第7話:本当にいい広告をつくるには?

「人類最大の武器」を利用しましょう。物騒なものではなく、そもそも人間に備わっている能力であり、生存競争に勝ち残った一番の理由です。言葉を持ったこと、知恵を付けたこと…突き詰めると、「伝える力」だと思います。言葉だけではなく、手振りや身振り、視線や仕草で互いの気持ちを伝え合う能力のことを指しています。この「伝える力」を最大限に利用するためには、この力の本質を見極めなければなりません。

まず、私たちは「伝える力」を何のために使ったのでしょう。人と人のコミュニケーションの源流を辿ってみると、目的はひとえに敵と味方を区別するためだと考えられます。自分のことを自分じゃない誰かに伝えることで、敵か味方かを見分けることができるようになります。敵なら近づかない、味方なら仲間になる。こうした出会いを繰り返すことで、仲間を増やし1対1では敵わなかったマンモスを倒せるほど強大な力を持つようになります。人類は、石器の前に仲間という武器を手に入れていました。
コミュニケーションそのものはツールやデバイスの進化により随分複雑になりましたが、現代社会でもこの力は相手を判断する時に発揮されています。初対面の挨拶では、西洋人なら握手を求め、日本人の場合は頭を垂れて近づきます。味方のサインです。人種や文化でアクションは違いますが、まずは敵じゃないことを伝えて、同時に相手の真意を瞬時に読み取ろうとします。ビジネスでも、この能力をフルに使ってパートナーを見定めないと決して成功しません。SNSではフォローとアンチがくっきりと分かれてしまい、現代人が良くも悪しくもこの力を継承していることを実感します。

次に「伝える力」は、主に何を伝えているのでしょうか。自分が伝えたことと相手が受け取ったことは、果たして同じでしょうか。実は、記憶のほとんどが「印象」なのです。ある実験では、「人と出会った後に記憶している約70%は、対峙した人の全体的な印象である。」という結果があります。即ち、話した内容やメッセージはほぼ伝わっておらず、話し方や態度など相手の印象をぼんやりと受け取っているのが事実です。すごく大きな声で早口でしかも訛っていたけど、話していた内容は覚えていない。印象に残ったのは、キャラだけ。そんな経験が誰でもあるのではないでしょうか。私たちは、態度で相手を分析しています。入ってくる言葉や情報を聴覚・視覚・嗅覚等を総動員して受け取り、自分にとって敵か味方か、好きか嫌いかを判断しているのです。

(C)123RF

ちなみに、「うちのバカ息子が…」という言葉も文字通りではありません。むしろ子どもに対して愛情を持っていて、照れや謙遜の表れです。言葉通りではなく、態度を優先して受け取らねばなりません。こんなに屈折した表現であっても、同じ文化背景を持った者同士なら当然のように真意を汲み取れます。誰もが態度を敏感に察知する能力を備え、非常に高度なコミュニケーションを日々行なっているのです。
さらには、リモート会議のストレスも、この能力と深く関連しているらしいのです。ストレスの最大の要因は誤操作や回線の不具合ではなく、優れた察知能力がモニター越しのために封じ込められているせいで起きている、とのレポートがあります。

もちろん、広告コミュニケーションにおいても「印象」が伝わっています。商品特長やメッセージを載せたコピーやナレーションではっきり伝えようとしますが、その情報が意図通りに伝わっているとは限りません。大きなコピーのポスターからは、「文字が大きくて元気いいね」とか「こんな大声出してバカっぽい」というイメージを受け取る人がいるかもしれません。本来伝えようとした情報に加えて、人間の高度なコミュニケーション能力が発信者の態度や印象まで含めて伝達しています。しかも受信者は、情報より印象の方を強く記憶に残す傾向にあります。どうやら敵味方を見分ける「伝える力」は、言葉や情報の詳細より全体像の見極めを優先するように設定されているようです。言葉が真実ではないと、先人たちは分かっていたのでしょうか…。ましてCMやポスターやバナーからの情報は、カフェの隣席から漏れ聞こえる会話のようなもの。ざっくりとした印象しか入ってこなくて当然です。広告は印象しか伝えていない、という残酷な事実を頭の隅に入れておくべきかもしれません。

しかし、この「伝わるのは印象」という見解は、第1話でお伝えした「売る前に好きにさせる」という考えと呼応する可能性があります。元々、人が言葉や情報より好き嫌いの感情を優先するようにできているとしたら、広告の目的もその本能に寄り添った方が効果的だと言えるのではないでしょうか。

