(前半はこちら)
「As ONE, we can.」が生まれた瞬間
—スローガンの話の続きを聞かせてください。社員にインタビューをして、ポイントを見つけて、それをどうフレーズに集約していったのでしょうか?
中村:さっきも言ったように、ONEという社名が素晴らしかったので、この社名があればいいじゃないかとも思いました。けれど、この社名で言い足りていないのは何か、ずっと社名に込められた意志や価値が輝き続けるための言葉は何かと考えて…。
まず、ONEという言葉は入っていた方がいいし、英語の方がいい。それも、多国籍な社員の集まりだから、極力シンプルでわかりやすいフレーズがいい。その上で、ポジティブで気分が上がる言葉をつくれないか、オンリーワンという意味も含むには…と考えていました。
その中で「As」を使ったらいいんじゃないかと思いついて。「As ONE」とすれば、「ONEだから」という意味も、「一つになれば」という意味も持たせられる。これはいけるかも…!と思いました。
後半の「we can」は、気分が上がるという部分と、みんなが掛け声みたいに言えるといいなと思って。オバマ元大統領の「Yes, we can.」ではないですが、気取らずに普段づかいができて、苦しい場面でもポロッと言えるくらいの言葉がいいと思ったんです。
—提案したスローガンは、他にもあったんですか?
中村:はい。「As ONE, we can.」はA案でした。ボディコピーも、この時にほぼできています。一つになればできる、ONEならできる、ということを書いています。他には「The new way. The one way.」「Unified to be different」「Humanship」などの案がありました。
岩井:プレゼンを聞いて、圧倒的にA案だと思いました。スローガンを必要としていた理由にズバリ応えていただいて。聞いた瞬間に、そうやって表現するのか、すごいな、と。他のメンバーも同じように感じて「As ONE, we can.」に決まったんです。
スローガンが日々の業務の中に生きている
—このスローガンは、具体的な使い方は決まっていたのでしょうか。
中村:広告会社の仕事だと、こういう媒体で使いますと事前に決まっていたりしますが、この仕事はそうではなかったですね。僕自身も、媒体よりも、世界中の社員の口から出る言葉になってほしいと思っていました。…というのも、このスローガンを考えていた時期は、会社の立ち上げの本当に大変な時だったんです。
岩井:独占禁止法の制限があって、新会社であるONEは営業を始めるけれど、旧3社からは人はまだ来られない。で、どこもかしこも人手が足りない。バラバラな個別契約の引き継ぎ業務もあって、あちこちで悲鳴が上がっていましたね。
中村:インタビューを進める中でも、皆、興奮と悲鳴が入り混じっているんですよ。要は、乗り越えないといけない問題が日々出続けている。その中で、会議や日々の仕事の場でこの言葉を口にすることで、前を向く力になることを意識していました。だから、このスローガンは2、3年が賞味期限かなとも思っていたんです。最初の立ち上がりの苦しい時期を乗り越える原動力になればいいと。プレゼンでもそんな話をしました。
—岩井さんご自身も、そう思っていたんですか?
岩井:いえ、すごく気に入ったので、ずっと使おうと思っていました(笑)。実際この5年間何度も何度も使ってきました。立ち上がりの後も、コロナ禍という壁がありましたからね。人と人が会えない、物流が大混乱する、そういう壁に立ち向かうときにも、このスローガンを使ってきました。
ONEのプレゼンテーションのテンプレートや社内のビデオにも入っていますし、社内でのスピーチやお客さまを招いたパーティなどでも、最後に「As ONE, we can.」と言って終わるんです。この言葉を言って、にっこり笑って締めるとね、カッコいいんですよ(笑)。
—パーティの締めの言葉にまで使われているんですね!
