※本記事の内容は月刊『広報会議』7月号(6月1日発売)の掲載記事に加筆しています。
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矢野健一氏
『ピープル・ファースト戦略』著者
D&Fクリエイツ代表
日本に今必要なのはヒトの変革
人への投資や人的資本という言葉を目にすることが増えてきました。その一方で人手不足という声も聞こえてきています。経営資源であるヒト、モノ、カネのうち、昨今の経営の話題の中心にあるのは間違いなくヒトでしょう。これは実は日本が変革期を迎えていることと無関係ではありません。
経済が右肩上がりでモノを作れば売れていく時代は、ひたすらいいモノを速く大量に作る努力がなされました。そこから競争が激しくなり、競合との闘いを勝ち抜くためにモノを進化させ、その競争に勝つだけでは儲けが出ないことに気づくと今度は効率よく儲ける手法を進化させてきました。
現代は、競合よりもいいモノを作り、効率的に儲ける仕組みを持っているだけでは企業の存続が難しい時代です。なぜなら、競合も含めて全員が市場で成長していないからです。
市場は新しい需要、すなわちイノベーションを求めています。拙著『ピープル・ファースト戦略』の中でも述べましたが、私は日本が今再び創業期に入ったと考えています。イノベーションを起こし、新しい日本の競争力の種を作り、育てる必要があります。
そこで最も威力を発揮する経営資源は、モノでもカネでもなく、それらを生み出すヒトなのです。これまで日本はモノやカネを進化させて戦う術は磨いてきましたが、残念ながらヒトについては手つかずであったと言わざるを得ないでしょう。だからこそ、今の時代になって、学校教育の在り方から、働き方、学び直しやリスキリングなどの生涯教育、すなわち子どもから大人まであらゆる世代のヒトに関する改革が声高に叫ばれているのです。いよいよ最後の経営資源であるヒトが戦略上の大きなカギを握る「ピープル・ファーストの時代」になってきました。
持続的成長とはイノベーションを繰り返すこと
昔は、企業の寿命は30年と言われていました。それはひとつの成功モデルが生まれてから衰退して撤退するまでの期間を表しています。
そう考えると企業は30年経ったら今のビジネスモデルを諦め、新しいビジネスモデルを展開していく必要があります。欧米の経営者の中には十数年単位でどんどん新しいことを生み出していこうという発想の人が多くいます。彼らにとっての「企業の持続的成長」とはイノベーションの連鎖によって常に企業を進化させることなのです。
しかし、これは主観的な部分もあると思いますが、これまでの日本にはどちらかというと、作り上げたものをできるだけ長く存続させようという「守りの経営」の発想の経営者が多かったように感じています。これは、老舗とか伝統というものを重んじる文化が他の国より強いことも影響しているかもしれません。
しかし、バブルが崩壊し、インターネットが普及し、グローバル化が進み、市場の基盤そのものが変化してきた中で、ついに日本式の「守りの経営」が行き詰まりました。この状況下で継続的成長を実現させていくには、日本企業も同じようにイノベーションを連鎖させていかなければなりません。
最も難しいのはヒトのマインドを変革すること
実は、日本の経営者もこの点に気づいています。では、なぜ30年以上もの間停滞したままなのでしょうか?
日本企業はイノベーションを起こすのが苦手であるという風潮の言論を目にすることがありますが、半分当たっていて半分は外れています。日本企業の発明が数十年後に外国の企業によって商業化されたものも、実は多くあるのです。
日本人にはイノベーションを起こす才能があります。ただ、それを実現させる勇気がない。それは能力やスキルの話ではなくてマインドセットの話だったりします。
これは企業単位でみても同じなのです。変革期において人材がいないと嘆く経営者が本当に求めているのは、能力やスキル、経験値が豊富な人材ではなく、本気で企業を変えようと突破口を自らみつけて突き進む人なのです。
特に変革期においては、従業員個人の価値観が企業の価値観と同じになることは難しく、例えば新しいことに挑戦するよりも慣れ親しんだことを重視して自らの職の安定を確保する、という自分自身のアジェンダを守るために変革の抵抗勢力となることは珍しくありません。これが大抵の場合イノベーションの実現を阻害する最も大きな原因となります。
「守りの経営」で育ってきた企業には、ここを打ち破れる人材が社内に乏しく、企業としても打ち手がないので、「学び直せ」「人にもっと投資しろ」「人を資本として活用せよ」という掛け声で終わるか、先ほどの経営者の嘆きになっていくのです。
では、突破口を自らみつけていく人を増やしていくにはどうしたらいいのでしょうか。また、広報はどのような役割が期待されているのでしょうか。
後編では、ヒトに変革をもたらし、イノベーションの連鎖を生み出す方法を解説します。
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『ピープル・ファースト戦略「企業」「商品」「従業員」 三位一体ブランディング』
著者/矢野健一 発行所/宣伝会議
月刊『広報会議』7月号では、「社内コミュニケーション」をテーマに特集を組みました。「人への投資」や、それに伴う情報開示に関心が集まる昨今。新たな試みにより、方針や制度が生まれる時こそ、社内でのコミュニケーションは重要になります。
特集では各社の事例をもとに、今、広報部門に期待されているコミュニケーションの力を探ります。
第1部
「社内コミュニケーション」従業員が参画したくなる伝え方>
ヤマハ発動機/ロート製薬/freeeなど
第2部
広報の業務効率化から新アイデア発想まで
生成AIの使い方と注意事項