『なぜ教科書通りのマーケティングはうまくいかないのか 電通戦略プランナーが教える現場のプランニング論』2024年3月5日発売、好評発売中
マーケティング・フレームとして定番中の定番とも言えるパーチェスファネル(以下「ファネル」)。今回はファネルを使用する際のポイントについてお話しします。組み上がった図が精緻に見えて、いかにも良い広告プランに見えるのですが、なぜうまくいかないことがあるのか。そして、どのように使うのが本来の使い方なのか。では、始めましょう。
「必ずファネルに落とし込む」はできるのか?
受講生からの質問:
コンビニで売っているアイスを担当しています。クライアントは「必ずファネルに落とし込んで」と言うのですが、アイスでファネルって、どうやるんですか?
僕はコンビニでアイスを買うときは、その場でおいしそうなのを買ってます。
ファネルはあまりにも有名で、どんなカテゴリーでも使えると考えられている節があるのですが、当然のことながら、向き不向きがあります。
購買行動には、「ブランド計画購買」「カテゴリー計画購買」「非計画購買」があります。例えばコンビニでキリンの淡麗を買ったとして、コンビニに入る前から淡麗を買うつもりでいたならブランド計画購買、淡麗かどうかはともかく何かビール・発泡酒を買おうとしていたならカテゴリー計画購買、ビール・発泡酒を買うつもりはなかったけれど結果的に買ったなら非計画購買となります。スーパーにおける洗剤の購買行動は、自宅で使っている洗剤が切れそうになって「洗剤を買わないと」と思ってスーパーに来ていますし、普段使っているものにそれほど不満がなければ続けて買うので、ブランド計画購買が多くなります。
商品カテゴリーによって、それぞれの比率には傾向があります。意識ベースなのでPOSで取れないデータですが、広告プランを考えていくうえでこの前提をふまえておくことは、非常に重要です。
基本的に、非計画購買が多いカテゴリーでは店頭で初めて存在を知り、そのままぱっと買ってしまうので、そもそもファネルが向きません。主戦場が店頭になりますので、そこで一歩前に出るために有効になるなら、店頭を支援するためにテレビCMなどの認知施策をする。はじめにテレビCMを当ててから下におろしてきて店頭で購入という構造ではないのです。
非計画購買が多いカテゴリーでも、部分的にはブランド計画購買も起こっています。例えば明治のチョコレート効果やアイスのハーゲンダッツなどです。チョコレート効果はそれまでチョコレートを食べていなかったポリフェノール関心層が購入しており、チョコレートの中で何かを探すのではなくチョコレート効果であることに価値を感じるという顧客層を持っています。非計画購買が100%のカテゴリーというのはないわけですが、属しているカテゴリーが基本的にどういう特徴を持っているのか、その中において自ブランドの戦い方はどうなのか、が考える順番です。ファネルは万能ではなく、向かないカテゴリーも多々あると認識したうえで、プランニングを行っていくのがいいと思います。
ファネルの元は購買行動モデル
ファネルの元になっているのは購買行動モデルで、AISASやSIPS、5A(下図)など、他にもいろいろなフレームがあります。これらは「ヒトがモノを買うときの行動をモデル化する」ということを試みているわけですが、よく間違って理解されているのは、購買行動モデルを提唱した先人たちは「1つのキャンペーンの中にこれらを網羅する形で施策を置きなさい」とは言っていないということです。
「購買行動はこのような形でパターンとして説明できることが多いのではないか」という話と、「キャンペーンの構成」というまったく別な話が、混同されてしまっている現状があります。なぜそうなったのか。それは、施策の地図としてファネルを使うという使い方が広まったからです。テレビCMを打つのは認知を高めるため。SNSを使うのは検討を強化するため。「この施策は何のためで、どこに位置しているか」をファネルで図示する「地図のファネル」が、現在はかなり多いファネルの使われ方になっています。
そうするとどうなるか?空白のままで空けておくのが気持ち悪くなります。ここは空けておいていいのか?と上層部に聞かれ、考えが足りていないように見える。それが嫌なので埋める。そのようにして、一気通貫で隙がなく見えるプランができあがります(あくまでそう見えるだけ、というのが今回の話のポイントです!)。
「地図のファネル」がうまくいかないわけ
施策をくまなく配置し、一見すると隙がないプラン。しかしうまく機能しないのはなぜでしょうか。
例えばこのようなファネルを作ったとしましょう。ターゲットが20-40代男女で、約4,000万人。認知施策のテレビCMで広告認知率50%を取り、Web動画を200万人に見せて関心を取り、80万人にSNSを当てて検討してもらい、バナー・リスティングの刈り取り施策で40万人にコンバージョンさせる。これを見ると、テレビCMを見た2,000万人のうちの200万人がWeb動画を見るのだな、と思います。そう見えるように描いている図だからです。つまり一番下の40万人は、全部を踏んで下まで来た、という印象を受けます。
ところが実際は、4段階で構えた施策をすべて重複接触するという人は、きわめて少ないのです。なぜならテレビCMを見た人だけにWeb動画を見せることができないからです。テレビCMを見たかどうかにかかわらず同じ確率でWeb動画を見るものと割り切って考えると、上記の例ではテレビCMの広告認知率が50%、Web動画は4,000万人中200万人が見るので5%。両方の重複は50%×5%=2.5%。同様にその下のSNSとバナー・リスティングも計算すると、4段階をすべて重複接触する人は計算上では0.0005%、たった200人になります。一見すると一気通貫に見えるのですが、全部を知っているのは関係者だけで、一般生活者にはそれぞれ一部しか見えていないということが往々にして起こります。
結線テレビなどを使って複数の施策を重複して当てる取り組みはかなり前から行われていますが、当てられる数には限りがあり、複数当たればこのように行動や気持ちが変わるという実験としての用いられ方が多いのが現状です。2002年の映画『マイノリティ・リポート』で描かれた、屋外広告が個人を認識してその人に合った広告を見せるという方法は、技術的にはだいぶ見えてきているようですが、費用的・倫理的な側面など、まだしばらく先の未来である気がします。
「地図のファネル」は資源の分散につながる
特定のAさんに4段階の施策を当てて認知から購入に持っていくのが絵に描いた餅である以上、地図のファネルを埋めることは、Aさん・Bさん・Cさん・Dさんにそれぞれ意味合いの異なる別な施策を当てるということにほかなりません。そうなると、購買行動のすべてを企業側がお世話してあげないと買ってくれないのか?という疑問も出てきます。
MMM(マーケティング・ミックス・モデリング)などを持ち出すまでもなく普通に考えて、企業側が今年1年間何も広告活動をしなくても、売上は0円にはなりません。そのうえで、何をすると売上が最大化できるのかということですので、すべてに手当てをする必要はないし、予算や時間やマンパワーが有限であることを考えれば、できるだけ優先度の高いところに集中する方がよいでしょう。
今回は、ファネルが向かないカテゴリーがあることと、「地図のファネル」の問題点についてお話ししました。では、どのようにファネルを使っていけばいいのか?その本来の使い方について、次回お話しします。
(次回は6月29日公開予定です)