データサイエンスとジョブ理論を活用したマーケティング手法を考える

生成AIの台頭により、業務の効率化が実現するとともに、メディアの在り方や、企業と生活者の接点のつくりかたをも変えるような大きなインパクトが予測されます。ではマーケターは、これらの技術をどのように受け入れ、業務に生かしていけばよいのでしょうか。月刊『宣伝会議』のコラム「脳科学の視点」(宣伝会議デジタルマガジンに遷移します)で連載を続けてきた、富士通の山根宏彰氏が解説します。
(本記事は月刊『宣伝会議』2023年9月号の転載記事です)

 

ジョブ理論を活用し破壊的イノベーションを生み出す

イノベーションのジレンマ、をご存知だろうか?

クレイトン・クリステンセンの著書『イノベーションのジレンマ』は、成功を収めている企業が新技術や市場変化に対応しきれず、挑戦することが難しくなる現象を指す。これは、現行のビジネスモデルや製品に固執し、その短期的成功に安住してしまうことにより引き起こされる。

「破壊的イノベーション」とは、新しい技術やアイデアが市場に現れ、従来の製品やサービスを駆逐し、市場構造そのものを塗り替える現象である。iPhoneを始めとしたスマートフォンが登場し、従来の携帯電話市場(欧米ではノキア、国内ではいわゆるガラケー)を一掃した例が挙げられる。

成熟した企業は、しばしば現在の延長線にある製品に資源を集中し、破壊的イノベーションを見過ごしてしまう。あるいは、現行ビジネスの存続に固執し、変革に二の足を踏んでしまう。イノベーションのジレンマを克服するには、新しい技術や市場動向にアンテナを張り、絶えず革新を追求する姿勢が不可欠である。

この問題を解決するポテンシャルを持つのが「ジョブ理論(Jobs to be done:以下JTBD)」だ。これは、イノベーションのジレンマと同じく、クレイトン・クリステンセンによって後に提唱されたもうひとつの重要な概念である。イノベーションのジレンマが企業の挑戦を分析する一方で、JTBDは顧客の視点を重視する。

ジョブ理論とは、消費者が製品やサービスを「雇う」理由を深く理解するためのフレームワークである。この理論では、消費者が何かを購入するとき、それは特定の「仕事」を達成するためだと定義している。ここで言う「仕事」とは、具体的なタスクだけでなく、消費者が持つ意識的、無意識的に関わらない「感情的なニーズ」や「社会的な期待」も含まれる。

図に示す例は、ファブリーズが何のために「雇用される」のかを調べたときに、P&Gの調査人たちは「部屋が臭いと感じ、悪臭を消したい」人でなく、部屋を掃除している人に、掃除の完了に対する報酬を与えるものとして、使われることに気づいた。

クリステンセンは、企業がイノベーションを成功させるためには、単に技術的な進歩に目を向けるだけではなく、顧客が何を求め、どのような「仕事」を達成しようとしているのかを理解することが不可欠だと主張する。ジョブ理論を活用することで、企業は顧客の真のニーズに焦点を当て、破壊的イノベーションを生み出す可能性を高めることができる。

(左図)出典:Christensen『イノベーションのジレンマ』(2001)
(右図)出典:早川和輝氏note『ジョブ理論図解まとめ』より作図

 

大規模言語モデルはマーケティングにどう生きるか?

マーケティング業界はIT化、DX化、そしてAIの浸透により急速な変革を遂げつつある。その中で特に注目されるのが、ChatGPTを始めとした大規模言語モデルの利活用である。これにより、企業のマーケターが売上拡大、ブランド強化などの幅広い活動を効果的に行えるようになってきた。

大規模言語モデル(以下LLM)について、簡単に触れておきたい。大規模言語モデル、例えばChatGPTは、自然言語処理(NLP)の一部であり、人間の言語を理解し生成するAIである。これはtransformerと呼ばれる深層学習のアーキテクチャ(Vaswani et al., NeruIPS2017)に基づいており、Self-attentionメカニズムを利用する。Self-attentionは、入力データの重要な部分に焦点を当てる能力で、文の文脈を考慮しつつ重要な情報を抽出する。

さらに、LLMは自己教師あり学習を用いる。例えば、Masked Language Model(MLM)の手法では、テキスト内の一部の単語をマスクしてモデルを訓練し、そのマスクされた単語を予測することで言語理解を向上させる。これにより、モデルは膨大なテキストデータから知識を抽出し、複雑で豊かな自然言語表現を扱うことができるようになる。ChatGPTなどのモデルは、これらの要素を組み合わせ、さらに人間からのフィードバックも合わせることで高度なNLPタスクを達成する。

このLLMの進化はマーケティングに大きな影響を及ぼしている。AI技術の進化、特に大規模言語モデルは広告制作の工程を大きく改善し、生産性向上に寄与していくだろう。広告会社各社も様々なソリューションを提供しているが、これらの技術革新は、企業のマーケターが売上拡大、ブランド強化などの幅広い活動を効果的に行うための、強力な武器となりうる。

また、前述の通り、LLMは膨大な量のテキストから学習されているため、人間の思考パターンなどをテストすることが可能だ(Grossmann et al., Science 2023)。つまり、人間の認知と行動に関する深い洞察を利用することで、マーケターは消費者とのつながりを強化し、よりパーソナライズされた経験を提供することができる。特にChatGPTは、広告コンテンツの生成、市場調査、消費者の意図解析など、多くの分野で驚異的な性能を示している。

以上から導かれるポイントは、JTBDとLLMの組み合わせである。先述のように、JTBDは顧客が製品やサービスを「雇う」理由を理解するフレームワークだ。LLMと組み合わせることで、消費者のニーズや動機を高精度に把握し、これをマーケティング戦略に活かすことができる。

次回以降の記事では、JTBDとデータサイエンス的なアプローチ、具体的にはLLMを組み合わせた手法やデータマイニングなどのアプローチについて掘り下げる予定である。これらを駆使し、データドリブンな戦略で、マーケティングの未来をAI分野からどう貢献できるか考えていきたい。

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富士通
研究本部 人工知能研究所
研究員
山根宏彰氏

慶應義塾大学より、「キャッチコピーの自動生成に関する研究」で博士号(工学)を取得。大学院ではキャッチコピー研究の傍ら、慶應大学ビジネス・スクールにてイノベーションについて学ぶ。東京大学特任研究員時代にマルチモーダルAI研究、京都大学特定研究員時代には脳情報デコーディングに従事。理化学研究所 革新知能統合研究センターでの循環器系AI研究を経て、2022年9月より現職。AI技術コンサルティングも行っている。https://inside-brain.net/ja/




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