアを運営しているが、2020年時点で月間100万PVに到達している。
「いまでこそ結果として検索エンジンで上位に表示されていますが、それが目的ではなかったはずです。それよりも、自社の事業領域、専門分野は何なのか。何を情報として発信していくのか。それを明確にして続けてきたことが重要」(原氏)
たしかに、Webサイトならば情報を貯めていくことで、ひとつの資産となったり、検索によってアクセスを集められたりする。では、音声コンテンツは検索対象になるのか? 答えはイエスだ。
「音声データを構造化して検索できるようにする技術の開発は進んでいます。テキストデータを検索する感覚で、検索エンジンから音声コンテンツへアクセスする、というのは、近い将来の話だと思います。現在でも音声コンテンツと記事を並行して制作して、検索エンジン対策にするという現実的な解もあります」(石部氏)
であれば、いち早くコンテンツを蓄積しておくことが先行者優位になりうる。
制作のハードルの低さ
まずは小さく始めるとして、初期投資がどれくらいかかるのかが問題だ。原氏は「映像を制作するのに比べて、ケタ違いに低く抑えられる」と話す。
「現在、お笑い芸人の村本大輔さん(ウーマンラッシュアワー)の音声コンテンツに携わっていますが、スマートフォンで録音して、前後に音楽(ジングル)をつけて配信しています。私も自分でやってみて、とても簡単なことに驚きました」(原氏)
しかし、村本さんはしゃべりのプロ。〈シロウト〉としてはうまく話せるか、どうか。
「たとえば、パーソナリティは自社の新入社員や若手が担当する、など、たどたどしいくらいが自然、当然の枠組みにすることも一手だと思います。企業の発信として逸脱しないよう、あとは編集でつなぐ。音声の編集はアプリなどですぐにできます」(原氏)
「台本を用意してしまうと、棒読みになってしまって逆効果」と話すのは、石部氏だ。
「決めておきたいのは、『テーマ』とそれを話す『理由』。重要なのは『理由』のほうです。〜〜について話します、それは〜〜〜だからです――の理由についての共感をいかに高められるかがポイントになります」(石部氏)
ピトパで番組ディレクターを務める富山真明氏は、構成について、「勝負は最初の1分」と指摘する。
「最初に結論を話すことが重要ですね。自己紹介や前置きを長々と入れない。最初の1分で引き込めれば、聞いてもらえるものなんです」(富山氏)
最初のうちは完璧さを追求せずに実施してみて、反応を確かめていくというのもひとつだ。もしくは、慣れるまでは、富山氏のようなディレクターに入ってもらい、自分たちだけで制作できるようになるまで、伴走してもらうというのも有効な手立てだろう。
Web3による発展
スマートフォンが普及する以前から存在していたポッドキャスト。登場から20年近くが経過し、インターネット技術の進化に伴って、その姿は変わろうとしている。
ピトパがスタートさせたのは、非代替性トークン(NFT)を用いて、ポッドキャストリスナーに会員証を発行する取り組みだ。NFTは、複製や偽造ができないデジタルデータで、「会員証」も唯一無二のもの、として成立する。ピトパはさらにNFT会員証の発行後も、特定の条件下で表示内容を変えられる技術を開発した。
導入したのは前述の伊藤穰一氏のポッドキャスト番組だ。NFT会員証は、番組の聴取頻度や、番組に採用されたメッセージの数などによって、ポイントやステータスが変化するようになっている。さらに、SNS「Discord〔ディスコード)」のクローズドコミュニティへの重要や、限定イベント、パーティへの入場券としても使えるようにした。
NFT会員証に示される番組への関与度の深さを恣意的に“改変”することは、事実上不可能だ。一方、現在コンテンツの価値を示す指標として扱われるフォロワー数や再生回数は、原理的にはいくらでも改変できてしまう。増やすことをうたったビジネスすらある。しかし、NFTなら分散型ネットワークによる相互監視で、改変を防ぐことができる。
「たとえば月間200万ユーザーがいる。しかし、それは本当に存在するのか? そのうちどれくらいが実際にファンなのか? ということを証明することができません。NFT会員証、メディアとリスナー間の愛着を視覚化する手立てのひとつとしてスタートしましたが、それにとどまるものではありません。オンライン空間での信頼を保証するものとして、NFTは非常に大きなポテンシャルを持っていると思います」(石部氏)
石部氏はリクルート出身。これまで不動産情報サイト「SUUMO」や、決済サービス「Airペイ」、婚活サービスの「ゼクシィ縁結び」などの開発に携わってきた。自らビジネスを興そうと飛び出してみると、「すでによい情報、コンテンツを持っているのに、オンラインで活用できていなかったり、ユーザーを獲得できていなかったりするケースが思っている以上に多い」ことに気づいた。
「いまはスマホアプリが登場したときと同じくらい、大きな変化が起こりつつある状況」と石部氏は話す。
いまはまだ、大量集客して、獲得コストをどれだけ下げて、という、数の時代。しかし、顧客獲得のために煽りすぎてブランドイメージと乖離してしまったり、獲得コストの効率化も頭打ちになってきたりしている。
「つきつめれば音声コンテンツもNFTも、関係構築やその証明のための手段に過ぎないわけですが、しかし、顧客との関係の深さをどう証明するか。そしてそれを証明できる、本質的な価値を持った企業、ビジネスなのかどうか、というのがこれから5年後、10年後の勝負になってくるのではないでしょうか」(石部氏)
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