ディレクター、プランナー、エディター、さらには映像カメラマンなど、テレビCMをはじめ映像業界を牽引するクリエイターたちからなる東北新社のクリエイティブユニット「OND°(オンド)」。立ち上げから4年を経て、2022年にはアートディレクター、デザイナーらが活躍するデザイン部も合流し、総勢約100名のクリエイティブユニットへと拡大した。そんな「OND°」に、今年8月、新しいメンバーが参加した。CMディレクターとして知られる中島信也氏だ。
社長業から卒業、ディレクター業に専念
中島氏と言えば、これまでに日清食品カップヌードル「hungry?」、サントリー「燃焼系アミノ式」「伊右衛門」、TOTOネオレスト「菌の兄弟」、AirPAY「オダギリジョーシリーズ」「Airワーク 採用管理」、日本民間放送連盟「違法だよ! あげるくん」など、話題のCMを演出。また、武蔵野美術大学や宣伝会議コピーライター講座などで、後進の育成にも力を入れてきた。
そんな中島氏だが、2021年2月に東北新社社長に就任。今年6月に同社顧問/エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターに就任するまでの1年4カ月は、平日に社長業を、土日祝日にディレクター業を務めてきたという。
「1982年に見習い社員として入社をしてから社長に就任するまで、自分の役割はクリエイティブの要にあると考え、主にプロダクションチームをまとめてきました。特殊な事情から東北新社という会社の代表を務めることになって、あらためて自社の規模の大きさや領域の広さに気づかされました。1600人もの社員がいて、放送事業や版権事業など、これまで自分と接点のなかった部署の仕事を束ねていくには、片手間ではとてもできなかったし、正直言えば土日にクリエイターをやっている場合ではありませんでした。
でも、平日は社長業に力を入れたことで、問題をなんとか整理することができました。そして、社員みんなが元気に働いてくれたおかげで、この1年で業績を上げることもできました。こうして一区切りついたところで、これから自分が何をやっていくべきかとあらためて考えたときに、やはりクリエイティブの仕事だな、と。クリエイティブチームのみんなと一緒に、この会社に、CM界にもっと貢献をしていきたいという気持ちから、会社の理解を得て、このたび社長を退任させてもらうことになりました」
これまでの知識や知恵を地域の仕事に
入社から40年目を経た今年8月、顧問という肩書はあるものの東北新社のECDとして、また、いちディレクターとして「OND°」に参加することを決めた。そして「OND°」が中島氏のレップとなったことで、今後はディレクターとして東北新社グループ以外の仕事を受けることが可能になった。「OND°」のサイトにあるように、まさに「中島信也、解禁」である。自社だけではなく、業界全体の広告クリエイティブや映像の向上に、ディレクターの立場から力を注いでいく考えだ。
一方で、「テレビでオンエアを見ていると、残念なCMが多すぎると感じるときがあります。スタッフ一人ひとりは才能も表現力もあるのに、例えば商品が『売れる』『売れない』に終始してしまった結果、受け手のことをあまり考えていないCMができあがってしまっているからです」と、中島氏は現在の状況を指摘する。
「映像を活用するシーンが増える中、景気の厳しさが続き、効果やデータが優先される現在、広告主が抱える課題も複雑化しています。でも、CMはものの売り買いをするためだけにあるわけではない。感動したり、驚いたり、人の心を動かすものであると、僕は考えています。広告を通して、生活者と企業の間にコミュニケーションが生まれ、“この企業が好き”“この商品が好き”という気持ちを人の心の中に生み出す。そして、広告が企業の存在価値を高めながら、送り手と受け手が豊かな関係に変わっていく――、CMはそれを実現する一端を担うものだと信じています」
CMが本来持っている力を自分の周りの人たちだけではなく、業界全体に伝えていくこと、それこそがこれからの自分が果たすべき役割、と中島氏は考えている。
今後は地域の仕事やCM以外の仕事にも尽力するべく、個人事務所・なかじましんやオフィスも立ち上げた。個人としては、クリエイティブディレクターの立場で動いていくという。
「OND°ではディレクターとして活動しますが、一人のCDとして世の中をもっと幸せにすることを考えたり、映像以外の部分でも僕が広告の仕事で学んできたことを伝えていけたら、と思っています。これまでも眞木準さんが立ち上げたクリエイターズクラブ・タカマツ(CCT)をはじめ、地域広告賞の審査やワークショップに参加し、各地にいろいろなネットワークができました。これからは広告賞の審査だけではなく、地域のプロジェクトを立ち上げたり、形にしていく際に、僕をもっと活用してもらいたい。40年というキャリアで得た知識や知恵もありますし、“このおじさん、いると楽しいから呼んでみよう”と、声をかけていただけたら(笑)」
YouTubeをはじめ、SNSでの動画活用が増える中、近年は映像制作者の在り方が二分化しつつある。映像制作会社で技術を学び、それぞれの領域のプロと映像をつくりあげていくディレクターがいる一方で、機材を操り、自己流で映像をつくりあげ、SNSで話題を集めるディレクターも登場している。
「どちらがいい悪いということではなく、それぞれの役割や伝え方がある。僕自身は広告という仕事の面白さをもっとみんなに知ってほしいし、磨き上げられたプロの技でつくりあげるCMのクオリティやその現場にいられることが、ディレクター冥利に尽きます。良質な広告は、生活者にとって大事な情報になる。だからこそクオリティは大事にしていきたい。制作者はもちろん、広告主の皆さんやメディアの皆さんにも、そういうCMの良さをあらためて見直していただければ」
今後、中島氏のディレクター依頼窓口は「OND°」に、それ以外の依頼はなかじましんやオフィスで受ける。
「映像の時代になりチャンスが増える今だからこそ、よき親父、よき兄貴として、業界の若者たちの力になっていきたい。ディレクターとしてはもう一度デビューし直す気持ちで、志高く、CMの仕事に取り組んでいこうと思っています」
中島信也
1959年福岡県生まれ。1982年武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業。同年株式会社東北新社入社。1983年テレビCM演出家となる。主な仕事に、日清食品カップヌードル、ホンダステップワゴン、サントリーDAKARA / 燃焼系アミノ式 / 伊右衛門など。『カンヌ国際広告祭』グランプリ、『米IBA』最高賞など受賞多数。また、CM制作だけでなく、後進の育成にも力を入れており、宣伝会議のコピーライター養成講座やCMプランニング講座等で講師を務めている。東京ADC会員、武蔵野美術大学客員教授。