地域のクリエイティブ、この2年間の変化を振り返る(田中淳一)

昨年発売された『地域の課題を解決するクリエイティブディレクション術』は、地域活性化を目指す自治体やローカル企業など、地域のクリエイティブの仕事で成果を出すための方法論をまとめた一冊。クリエイティブディレクションについてわかりやすく教えてくれる書籍としても好評を得ています。このたび重版を記念し、著者の田中淳一さんが発売からの2年を振り返ってコラムをお届けします。

地域でクリエイターを育てる気運が高まっている

ものづくりは上手なのに伝え下手。

これは約2年前、本書の主題のひとつとして書いた言葉です。現在もこの状況は、日本の地域各地のものづくりの現場で続いていると思います。ただ、この2年間で少し変わってきたこともあります。それは、その問題に気づき、危機感を抱き始めた地域が増えてきたということです。

地域の自治体主催で、地域クリエイターのスキルアップやクリエイティブ思考についての講師を頼まれる機会が増えました。地域独自の資源や人材の技能を活かした商品開発をしても、それを日本中や世界に伝える段階でつまずいてしまう。もっと言うと、そのものの本質から強く紐づくコンセプトや表現アイデアを開発できずに、ものの本質や託した想いが伝わることなく、世に出ていってしまう。依頼の背景には、こうした課題があるようです。

ものづくりとセットにして、地域に情報発信のプロともいうべきクリエイターを育てることが大切だ、と気づいた自治体が増えてきたのは間違いないと思います。

地域企業でも「パーパス」は重要なテーマに

現在もいくつかの自治体が主催となって、地域のクリエイターへのセミナーをしているのですが、その中に地元の中小企業が一緒に参加することも増えてきました。

やはりクリエイターだけがスキルアップをしても、肝心のクライアント側がクリエイティブの重要性を理解していなければ事は始まりません。地域の中小企業の経営者とクリエイターが同じテーブルで企業や商品のコンセンプト、現状の課題を議論し合うワークショップも盛んになってきています。

本の中でも少し触れているのですが、今、多くの地域企業でも重要なテーマになっているのが「パーパス」です。パーパスとは、企業やブランド・商品の社会的存在意義を表す言葉。いまや大手企業でこそ、パーパスブランディングはマーケティングの主流になりつつありますが、地域ではその概念さえまだ浸透してないケースが多いです。

その中で、地域企業の経営者やクリエイターに、パーパスとは何か、これから世の経済活動の主流になるミレニアル世代やZ世代をターゲットにしていくとパーパスがいかに需要か…などを話す機会が増えました。

「作ったら伝えなければいけない」はパーパスも同じ

地域の経営者と一緒にパーパスを策定し、策定したパーパスをどんなクリエイティブで伝えていくかまでを考えていくのですが、ここで冒頭のものづくりの話と同じ課題が出てきます。つまり、どんなに素晴らしいパーパスをつくっても、それを伝えていくことができなければ何も機能せずに終わってしまうのです。

特に地域においては、一人のクリエイターがパーパス策定のヒアリングから、ライティング、策定したパーパスを商品やプロモーションを通して伝えていくアイデア開発まで、全てを手がけることが多くなります。

本書にも書いた通り、地域のクリエイターは「クリエイティブディレクター」として、さまざまな知識、スキルを駆使して地域の経営者と向き合い、クリエイティブディレクションしていくことが求められます。常に情報やスキルのアップデートなど総合力の向上が必要になるので本当に大変だと思いますが、地域でのクリエイティブの仕事は、ある意味とてもやりがいがあるとも言えます。

「伝える」ための鍵は、企画以前の「着想」段階にある

書籍 『地域の課題を解決するクリエイティブディレクション術』
『地域の課題を解決するクリエイティブディレクション術』定価:1,980円(本体1,800円+税)

各地でセミナーをすると、この本を読んで参加しました、という方もいて著者としては嬉しい限りです。アートディレクターやコピーライターを兼務している方、プロデューサーなどさまざまな立場の方がいらっしゃいますが、本書でクリエイティブ開発の流れを体系的に確認できたと多くの方に言われます。

