対話型AIの話題が尽きない。火付け役となったのは「ChatGPT」だ。質問や指示を投げかけると、AIが回答を生成する。デザインでの活用も可能だろうか。サントリー『特茶』のロゴデザインなどを手がけたアートディレクター小杉幸一氏が、「ChatGPT」にディレクションをしてみた。
AIのお手並み拝見
小杉 「色」は、商品やサービス、企業ブランドなどの〈コミュニケーション人格〉を構成する重要な要素のひとつです。〈コミュニケーション人格〉とは、ターゲットとなる生活者と関係を築くための、ブランド側の〈人格〉のことです。
コミュニケーションする側の商品やサービス、企業ブランドはどんな〈人〉なのか。ターゲットとする人たちに話しかけたとき、ちゃんと聞いてもらえる人格はどのようなものかを考えるところから、デザインは始まります。
- 「ChatGPT」とは
- 「ChatGPT」は入力した質問や指示などに対して回答となるテキストを生成するツール。公開から2カ月で利用者が1億人を超えた。文章だけでなく、プログラミング言語の知識がなくても、自然文で応答をくり返すことでプログラムを書かせることができる。
どんな色を用いるかも、表現したい人格に従って決めるべきで、「なんとなく」や「好き嫌い」で選んではいけません。
……ということで、ちょっと簡単に試してみましょう。「優しい人」「冷静でクールな人」のように、人柄を表す言葉を指示すると、「ChatGPT」はどんな色を提示するでしょうか。
入力
指示:
- 要件に従って、「優しい人の人格を表現する色」を提案してください。
要件:
- - 次の形式で出力してください: 色名:'16進数表記'
- - 5つ提案してください。
小杉 たしかに、「多くの人がこんな印象を持ちそうだな」という配色になっているように思います。言葉と色との整合性もかなり取れているようです。
これをブラッシュアップするとしたらどうでしょう。実際の現場でも、デザイナーに、ある程度ニュアンスを含めた指示を出すことがあります。それも試してみましょう。
「冷静」の各色に対し、(1)「くすみ」を取って、明るく、爽やかな印象に〔→冷静2〕 (2)より「知的」に、さらに原色に近づけたい〔→冷静3〕 と指示してみます。
入力
指示:
- 「冷静な色」のリストに対し、くすみを無くし、明るく、さわやかな印象を持たせたリストを提示してください。そのリストの名前を「冷静な色2」とします。
要件:
- - 次の形式で出力してください: 色名:'16進数表記'
「くすみ」とか「明るさ」といった、あいまいさのある言葉で指示しましたが、きちんとディレクションに応えてくれている感じがしますね。デザイナーが手を動かす場合も、頭の中で「くすみを減らす、というのはこれくらいかな?」と変換し、調整します。AIも、ある言葉に対する数値はどれくらいかを推定しているかのようです。
では、こんな指示はどうでしょうか。これらの色に対して、(1)差し色、アクセントになるような色 (2)背景色 を提案してもらいます。
入力
指示:
- 「冷静な色2」と「冷静な色3」のリストに対し、映える色を1つずつ提示してください。
要件:
- - 次の形式で出力してください: 色名:'16進数表記'
小杉 タテ線が、「ChatGPT」が提案した「映える色」です。「目立たせる」というフレーズからすぐ思い浮かぶのは「赤」ですが、AIは「赤」を選びませんでした。全体的な色のバランス、調和についての指示がなくても、それらを条件に入れ、「映える」という言葉をうまく解釈して提案しているように感じられます。
入力
指示:
- 要件に従って、「冷静な色2」に最適な背景色を提示してください。
要件:
- - 最適な背景色が持つポイントを3つ挙げ、簡潔に説明してください。
- - そのポイントに従って背景色を提示してください。
- - 次の形式で出力してください: 色名:'16進数表記'
小杉 アイボリーを挙げるのではないか、と思いましたが、「ChatGPT」が選んだのは、オフホワイト(#F5F5F5)でした。色と同時にポイントも挙げてもらいましたが、目立つ色や背景色を選んだ〈理由〉をこのように提示するのは、デザイナーとしてもプレゼンテーションの際などの参考になりそうです。
