「地球に良い仕事だけをしたい」クリエイターが今、大学院で学び直す理由

広告の現場から距離を置き、2022年から2024年3月まで地球環境学の修士課程に進んでいるTBWA\HAKUHODO の佐藤カズーさん。地球環境の保護が喫緊の課題となったこれからの時代におけるクリエイティブの役割を模索している。
※本記事は月刊『ブレーン』2023年11月号「地球環境と向き合う サステナブルなデザインの理想形」特集からの抜粋です。
詳細・ご予約は《こちら》※Amazonページに移行します。
写真 プロフィール さとう・かずー氏

さとう・かずー

TBWA\HAKUHODO チーフ・クリエイティブ・サステナビリティ・オフィサー。1973年生まれ。ソニー・ミュージックエンタテインメントを経て2010年9月にTBWA\HAKUHODO入社。メディアの枠を超えた作品で国内外の受賞多数。2012年カンヌフィルム部門審査員、2017年カンヌプロダクトデザイン部門審査員をはじめ、デザイン、デジタル、プロモーションといった多領域にわたる国際賞の審査員を務める。2022年から地球環境学研究科博士課程前期在学中。

「20年後の地球はどうなっているのだろう」

――なぜ一度仕事から離れ、大学院に進まれたのでしょうか。

広告会社に入社して20年ほど、企業の経済的な課題をクリエイティブで解決する仕事をしてきました。売上を増やしたい、競合ブランドよりもイメージを良くしたい、そうしたことに取り組む中で、10年ほど前から、社会的な課題が増えていきました。ダイバーシティやジェンダーといったものですね。

そして最近になり、私に娘が生まれまして。娘と過ごしている中でふと、この子が20歳になった時、この地球はどうなってしまっているんだろう?と思ったんです。これまで養ってきたクリエイティビティを通じた課題解決の力を、今度は地球のために活かすステージに来たのだと感じました。

でも環境問題に取り組むには、生半可な知識でやってしまっては危険です。環境問題はしばしば複雑に関連し合っており、ひとつの問題を解決するために他の問題が発生することがありますし、特定の環境対策が実際には生態系に悪影響を及ぼし、問題を悪化させることもあるでしょう。

科学的な根拠を軸に、深い洞察を持って臨まないと、クライアント企業がバッシングを浴びる可能性も高い。このタイミングで一度本腰を入れて学ぼうと修士課程に進むことにしました。

大学院では文理横断で幅広く学んでいます。研究テーマは、クリエイティビティとサステナビリティをかけ合わせることで、どう地球にインパクトを起こせるか。地球環境だけでなく、自分の研究も時間がなくなってきたので焦っています(笑)。

――昨今の日本の企業のSDGs への取り組みをどう見ていますか。

経済思想家の斎藤幸平さんが、『人新世の「資本論」』( 集英社新書、2020 年)で「SDGs は『大衆のアヘン』である」と説かれていました。企業や自治体など主体によってばらつきはありますが、SDGsが環境問題に対する免罪符のような存在になっていることも否めません。

いくら良いメッセージを発信していても、廃棄を前提とした事業展開をしていたり、役員リストがほぼ男性だったり。今はそうした企業の情報を簡単に調べられるので、意識の高い生活者や投資家にはガラス張りのように透けて見えると思います。言葉と行動が伴っていないと、「SDGsウォッシング」と捉えられてしまう。企業にとってもマイナスとなってしまいますよね。

企業に求められる「誠実」と「楽観」

――その中で、企業がすべき行動は。

スタンスとして重要なのは、「誠実さ」と「楽観さ(optimism)」だと思っています。野心的なサステナビリティのゴールを定めたとして、仮にその過程が上手く進んでいなくても、自社の状況を正直に発信すること。そういった企業の誠実さが最終的に、生活者に選ばれることに繋がると思います。

また楽観的に、ポジティブに取り組むことも非常に重要です。サステナビリティへの取り組みは、日本だとどうしても我慢と結び付き、ネガティブなイメージを持たれることが多い。ただそれは時に、思考停止を生みます。

2015年に開催されたCOP21国連気候変動枠組条約第21 回締約国会議における、パリ協定の立役者であるクリスティアナ・フィゲレスさんの言葉を借りると、「Stubborn optimism(頑固なほどの楽観主義)」ですね。これは今の状況を楽観的に見る、ということではなく、課題をきちんと見据えた上で、その新しい解決法やプロセスが社会や経済を成長させると信じて前向きに取り組むのだということです。

誠実に現実を捉え、解決に向けて前向きに取り組む。それって我々クリエイティブに関わる人間がこれまで行ってきたことですよね。そこに地球環境に対する「知」が加われば、これまで政治や科学が実現することができなかった鮮やかなソリューションや社会へのインパクトをつくることができると信じています。

――2024年4月からの復帰後は、どのような仕事をしていくのでしょうか。

復帰後は、できるだけ「地球に良いことだけ」を仕事にしていきたいです。2022年5月に当社のチーフ・クリエイティブ・サステナビリティ・オフィサーに就任し、その目的で修士課程への進学もさせてもらったので。クリエイターの新たな役割を少しでも示していけたらなと考えています。

その視点から現在、学業の傍らで携わっているのが「リジェネラティブ」なホテルのデザイン。生態系の再生に寄与できる、ホテルの在り方を探っているところです。

  • ……そのほか、下記の内容についても掲載。続きは誌面でご覧ください。
  • ・「誠実」と「楽観」を体現した海外事例
  • ・行動変容の「その先」もデザインする

詳細・ご予約は《こちら》※Amazonページに移行します。

advertimes_endmark

月刊『ブレーン』2023年11月号

  • 〈巻頭特集〉
  • 地球環境と向き合う
  • サステナブルなデザインの理想形
  • →◎詳細・ご予約は《こちら》
  • 【TOPICS】
  • ドール「もったいないバナナ」プロジェクト
  • 三井不動産「KISARAZU CONCEPT STORE」
  • Earth hacks「デカボスコア」
  • 大丸有エリア マネジメント協会 「Ligaretta」
  • アドバンテック「ITOMACHI HOTEL 0」
  • 【REPORT】
  • 広告会社・制作会社 サステナビリティ推進の取り組み状況
  • 【OPINION】
  • 「地球に良い仕事だけをしていきたい」広告クリエイターの新たな役割とは/
  • 佐藤カズー(TBWA\HAKUHODO)
  • 地球温暖化への適応策を加速させる「適応進化」の思考/
  • 太刀川英輔(NOSIGNER)


この記事の感想を
教えて下さい。
この記事の感想を教えて下さい。

この記事を読んだ方におススメの記事

    タイアップ