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前回はブランドエクイティ(前編)として、そもそもブランドとはどういったものか、アーカーの「5つの要素」は実務上、どのように理解すればいいのかについてお話ししました。今回は、具体的に「ブランドエクイティ」をKPIに設定していく際のポイントについてお話しします。では、始めましょう。
「ブランド連想」を競合と比較するべきではない
受講生からの質問:
最も重要な「ロイヤリティ」に繋がるよう「ブランド連想」を高めていこうとするときに、KPIはどのように設定していくのがいいのでしょうか? 競合との比較もしていく必要がありますか?
第3回で、「カルテのファネル」についてお話ししました。そのカテゴリーで重要となる心理変容ステップについて自社と競合を比較し、課題を発見するという内容です。心理変容ステップはカテゴリーごとに共通のものがありますので競合との比較をしていくわけですが、「ブランド連想」は基本的にそのブランド固有のものです。カテゴリー内のいろいろなブランドがこぞって同じ「ブランド連想」を目指すわけではないので、偏差値などで競合と比較するのではなく、自ブランドのスコアを絶対値で評価していくべきだと思います。
例えばお菓子のグミについて考えると、コンビニやスーパーのグミのコーナーには非常に多くのブランドが並んでおり、同じグミでもそれぞれ異なった主張をしていることがわかります。「甘さ」「酸っぱさ」「フルーツ感」「味のバリエーション」「噛みごたえ」「形状のユニークさ」「小粒感」。「噛みごたえ」にしても「かたさ」「大きさ」「厚み」などがあり、「集中したい」「眠くならない」といったように用途もそれぞれ分岐をしていくでしょう。
「かたくて噛みごたえがあり仕事や勉強で集中したいときの相棒」という方向性を目指している自ブランドと、同じグミのカテゴリーでよく売れているブランドだからと言って「フルーツ感があり小粒で一度にたくさん口に入れられて幸せな気持ちになれる」という競合との「ブランド連想」を比較しても、あまり意味がありません。
「結果のブランド連想」と「原因のブランド連想」
ブランド連想には、「結果のブランド連想」というものがあります。グミのカテゴリーで言えば「楽しい気分になれる」とか「リフレッシュできる」といったものです。これらは購入した人がそのグミを食べ、何かを感じた結果としてそうなったということであり、グミの売り場の前で「楽しい気分になれるのはどれか?」という買い方をするわけではありません。
購入する人が売り場の前で考えるのは「原因のブランド連想」です。フルーツ感のあるおいしいグミに新しい季節限定の味が出たので購入した。期待通りおいしかったので、結果的に楽しい気分になった。その「ブランド連想」は、購入するタイミングで考えることであるかどうか、というのは設定するうえで注意が必要です。
「ブランド連想」は「ブランド認知」と同じく、上がるのに数年かかる
第6回でブランド認知率はなかなか上がらないという話をしましたが「ブランド連想」も同様で、1回のキャンペーンで上がるということはほとんどなく、数年かけて少しずつ改善をしていくものです。生活者が自ブランドについて考えてくれるのは日常生活の中でほんの一瞬です。そして次の瞬間にはまた別なことを考えています。「これはこういうもの」という認識を変えるのは根気がいることです。
ニトリは、カーテンや枕を売っているのを世の中に認知してもらうのに発売開始から3~5年かかったといいます。それまで家具屋さんでカーテンを売っているところがなかったからです。企業やブランドの変化が生活者の中に伝わるまでには、どうしてもタイムラグがあります。それをふまえ、さらに世のニーズもできる限り先読みしたうえで、目指すべき「ブランド連想」を考えていくのがいいでしょう。
数字はすでに過去のもの
昭和33年に東京タワーが作られたとき、名前の公募が行われました。そこで1位となった名前は「昭和塔」。以下、「日本塔」「平和塔」と続き、「東京タワー」という名称は13位であったそうです。実際に「東京タワー」と名付けられた直後は不評だったそうですが、今となっては「東京タワー以外の何ものでもない」という感じがしますし、もし「昭和塔」という名前が採用されていたら、かなり違った印象を受けることになっていたと思います。
ブランドエクイティに限らずですが、マーケティングの世界は効果が見えにくいものであるからかデータ重視の傾向が非常に強いです。数字がなければ判断できないといった声も聞かれますが、本当にそれでいいのかについては、よく考える必要があります。
売れるモノとはどういうものかを考えると、良いものでしょうとか、機能が高いとかいうことをつい考えてしまいがちですが、実際はそういうことではありません。売れるモノとは、供給があまりなくて、なおかつ強く求められるモノです。コロナ禍の初期であった2020年の春にマスクが店頭からなくなりましたが、その頃のマスクは「売れるモノ」でした。その後で供給が追いついてくると元に戻っています。コロナ禍のマスクは突発的な環境の変化によるものでしたが、供給の少ない状態が売れるということに関して、たいへん示唆的です。
数字はすでに、過去のものです。そして、ほぼ同じデータを競合他社が持っていないはずがないと考えるべきです。データを重視すること自体は悪いことではないのですが、データ上で最も高い数字に目がとらわれがちな現在の風潮は、後手を踏んでは勝てないマーケティングにおいて、良くない傾向であるように思います。データを見て、それを読み解き、「兆し」をとらえること。挑むという字と逃げるという字には、「兆し」という文字が含まれています。「兆し」を読んで方針策定に役立てる、そのために活用するという順序だてで、データを考えていくべきではないでしょうか。
今回は、ブランドエクイティをKPIに設定していく際のポイントについて、お話ししました。次回のテーマは「重回帰分析」です。
(次回は7月24日公開予定です)