「僕にとって『羽生結弦』という存在は、常に重荷」の意味
冬季オリンピック2連覇を達成し“世界最強”の称号を手にいれた羽生選手。しかし北京オリンピックでは金メダルを取れず、残念ながら4位に終わった。それにもかかわらず羽生選手が大きく注目されるのは、常に羽生選手ならではの徹底的に考え抜かれた「決め台詞=羽生語」を使っているからだ。
話し手の哲学やビジョンが凝縮されたメッセージが「決め台詞」だ。
決め台詞をいつ如何なる時でも首尾一貫させることで、注目され、相手に信頼感を与え、人を動かし、ライバルに勝つことができる。そしてここ一番のプレゼンで使えば、首尾一貫した決め台詞は“勝てる武器”となる。
メディアにとっても、羽生選手の決め台詞は「使える」。翌朝の新聞の見出しにそのまま使えば、記事に強い訴求力が宿るからだ。だから羽生選手の会見は、メディアの取材の対象になりやすい。
羽生選手は、常々「僕の原点は絶対勝ち負け。何のためにスケートをやってるか。それは勝ちたいから」と言っている。
2022年7月19日に行われたプロ転向の記者会見でも、羽生選手は自身の哲学「勝負にこだわる」姿勢を反映させた「羽生語」を常に首尾一貫して語っていた。ハイライトをいくつか挙げたい。
1.「今が一番うまいんじゃないかと思います」
→ジャンプの求道者としてのプライドが、こんな言葉をほとばしらせる。
2.「競技会の緊張感が恋しくなることは、絶対ない」
→勝負は終わっていない。まだまだ続く。さらに、「競技者ではなくなり、緩むことはない。挑戦し続けるので、もっと緊張する」とも語っている。
3.「僕にとって『羽生結弦』という存在は、常に重荷」
→他者との勝負ではない。常に自分が作ってきた歴史と闘ってきた。常に自分にプレッシャーを与え続ける姿勢を首尾一貫させている。
4.「人間として美しくありたい」
→もう一人の自分が見て、自分が納得できる自分でありたい、ということだ。あくまで自分との勝負にこだわっている。
5.「本当にありがとうございます。『ました』ではなく『ます』にさせてください」
→これは引退会見ではない。これからも勝負は終わらない。
羽生選手は、記者から繰り返し質問されても、考えに考え抜かれた「羽生語」で首尾一貫して答えていた。羽生選手は、常に「自分はどうありたいか」「どうあるべきか」を考え、それを日々実行し続け、日々学び、すべて消化した上で、自分の言葉で語っている。だから「本物であること」が伝わってくる。
羽生選手だって「手足が真っ青になるくらい緊張」する
こんな羽生選手でも、会見では「ものすごく緊張して、今まで考えてきたことが全て吹っ飛んでしまうぐらい、手足も真っ青になってしまうぐらい緊張していました」と話す。
世界一プレッシャーが高い舞台を数多く経験してきた羽生選手であっても、ここ一番のプレゼンでは極度に緊張するのだ。
羽生選手のこの姿勢は、ビジネスパーソンも大いに学ぶべきだ。では具体的に何を学べばいいのか。
まず、ここ一番の商談やプレゼン、面接で使える決め台詞を予め用意しておくこと。そして決め台詞を効果的に使って話すことだ。決め台詞を持っていれば、緊張して頭が真っ白になっていても、困った質問でも、ぶれることがない。だから信頼感は高まる。
そのためには、「自分は、自社は、何のためにこれをやっているのか」というビジョンや哲学を練り込んだ決め台詞によるメッセージを、徹底して首尾一貫させることだ。
どんな質問が来ても、答えが首尾一貫していれば、本物であることが聴き手に伝わる。しかしメッセージが首尾一貫していないと聴き手は疑い始め、すぐに興味を失ってしまうのだ。
多くのビジネスパーソンは、プレゼン直前まで資料づくりにこだわる。しかし、プレゼン本番で「首尾一貫した決め台詞」を考えるビジネスパーソンは、残念ながらほとんどいない。
決め台詞を持たずに、小手先のプレゼン技術で乗り切ろうとしても、ウソはバレる。人間には、他者のわずかな感情や行動の表現を読み取る「レゾナンス」という仕組みが備わっているからだ。たとえば、どんなに上手なテクニックでプレゼンしても、首尾一貫したメッセージがなければ、人は無意識に「この人、ちょっと信用できない」と感じてしまう。こうなると聴き手にメッセージは伝わらない。
逆にたとえ話し下手で緊張していても、考え抜かれた「首尾一貫した決め台詞」という武器を持っていれば、聴き手は無意識に「これは本物だ」ということが伝わる。そして聴き手に信用され、行動につながるのである。羽生選手が「本物」と言われるのはそのためだ。
では、どうすれば羽生選手のように「首尾一貫した決め台詞」を作れるのか。
首尾一貫した決め台詞は「バリュープロポジション」で考える
ここで役立つのが「バリュープロポジション」という考え方だ。バリュープロポジションとは「お客様が求めていて、自分だけが提供できる価値」のこと。マーケティング戦略では、このバリュープロポジションが、あらゆるマーケティング施策の出発点となる。
自分が話したいことだけ話しても、それが聴き手が知りたいことでなければ、聴き手には絶対に届かない。仮に聴き手が知りたいことであっても、それが他の人でも語れる内容ならば、聴き手は聞き流してしまう。
聴き手が求めていて、自分しか語れないメッセージを話すことで、はじめて相手はあなたのプレゼンを聞いてくれるようになる。自分しか語れないバリュープロポジションを見極め、バリュープロポジションを首尾一貫して語ることが必要なのである。
バリュープロポジションは、次の3点セットで考える。
1.聴き手が知りたいことは何か?