草野球チームのユニフォームや社内投稿のハッシュタグにも…
岩井:まだまだありますよ。面白かったのは、インドネシアの社内の草野球チームのユニフォームに使われていたんです。なぜ全員背番号が一番なんだ?と思ったら「As ONE, we can.」と書いてある(笑)。
こんなグッズを社員が作るくらい、浸透しているんですよ。社内イントラの投稿にも、ハッシュタグで「#AsONEwecan」と当たり前のように皆がつけていて。そんなルールがあるわけでもないのに。
中村:普通は、こういうスローガンは浸透させるのに苦心するものなのに、不思議なものですね。
岩井:押し付けられた感じでもなく、皆この言葉が大好きなんですよ。前向きだし、自分の会社を誇りに思えるし。国や文化の偏りもないし。我々は、他の国の人と仕事をする機会が多い。そういう多国籍な人が集まるプロジェクトで、何と言ったらまとまるかなと思ったら、この言葉を言えばいい。もうそれ以上説明しなくても、って感じになりませんか?
—合言葉のように。この言葉を使う仲間同士であることを、使うたび確認しているんですね。
岩井:誰が作ったかも知らずに使っていると思います。社員がしっくりくる言葉なんでしょうね。最初は「一つになるんだ」という気持ちで使っていましたが、今は「ONEならなんでもできる」という意味で使われているように感じます。
—短い言葉だからこそ、使う人が自分なりの意味を引き出せるし、会社のフェーズが変われば解釈も変わってくるんですね。
中村:そういう意味では、もう作った時の僕の意図を超えていると感じます。そうやって言葉が一人歩きして、会社の中で育ってくれている。そういうのが、いいんでしょうね。
岩井:はい。おかげさまで、大ヒット曲になりました。私たちは、この言葉に5年間励まされたり、勇気をもらったり、喜びを分かち合ってきました。すごいパワーを持った言葉ですよ。
次のステップは一般に向けたブランディング
—最後に、ONEのブランディングのこれからの展望について聞かせてください。
岩井:「As ONE, we can.」は主に社内に向けた言葉ですが、この言葉の持っているポジティブな響きを、一般に向けて表現できないかと考えています。日本の国際貿易で海上輸送が占める割合は99%以上にも上ります。その内の大きな部分をコンテナ海運が担っています。この記事を読む皆さんの部屋の中にあるモノの多くは、コンテナで輸送されてきたものなのです。そんな身近な存在が、全く知られていない。そして注目されるのは「2兆円儲けました」というような話ばかり…。
これはちょっと残念な状況だと思っているんです。皆で力を合わせて、これだけ死に物狂いで5年間やってきたことが理解されていない。社内にはおかげで強い一体感があるのですが、一般の方にももっと理解してもらい、応援してもらえるような企業になりたいと思っています。ピンクのコンテナも、これからもっと増えていく予定です。街中で走るこのコンテナを見かけたら、まずはONEを思い出してもらって、そしてAs ONE, we can. 力を合わせればいろんなことができるんだ、と明るく元気な気持ちになってもらえたらいいですね。
岩井泰樹(いわい・やすき)
神奈川県横浜市出身。東京大学卒業。ミシガン大学院修士課程修了。国際性と自由闊達な伝統に憧れ、海運業界へ。定期船部門を中心に通算20年以上の海外経験有。2017年ONE設立と同時にManaging Directorに就任。Corporate & Innovation Division(経営戦略、企画、財務、経理、環境、IT、人事、広報、法務総務、現法管理等)を担当。横浜ベイスターズの大ファン。
中村直史(なかむら・ただし)
クリエイティブディレクター、コピーライター。五島列島福江島出身。筑波大学卒業。カリフォルニア州立大学大学院修了。2000年〜電通 2016年〜BLUEとGREEN 2019年〜五島列島なかむらただし社。 主な仕事に、RIZAP「結果にコミットする」シリーズ、エビオス錠「弱るもんか!」キャンペーン、Finetoday社名策定、YAMAPパーパス策定、長崎県「長崎ブルーアイランズプロジェクト」「長崎ハーモニー」など。