「ChatGPT」に指示を出すのは初めてでしたが、正直、ちょっとやるな、という印象ですね。色彩学に関連したデータを学習済みなのかもしれません。
グラフの配色に応用してみる
小杉 直接デザインに携わっていなくても、「グラフの作成」は多くの人が配色を考える場面ではないかと思います。特に社外の方が目にする提案資料などは、視覚的なわかりやすさや美しさも求められるものです。
冒頭で〈コミュニケーション人格〉について述べました。私たちがなんとなくでも、商品やサービス、企業ブランドの〈人格〉を判断できるのは、そのブランドからの情報を受け取り、無意識のうちに頭の中で編集し、人格化しているためです。
あるブランドから人格を思い浮かべようとしても、うまくいかないこともあります。それは、そのブランドが、一貫した〈コミュニケーション人格〉を発信していないからかもしれません。「これはWebだから」「これは紙だから」などと、種々のメディアで異なる人格を発信していると、そのようになりがちです。結果、ターゲットとのコミュニケーションはうまくいかなくなってしまいます。
提案資料も〈コミュニケーション人格〉を形成するものの一つだとしたら、ブランドカラーを用いるのが適切だと思います。実際、IR資料などのグラフでも、ブランドカラーが使われるケースは少なくないようです。
今回は前節で提案された「冷静」の5色をベースにすることにして、グラフに用いる際はどう配色すればいいかを「ChatGPT」に提示させてみましょう。
グラフにする場合、あまり多くの色数があると見づらいのではないかと思います。5色のうち、グラフにする場合の3色の組み合わせを提示してもらいます。
入力
指示:
- 要件に従って、グラフを作成するための色の組み合わせを提示してください。
要件:
- - 下記の色のリストを使用してください。
- - 組み合わせは3つ提示してください。
- - 組み合わせごとに、そのようにした理由を提示してください。
使用する色のリスト:
- #A9CCE3, #9AA297, #87CEEB, #D1C4E9, A8A8A8
小杉 指示があいまいすぎたかもしれません。もう少し、目的とやりたいことを伝えてみましょう。
さらに彩度を上げ、グラフとして強調したい数値のための色も提示してもらうことにします。
入力
指示:
- 要件に従って、棒グラフのための色の組み合わせを提示してください。
要件:
- - 棒グラフは売上高の推移を示すために用います。
- - 当期の数値を強調したいです。
- - 前期以前は目立たなくて構いません。
- - 次の形式で出力してください: 色名:'16進数表記'
- - その組み合わせにした理由を添えてください。
- - 説明は簡潔なものにとどめ、指示の内容をくり返さないでください。
色のリスト:
- #A9CCE3, #9AA297, #87CEEB, #D1C4E9, #A8A8A8
小杉 結果を並べてみると、指示の解像度を高めれば高めるほど、提示されるものの精度が増すことがわかります。
試しに「強調色」について、もう少し指示を加えてみます。元の3色が「冷静な人」の人格を表現したものであって、追加する強調色も同様のイメージに基づくものであってほしい、という条件を追加します。
入力
指示:
- 要件に従って、下記のリストに対し、さらに1色、強調するための、映える色を提示してください。
要件:
- - 棒グラフは売上高の推移を示すために用います。
- - 下記の色のリストは「冷静な人」の人格を表現しています。追加する強調色も「冷静な人」のイメージから離れないようにしてください。
- - 当期の数値を強調したいです。
- - 次の形式で出力してください: 色名:'16進数表記'
- - その色にした理由を添えてください。
- - 説明は簡潔なものにとどめ、指示の内容をくり返さないでください。
色のリスト:
- #00BFFF, #6495ED, #808080
小杉 右側が、追加された「強調色」です。左側よりも「冷静な人」というイメージを持てるものになりました。やはりポイントは、指示する側がどんな目的の、どのようなグラフを作成したいのか、というところにありそうです。
