書籍『クロスカルチャー・マーケティング 日本から世界中の顧客をつかむ方法』の著者でオーストラリア・シドニーを拠点に活躍するマーケター・作野善教氏が、ブリッグス氏に詳しく聞きました。
『クロスカルチャー・マーケティング』の詳細・購入はこちらから(Amazon)
成功事例の後追いでは遅すぎる
作野:日本企業は将来の変化にどのように対応すべきでしょうか。どのような機会と課題が存在しますか。
ブリッグス:すべての国の企業に当てはまることですが、日本企業は特に自社の将来像を明確に描くことが重要だと感じます。シリコンバレーの企業は一般的に、将来の方向性を定めることの重要性を理解していますが、日本に多く存在する、過去に成功を収めた伝統的企業においてはこの点が軽視されがちです。
現在、大きな変化が起きているため、消費者の視点やテクノロジーの進展、金融情勢などを考慮し、自社を客観的に評価し、未来を考えることが大切です。
作野:その通りですね。2000年頃までは、日本の製造業は品質の高さや職人技術による優位性を持っていました。しかし、デジタル時代の到来により、完璧さや緻密な計画性は時代にそぐわなくなってきました。
製品の完成度を追求し、それを市場に投入するというアプローチではなく、新しいテクノロジーに積極的に取り組み、素早く商品をリリースし、そこから継続的な改善を行っていく方向へと変化しました。この点で、米国や中国、インドはこの変化にうまく対応し、時代の要求に迅速に応えてきました。
ブリッグス:長年にわたり、日本企業は継続的な改善を得意としてきましたが、「現在の顧客」を満足させるための改善と「未来の顧客」を満足させるための改善という、時間軸が異なる「2つの顧客」についてもっと考える必要があります。
社会、テクノロジー、人口動態、エネルギー、環境問題など、大きく変化してきた状況を踏まえ、自社の将来のあり方を考えなければなりません。一方で、将来を見据える力はあるが、継続的な改善を苦手とする国もあります。この2つの力を融合させることが成長の鍵となるでしょう。
作野:米国のフォード社が自動車を発明しましたが、トヨタはその成功を見習い、トヨタ式カイゼンによって世界で最も信頼される自動車メーカーとなりました。目指すべき方向が明確であれば、海外の成功事例を参考にしながら、日本独自の継続的改善の力を活かして、より優れたものを創造することが可能ですね。
ブリッグス:技術の進化のスピードが著しく加速した現在では、他社の成功を待つだけでは遅すぎるといえます。AI生成、サプライチェーン、決済など、さまざまな領域で急速な変化が起きており、後追いするだけでは成功は望めなくなっています。レジリエンス(強靭性)を高め、常に複数の仮説を考え、創造力を発揮し、将来の様々なシナリオを描き、それに向けて準備することが重要です。
日本企業に足りないのは「勇気、創造性、好奇心」
作野:レジリエンスについておっしゃっていましたが、今の時代を乗り越えるためには日本企業に不足している資質は何でしょうか。
ブリッグス:勇気、創造性、好奇心の3つが不足していると考えられます。勇気はリスクを取ることに関連し、創造性はビジネス上の創造性を指します。また、好奇心は現代の社会で起こっている変化に関心を持ち、それに適応する姿勢を意味します。
もちろん企業文化を変革することは容易な課題ではありません。変化には時間がかかり、その過程は困難を伴うものです。まずは、変化を阻む要因を特定することから始めるのが良いでしょう。自社の取り組みを見つめ直すことは苦しいかもしれませんが、必要なプロセスです。成功しているという共通認識がある場合には、変革の必要性を問われることもあります。しかし、レジリエンスを高め、将来のあらゆる可能性に対応するためには、変革が必要なのです。
作野:多文化企業と日本に多い単一文化企業では組織文化の変革にはどんな違いがあるのでしょうか?
ブリッグス:多文化企業では、異なるバックグラウンドを持つメンバーが集まるため、共通点や文化の基盤を見つけることが困難な場合があります。一方、日本企業では共通の価値観や信念を見つけやすく、強固な組織文化を形成しやすい傾向がありますが、その一方で柔軟性の欠如が生じるリスクも存在します。
重要なのは、将来においても有効な価値観は何かを見極め、必要な変革を進めることです。現在進行中の変化を巧みに利用し、10年後に向けてどのような準備を行うべきかを考えるべきです。
マーケターは消費者の変化を社内に伝えよう
作野:方向性が確定した場合、リーダーシップ層がそれを確固たるものにしていく役割を果たすのですね。
ブリッグス:その通りです。変革を定着させるためには、適切なリーダーシップモデルを確立することが重要です。リーダーシップ層の主要な役割は、新たな文化を醸成し、変革をリードすることです。
作野:変革を必要としている企業のマーケティングやPR担当者に対して、提案はありますか。
ブリッグス:まず、マーケティングやPRの専門家は優位な立場にあります。彼らは絶えず消費者の声を聴き、コミュニケーションを図っているからです。マーケターの使命はストーリーテリングなので、消費者の変化を組織内に伝える役割を果たすべきです。
高齢化する顧客層、AIの普及、多様化する娯楽の形態、食の志向の変化、生活スタイルの変化など、マーケターは消費者の変遷を組織内に伝えるという新たな責任を負い、会社の未来のストーリーづくりに参加するのが良いでしょう。
ジョナサン・ブリッグス
ハイパーアイランド共同設立者。コンピューターサイエンス学部を卒業。1994年にデジタルトランスフォメーションのスクール、ハイパーアイランドを設立。1998年にキングストン大学Eコマースの教授に就任。2012年、シンガポールに移住。2019年にティーズサイド大学名誉教授となり、2023年にシンガポール国立大学教授に就任。デジタルトランスフォメーション、AI、データを中心に、コカコーラ社をはじめとする大手企業へのコンサルティングを行っている。
作野善教
シドニーのマーケティングカンパニーdoq創業者・グループマネージングディレクター。外資系広告代理店ビーコンコミュニケーションズを経て2005年に渡米。米系広告代理店レオ・バーネットのシカゴ本社で勤務したのちオーストラリアに拠点を移し、2009年シドニーにてdoqを創業。異なる文化と背景を持つ多様性に富んだチームとともに、20年で50社以上の越境マーケティング戦略立案を手がける。
詳細・購入はこちらから(Amazon)