星野リゾート急成長の背景には、積極的な女性登用があった(星野佳路×作野善教)

多様な文化的背景を持つ人々を踏まえた「クロスカルチャー・マーケティング」の必要性と乗り越えるべき課題をテーマに、星野リゾート代表の星野佳路氏と書籍『クロスカルチャー・マーケティング 日本から世界中の顧客をつかむ方法』著者の作野善教氏による対談を行い、本書に収録した。

今回はその「延長戦」として、作野氏がオフィスを構えるオーストラリア・シドニーに星野氏を迎え、ジェンダーギャップの解消から外国人の受け入れ、休暇制度に至るまで日本の進むべき方向性について話し合った。

ステレオタイプな「日本」アピールではなく本物を訴求せよ

作野:昨年12月に刊行した書籍『クロスカルチャー・マーケティング 日本から世界中の顧客をつかむ方法』は、日本の良いものを海外の人たちに伝えていくために、必要な視点やノウハウについてまとめたものです。

クロスカルチャー・マーケティングとは、企業や組織が自国で培ってきた文化やサービスの特長を活かしながら、対象市場(海外)の現地特性に合わせたマーケティング戦略を立案し、多様性に富んだチームの潜在的な能力を用いて最適化していくこと、と定義しています。海外から日本への旅行者がコロナ禍を経て回復しつつありますが、「クロスカルチャー・マーケティング」を取り入れることでよりビジネスを拡大することができると考えています。

星野佳路氏と作野善教氏
星野佳路氏(左)と作野善教氏

私自身オーストラリアで起業し、外からの視点で日本を見て感じることや問題意識から、日本の企業がもっと成長していくために欠かせないことについて提言したい、という思いがありました。

星野:読ませていただきました。書籍では主に、日本から海外へという視点でしたね。私たちのビジネスは、逆に海外のお客さまを日本でお迎えすることがメインですが、色々と気づきがありました。

読んで改めて思いを強くしたことのひとつは、海外からのお客さまが一般的に考えている「日本らしさ」をアピールすることが必ずしも正解ではない、ということがあります。

星野佳路氏

星野佳路(ほしの・よしはる) 
星野リゾート代表。1960年長野県軽井沢町生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。91年、先代の跡を継いで星野温泉旅館(現星野リゾート)代表に就任。所有と運営を一体とする日本のホテル業界でいち早く運営サービスに特化するビジネスモデルへ転換。経営破綻したリゾートホテルや温泉旅館の再生に取り組み、「星のや」「界」「リゾナーレ」「OMO(おも)」「BEB(ベブ)」などの施設を運営する。プライベートでは年間70日のスキー滑走を目標としている。

 

一時の集客はしやすいかもしれないけれど、それは本物ではないことが理由の一つです。本物でないものは、日本人のお客さまには受けません。日本人が支持するような「本物の日本」であることはすごく大事だと考えています。その良さがわかるインバウンドの人にターゲットを絞ることを割り切らないといけない。それは私たちがこだわっているところです。

本物ではないもので満足するお客さまが増えていくと、逆に日本の目利き層のニーズから外れていきます。日本の観光産業のうち約85%は国内需要です。もちろん残りの約15%をいかに伸ばすかという議論もありますが、私は当面の間、一番大事なことは日本の目利き層に本物の日本文化を感じてもらうことだと考えています。

日本の地方の地域らしさ、文化、お茶の淹れ方ひとつにも本物を感じてもらう。インバウンドで来られる方にはすぐにわからなくても、維持することが価値につながる。続けていれば、理解する人が増えていくと考えています。

作野:僕もオーストラリアで生活をしていてよく聞かれるのは「日本人が良いと思うスポットを教えてくれ」ということです。ガイドブックや一般的なオーストラリア人向けにつくられたメディアに出ている「日本」ではないものを求めている。彼らが探しているのはオーセンティシティ(本物らしさ)なんです。

作野善教氏

作野善教(さくの・よしのり) 
シドニーのマーケティングカンパニーdoq創業者・グループマネージングディレクター。外資系広告代理店ビーコンコミュニケーションズを経て2005年に渡米。米系広告代理店レオ・バーネットのシカゴ本社で勤務したのちオーストラリアに拠点を移し、2009年シドニーにてdoqを創業。異なる文化と背景を持つ多様性に富んだチームとともに、20年で50社以上の越境マーケティング戦略立案を手がける。

 

星野:バブルの頃につくられた、海外の街を模したテーマパークは日本各地にありましたよね。それらが長く続かなかったのは、本物ではなかったからだと思います。その学びを今こそインバウンド向けに生かすべきだと考えています。

地域らしさを生かして、日本人にも受け入れられながら、訪日外国人にもわかってもらえるようなものを目指すことが大事だと思います。

ジェンダーギャップはなぜ埋まらないのか

作野:星野リゾートが運営する施設は訪日観光客も、もちろん国内からの利用者もいます。その対応のためにクロスカルチャーなチームづくりに取り組まれていると思います。どのようなチームづくりをして、どんなことに課題を感じていますか。

星野:国や人種間の「クロスカルチャー」を議論する前に、ジェンダーの問題があります。職場などで男女を平等に扱い、平等に職場や議論に参加してもらうことが日本人の間でもできていないですよね。そこに本気になって取り組んで、男女の差のないチームをつくることがまず大事だと思っています。その結果、外国籍の人もなじむ組織になっているのではと考えます。

チームづくりのためには、国籍や人種を語る前に、まずは自国の男女の差を本当の意味でフラットにする。私たちはずっとそうしてきました。ただ、それはクロスカルチャーな組織にするためではなく、人材確保が目的でした。女性に働いてもらって、その力を生かす以外に星野リゾートの事業を伸ばすことができなかったからです。

その結果、女性でも仕事で活躍し、評価される状態ができていたので、外国籍の人がチームに加わってもそれほど違和感のない組織になったのです。

日本は企業でも政治の世界でも、いまだにそこがネックになっています。ニュージーランドの首相は女性です。一方、日本のジェンダーギャップ指数は世界で順位を落としています。これが実態。その変革を本気でやれるかどうかが、作野さんがおっしゃるクロスカルチャーなチームづくりの前にある一番の障害だと思います。

作野:高齢化が進む日本のビジネスシーンでは、男性とシニアがマジョリティ。その層のマインドセットが日本の経済、男女平等、クロスカルチャーにインパクトを与えると思うのですが、なぜ彼らは変われないのでしょうか。

星野:理由は僕にもわかりませんが、遅れている実態を把握できていないところはあると思います。ジェンダーギャップ指数が下落したことを問題として認識していない人は、経営者にも多いのではないでしょうか。

星野リゾートの全国の施設のうち、総支配人の4割、社員も6割が女性です。その人たちが少しでも違和感を覚えるようなことは会社としては絶対に避けないといけないことであり、私たちの成長の源泉の一つです。

今まで「これが星野リゾート成長の理由」といった分析記事はたくさん出てきましたが、この点を指摘したものはありません。今の日本社会を示す一つの典型的な事象ではないでしょうか。

作野:日本の影響力のあるリーダーらが、このジェンダーの問題を本質的に理解し改善のためにアクションにコミットしてくれることを願います。

(後編に続く)

 

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クロスカルチャー・マーケティング 日本から世界中の顧客をつかむ方法

定価:2,200円(本体2,000円+税) 四六判 268ページ

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