地域には、グラフィックやプロモーションの仕事をしており、クリエイターを名乗っているけれども、実はアイデア開発の流れを体系的に学ぶ機会が少なく、自己流で来てしまった…という方も多くいます。

そんな背景もあって、本書を元にしたセミナーをした際にも最も苦労する人が多いのが、コンセプト開発の部分です。本の中では、クリエイティブディレクションを「着想」「企画」「定着」の3ステップに分けて解説しているのですが、実際の業務では「着想(課題の発見とコンセプト開発)」の過程が抜け落ちていて、「企画」から入る方が多くいらっしゃるようです。

僕自身は「ひとつの案件に対し7割を着想に割いている」と言うと、みなさんに驚かれます。地域のものづくりが伝え下手なのは、実はここに鍵があるのではないか?とにらんでいます。

マーケティングにおいてパーパスの重要性が高まっているいまでは、地域の課題を解決するにも、地域からものをプロモートしていくにも、着想の段階で強いストーリー、コンセプトを練り上げることこそが大切になってきます。

ここは、本書の中でも特に念入りに解説している部分です。セミナーに参加された方からは、プレゼンシートをコンセプトから丁寧につくり込むことや、パーパスを自主提案してプレゼンの獲得率が上がった、経営者からパートーナーとして認められた、といった声を聞くこともよくあります。

「クリエイティブディレクションの入門書」としての読まれ方も

また、これは予想外だったのですが、地域のクリエイターに限らず、都市部のクリエイターで「クリエイティブディレクションの入門書」として読んでくれる方も多くいるようです。クリエイティブディレクションを細かく体系的に学ことができた、という感想をSNSで直接いただいたこともあります。

僕自身、先輩のやり方を学んだり、試行錯誤しながらたどり着いた、クリエイティブディレクションの方法論を誰にでもわかりやすいレシピにするつもりで書いています。これからクリエイティブディレクターを目指す方にも、ぜひ活用できる部分は使っていってほしいと思います。

クリエイティブディレクターは料理人である、と僕は思っています。料理人は、素材選びのために産地から学び、未知の料理のコンセプトを考え、完成形に向かって試行錯誤しながら、素材をアイデアと巧みな調理の技で、人を喜ばせる一皿を目指します。

実は僕の一番尊敬するクリエイターは、故・小林カツ代さんです。特別な素材を用意しなくても、一般家庭の冷蔵庫の中にある素材で、みんなを笑顔に変える料理をつくってしまう。小林さんのレシピは、どれも誰にでもわかりやすく、やさしい文体で書かれていた記憶があります。

クリエイティブディレクションというと、何か特別で気取ったスキルのように聞こえがちですが、そんなことはありません。地域や経済の課題を解決するための、極めて有用な技能です。僕も小林さんのレシピ本のようなわかりやすさを目指し、クリエイティブディレクションという技法を極力分解して解説したつもりです。

地域のクリエイターだけでなく、これからクリエイティブディレクターを目指す方、そして地域のものづくり現場で伝え方に悩んでいる方たちにも、ぜひ手に取ってもらえればと思います。

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田中淳一

田中淳一(たなか・じゅんいち)
POPSクリエイティブ·ディレクター

宮崎県延岡市出身、早稲田大学卒業後、旭通信社(現ADK)入社、営業本部を経て制作本部(コピーライター)に転属。2014年にCreativity for Local,Social,Globalを掲げPOPS設立。松山市、鳥取市、今帰仁村、登米市、高知県など38都道府県以上でシティプロモーション、観光PR、移住定住施策などの自治体案件や地域企業、NPO団体のクリエイティブ・コンサルティング、企業ブランディング、プロモーション、商品開発などを手がける。

書籍 『地域の課題を解決するクリエイティブディレクション術』

『地域の課題を解決するクリエイティブディレクション術』
田中淳一著/定価:1,980円(本体1,800円+税)

予算がない、人材がいない、経験が足りない…。地域活性化を目指す自治体やローカル企業の仕事で成果を出すための方法論が一冊に。コンセプトからアイデア、実行に至るまで、豊富な事例を交え解説します。地域で活動するクリエイター、地域プロデューサー、自治体職員、観光業、産品を広めたい生産者など、地域の情報を対外的に発信していくすべての方におすすめです。


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