認知がゼロではないブランドでも「カスタマージャーニー」は有効なのか?
カスタマージャーニーなる概念については、私は少なからず疑問というか現実感に乏しいと以前から思っている。新製品であれば認知から始めて、購買意志決定に至るまでのステップを描いてみるのはアリだと思う。しかし、そのほか多くの既に市場にある商品となると、希薄であっても、店頭やメディアで何らかのブランド情報には接触していることになるし、その受け止め方は個々の消費者ごとに違うはずだ。
そう考えると、「みんなとにかく一度振り出しに戻して再スタートし、全員同じステップを踏むコミュニケーションの設計」というカスタマージャーニーの概念がどうもしっくり来ないのだ。
そこで本稿では、「振り出しから順を追ってコミュニケーションを設計すること」が適切なのかを考えてみたいと思う。
そもそもフローを描いて順を追ったコミュニケーションプランをつくっても、消費者に順番にコミュニケーションすることは無理である。当たり前だが・・・。
しかるに「順列」でもってコミュニケーションを成立させようとするより「組み合わせ」で発想した方がいいのではないだろうか。市場にはブランドに対する認識や印象をどのように持っている人がいるかを分析して、それを何タイプかに分け、それぞれにどんなコミュニケーションが足りていないかを設定していく方法だ。
従来の頭から順にフローを描いていくモデルが「双六型」だとすれば、「組み合わせ」で思考するのは「ビンゴ型」と言える。つまり、双六はみんな同じステップを踏むが、ビンゴカードには何種類かあって、その中にはすでにいくつか穴が開いているカードもある。あとひとつ空けばビンゴの人もいれば、ふたつ開ける必要がある人もいるというわけだ。
自分たちのブランドがターゲットとする消費者は、どんなビンゴカードを何種類持っているのかという発想をするモデルが「ビンゴ型」といえるだろう。逆に言えば コミュニケーション戦略を設計する上では、この「何種類かのビンゴカード」を想定することがターゲット設定と言えるかもしれない。
購買決定の6つの要素を組み合わせをもとにビンゴカードの組み合わせをつくる
さて、前述したように新商品(特に画期的な価値を訴求したいもの)であれば、従来のフロー型(双六型)の設計に妥当性はある。ブランド認知ゼロのところから始めるのだから、順列の発想でもよいだろう。そう考えると、ブランド認知率、購買率などが低いブランド、つまり多くの消費者にとって、新商品に近いブランドでは、認知していない層に対しては双六を再設定することがコミュニケーション設計の基本になってもいい。
しかし、これまでに広告投資をしてきた多くのブランドはプロダクトサイクルでいうと、熟したステージにあるものが多い。既に売れているブランドに投資した方が売上利益の回収が期待できるからだ。そして日本市場においては既にあるブランドをもっと活性化するコミュニケーション開発に腐心しているマーケターが多いことと思う。
特にそうしたマーケターに向けて、提唱したいのが、「ビンゴ型」コミュニケーション設計ということになると思う。
さて、ビンゴカードの作り方だが、筆者の提唱する「シックスサイトモデル」で解説してみる。
このモデルは購買決定のための要素を6つに分けている。
① メディア認知(メディアからの情報でどんなパーセプションを持たせたいか)
② コンテキストの合致(自分の求める文脈にあっている)
③ 情緒的関与(フィーリングへの好感・合致)
④ 共感認知(口コミ、インフルエンサーなどからの伝わり方)
⑤ 買う理由づけ(自分への言い訳)
⑥ 理性的関与(理性的な評価、スペックの比較検討)
この6つであるが、これらの要素はそもそもフローをつくるためだけではない。順列ではなく組み合わせをつくるモデルでもある。
大事なのは、これらをそれぞれのブランドにとっての具体的なパーセプションに置き換える必要があることだ。ただし6つすべて必要ということではなく、またコンテキストの合致などはターゲットにとって複数、必要な場合もある。とにかくビンゴカードのナンバーに当たるパーセプションの要素を抽出することに活用できる。
それが出来れば半分完成したといってもいい。
あとは、組み合わせによって何種類のカードがつくれるか、だ。定量・定性の調査、マーケターの直感も含めてつくることになるだろう。カテゴリーによってはSNSが大きな情報源になることを意識しよう。筆者はSNSを起点にしたコミュニケーション戦略設計がこれからのマーケティングにとって大変に重要な要素だと確信している。
この時には、前述したようにビンゴカードの種類だけターゲットがいると考えると分かりやすい。
「A(Attention)」から始まる態度変容モデルは広告代理店の罠!?
ちなみに「シックスサイトモデル」では複数のフローで描くこともしている。出発点の違いがあることを意識したからだ。SNS全盛でSNSの消費への影響力が極めて大きな商品カテゴリーでは認知の出発点がテレビCMとは限らない。逆にテレビは入口の認知ではなく、のちにテレビCMを通じてブランドに接触することで「このブランドみんな知っているんだ」というパーセプションを生み、買う理由(買う言い訳)にする(つまり最後に背中を押す機能をする)場合も十分にある。
長く、広告業界で使われてきた態度変容モデルの「AIDMA」もそしてインターネット登場後に出てきた「AISAS」も「A(Attention)」から始まるモデルは「まずは認知をテレビで・・・」という広告代理店の罠(笑)という面もなくはない。歩留まりを計算するとファネルの最上部はできるだけ大きい方がいいから「テレビはたくさん打ちましょう!」という従来の考えは、どんなターゲットもひとつのフローに乗せるという、今となってはあまり現実的ではないモデルで考えていることになる。
横山 隆治氏
横山隆治事務所(シックス・サイト)代表
株式会社ベストインクラスプロデューサーズ 取締役
CCCマーケティング株式会社 エグゼクティブアドバイザー
青山学院大学文学部英米文学科卒、ADK(旧旭通信社)入社。1996年DAコンソーシアム起案設立、代表取締役副社長就任。黎明期のネット広告の理論化、体系化を推進。2008年、ADKインタラクティブ代表取締役社長就任。2011年デジタルインテリジェンス代表取締役社長、現横山隆治事務所(シックス・サイト)代表。企業のマーケティングメディアをP・O・Eに整理する概念を紹介。主な著書『トリプルメディアマーケティング』、『広告ビジネス次の10年』『CMを科学する』ほか多数。