2.ライバルが語れることは何か?
3.自分しか語れないことは何か?
今回の記者会見では、羽生選手のバリュープロポジションは明確だった。
1.聴き手が知りたいこと:これからもチャンピオン・羽生結弦の演技を見続けたい
2.ライバルが語れること:引退したらもっとフィギュアを楽しみたい
3.羽生選手ができること:勝負にこだわり続け、自分をアップデートする
バリュープロポジション
→これは引退ではない。プロとして、一段上のアスリートになる
ビジネスでも、バリュープロポジションを考え抜き、「首尾一貫した決め台詞」を聴き手に伝えることで、聴き手の心に突き刺さり、行動につなげ、勝つことができるのだ。
トップ広報プレゼン・コンサルタント
永井千佳(ながい・ちか)
明治大学大学院修了 経営管理修士。企業に対してマーケティング戦略支援を行うウォンツアンドバリュー株式会社の取締役を務める。同社にて、経営者や経営幹部が行う記者会見や社内コミュニケーションにおけるプレゼンテーションのコンサルティングサービスを提供している。さらに経営幹部や現場のビジネスパーソン向けに、講演・研修も行っている。2014年から広報担当者向けの月刊『広報会議』で、経営トップの「プレゼン力診断」を毎号連載。60社を超える企業トップの記者会見を取材し、プレゼンテーション力評価記事を執筆している。その活動は、NHK 総合など、さまざまなメディアで取り上げられてきた。著書に『DVD付 リーダーは低い声で話せ]』(KADOKAWA、2013年)、『緊張して話せるのは才能である』(宣伝会議、2019年)がある。
『緊張して話せるのは才能である』 目次
はじめに 緊張を克服する必要はない。緊張を活かそう。
第1章「緊張して話せません」緊張するのは、実は才能である
①「緊張は悪いもの」という教えは間違っていた
②緊張には理由があった
③あなたが緊張するとき、聴き手は感動する
第2章「どう話せばいいの?」緊張のトリセツ
①魔の3分を乗り切れ
②10回の練習より1回の録画
③「鉄板ネタ」で魔の3分を乗り切る
④冒頭15秒が、ゴールデンタイム
⑤「緊張のピーク」最初の3分にするべきこと
⑥5分〜10分は、「気を抜かない」
⑦リハーサルが下手でも、本番は成功する
⑧ダメプレゼンをする人は、直前に資料を修正している
⑨「オレ本番強いから」は99% 勘違い
第3章「何を話せばいいの?」口下手でも、緊張しない人に勝てる方法
①自分のタイプを見極めよ
②話し上手に勝つ「バリュープロポジション」の考え方
③ムリめな自分を演じると、結局、損をする
④人はロジックでは動かない。感情で動く
⑤人を動かすには、ホラを吹け
⑥失敗談は成功談より100倍伝わる
column 羽生選手のプレゼンはどこがすごいの?
第4章「じゃあどうすればいいの? 」緊張で、聴き手の心を動かす方法
①息を2回吸えば、大抵の問題は解決する
②記憶に残り、人が動く五つの技法
濁点法/ 一本指話法/ 悪代官スペシャル/モラウ法/テーマ反復法
③顔を覚えてもらうには、いつも同じメガネで
column あなたの癖「女子揺れ」に気がついていますか?
第5章「でも質問、怖いです」緊張しても、困った質問は切り抜けられる
①あなたの本気度は、質疑応答が伝えてくれる
②あらゆる困った質問に対応できる五つのマジックフレーズ
「良い質問です」/「あなたの話が聞きたい」/オウム返し/「勉強不足なのですが」/「もう少し状況を教えてください」
③質疑応答は得意技で切り抜けよう
column まずは宴会の挨拶から自分の言葉で話してみよう
おわりに 最後のトリセツ