いきなりですが、自己紹介の場面を想定してください。出身地、誕生日、血液型…通り一遍の情報よりマニアックな映画の話をした方が、休み時間に声をかけてくれる人が現れそうです。広告は、世の中に向かって自己紹介するようなもの。ルックスだけで勝負できるかもしれませんが、大抵の場合、中身や能力をひっくるめて受け入れられます。会社の姿勢や世の中との接し方にもシンパシーを感じてもらうことが大切です。特に最近は、地球環境への関与の仕方が注目されています。広告やCMは好きだけど、そもそも商品自体の持続可能性はどうなの?本当に環境に悪さしてない?と問われています。また、価格は生産者や製造者にとっても本当にフェアなの?という目も向けらています。それらすべての態度が伝わった時に、初めて心から「この商品が好き」と告げられるのです。もちろんコミュニケーションに関しては、話し方や態度も見られています。生真面目だとつまらない、ニコニコしてたらなんかキモい…好きになってもらうことは、一筋縄ではいきませんよね。

「何をつくったか」という商品内容よりも「何故つくったか」という意志や物語を伝えた方が、結局は売るための近道になると力説する研究者もいます。その方が感情を動かせるから、好きになってもらえるからだ、と。
時代やメディアが変化しても、メッセージを受け取るのは「人」です。従来のマスメディアは投網のようで受け取る人の顔が見えませんでしたが、今日のSNSやCXは受け手をしっかりと捉えています。一人ひとりの「好き」が、フォローやいいね!のポチッというコンバージョンを起こしています。クラスの中で一人でも好きになってもらえるような自己紹介に挑戦すること。それが、「伝える力」を存分に発揮する「いい広告」のゴールではないでしょうか。

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今回のまとめ:情報より情緒を伝える。

最後に「いい広告をつくるための7つのこと」を、もう一度。
・売る前に好きになってもらう。
・ビジョンをカタチにする。
・憧れの塊をつくる。
・既成概念をひっくり返す。
・ビジュアルのボケとコピーのツッコミ。
・言語化できるビジュアルを。
・情報より情緒を伝える。

コミュニケーションを仕事にする方々の思考と作業が、少しでもシンプルでワクワクするプロセスに変わることを祈りつつ。ご一緒していただいたことを心から感謝いたします。


内田しんじ(DENTSU ONE CHINA(広州)/ ECD)
内田しんじ(DENTSU ONE CHINA(広州)/ ECD)

うちだ・しんじ/大学在学中よりコピーライター@プロダクション(1984-89)からスタートし、DY&R(1989-’99)→TBWA/JAPAN(1999-’04)ECDを経て電通へ。現在、DENTSU ONE@広州(2020-)。外資系と電通でほぼ半々(約15年ずつ)のキャリア。3つの代理店で3つのクルマ(VOLVO→NISSAN→Honda)を担当。ウイスキーやコニャックを担当するも下戸。1988年度TCC新人賞(講談社)、1994年カンヌシルバー(スーパーニッカ)、2000年朝日広告大賞(アップルコンピュータG3)、2003年カンヌファイナル(フリスク)、2004年アドフェストブロンズ(NISSANカウゾー)、2011年ギャラクシー賞(AC公共広告機構)、2013年ACC+ADCグランプリ(Honda負けるもんか)、2018年中国国際広告賞ゴールド(Acura China)など受賞多数。2013年全広連広告大学・夏期セミナー講師。

内田しんじ(DENTSU ONE CHINA(広州)/ ECD)

うちだ・しんじ/大学在学中よりコピーライター@プロダクション(1984-89)からスタートし、DY&R(1989-’99)→TBWA/JAPAN(1999-’04)ECDを経て電通へ。現在、DENTSU ONE@広州(2020-)。外資系と電通でほぼ半々(約15年ずつ)のキャリア。3つの代理店で3つのクルマ(VOLVO→NISSAN→Honda)を担当。ウイスキーやコニャックを担当するも下戸。1988年度TCC新人賞(講談社)、1994年カンヌシルバー(スーパーニッカ)、2000年朝日広告大賞(アップルコンピュータG3)、2003年カンヌファイナル(フリスク)、2004年アドフェストブロンズ(NISSANカウゾー)、2011年ギャラクシー賞(AC公共広告機構)、2013年ACC+ADCグランプリ(Honda負けるもんか)、2018年中国国際広告賞ゴールド(Acura China)など受賞多数。2013年全広連広告大学・夏期セミナー講師。

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