より本格的にグラフの配色に用いるとしたら、グラフの背景となるブランドはどのような〈人格〉か、このグラフ自体がどのような印象を与えたいか、グラフの機能として焦点を置くべきところはどこか、などなど、作りたいものの実態に沿って、さまざまなレイヤーで解像度の高い指示を出していくことになるのではないかと思います。
「人」への指示との共通点
小杉 どのような〈コミュニケーション人格〉を表現したいかをスタートに、簡単ではありますが、「ChatGPT」に対して配色の指示をしてきました。
指示と出力を見ていると、明らかに、指示する側のイメージの解像度を上げておく必要があると感じます。ぼんやりとしたイメージで指示を出すと、ムダな会話も発生してしまいそうです。それはグラフに限った話ではないと思います。
では、イメージの解像度を上げるにはどうすればいいでしょうか。ひとつ考えられるのは、条件をどんどん狭めていくことです。
解像度を上げるというのは、たとえば「高級感」で終わらせるのではなく、「日本の高級感」「イタリアの高級感」というふうに細分化するということです。さらに言えば、「昔の日本の高級感」というふうに時代を加えてもよいでしょうし、場所や性別、世代、目的、ジャンルなど、さまざまな条件を考えることができるはずです。
「自然」を例にあげるなら、「春の自然」「冬の自然」では思い浮かぶものが異なりますし、「夏の海」「秋の山」でも全然違うはずです。
これは「ChatGPT」、ひいてはAIへの指示に限らず、人へのディレクションでも同じことなのだと思います。
条件を広くしたほうが、より多くのデザイン案を得られるのではないか、と考えてしまうこともあるかもしれません。しかし、実際はその逆で、狭ければ狭いほどアイデアがはっきりし、ピントの合った案が出てくるものです。ディレクションする側が解像度の高いイメージを持っていることが、明快な提案を得るためのポイントなのです。
「高級感」で試してみましょう。
小杉 この結果を踏まえて、もうひとつ、高い解像度でディレクションすることのメリットについて説明したいと思います。それは、出された案の評価や検討がしやすいということです。たとえば上図の「ルネサンス期のイタリア・フィレンツェにおける『高級感』を抱かせる5色」を選んだ理由について、「ChatGPT」は下記のように添えていました。
出力
- 色名: ウルトラマリン
- 理由: ルネサンス期の画家が好んで使用した高価な青色で、高級感がある。
- 色名: ヴァーミリオン
- 理由: 素材の価格が高く、ルネサンス期の画家によって使用された鮮やかな赤色。
- 色名: オーカー
- 理由: ルネサンス期のフレスコ画に多く用いられた土色で、自然な高級感がある。
- 色名: マラカイト
- 理由: ルネサンス期の画家が好んで用いた緑色で、美術品に高級感を与える。
- 色名: 鉛白
- 理由: ルネサンス期に一般的だった白色顔料で、純粋さと高級感を感じさせる。
「ルネサンス期のイタリア・フィレンツェにおける『高級感』」について、「ChatGPT」は、指示されていないにもかかわらず、「画家が用いた色」から判断したようです。であれば、ゴールドが含まれてもよい気がします。
目的によっては、「画家が用いた色」ではなく、貴族の装いや建築物、調度品をベースにせよ、という指示を出すほうが適切なケースもあるかもしれません。このように「どのような理由で、なぜこれを選んだのか」が明確になっていると、客観的に検証することができます。「高級感」だけでは、それぞれの主観によるブレが出てきてしまうものです。
すでに広く言われているように、AIは間違った内容を出力することもありますが、それは、人間による提案でも同じではないかと思います。しかし、条件を明確にしておけば、それを手がかりに、さまざまな人による客観的な確認作業ができます。
〈コミュニケーション人格〉を形作る要素は、色だけではなく、書体や写真やコピー、レイアウトなど、多岐に渡ります。実際のデザインディレクションでは、そうしたさまざまな要素に対して、目的や意図の解像度を高く持ち、伝えたい〈コミュニケーション人格〉からブレずに設計していくことが重要です。
ひるがえせば、種々の要素を丁寧に設計していくからこそ、生活者に明快に〈コミュニケーション人格〉を伝えられるのです。