前回のコラムでは、独立系PRエージェンシーのグローバルネットワーク「IPREX(アイプレックス)」が実施したグローバル調査によるレポート「State of Global Communications and Marketing 2023」をもとに、「企業とPRエージェンシーの付き合い方」の傾向を解説しました。
今回は、2024年を迎えるにあたり、広報・PR業務のあり方にすでに大きな影響を与えている「テクノロジー」について考察していきます。
翻訳の精度がますます向上して英訳業務が楽になったという方や、プレスリリースの配信やクリッピング業務でSaaSサービスを導入されている方、そして最近では企画書・提案書のリサーチやプレスリリースのドラフトにAIを活用している方もいるかもしれません。
新しいツールやサービスが登場し、目まぐるしく変わるテクノロジー環境。そんな中で、グローバルコミュニケーションに携わる世界各国のプロフェッショナルは、現在どのようにテクノロジーの価値を捉えているか?今後どのような機会や脅威があるのか?という点を見ていければと思います。
グローバルコミュニケーションはテクノロジーの恩恵を受けるか?
まず、今回の調査を通して、グローバルコミュニケーションのイシュー(長期的に解決していく問題点)のひとつとして、「ブランドおよびメッセージの一貫性」が挙げられたことは前々回のコラムの通りです。
この「メッセージをいかにうまく伝えていくか」について、テクノロジーが果たす役割が大きいことが、レポートでも明らかになっています。
上の図は、国境を越えたコミュニケーションに関する見通し(Forecast for communicating across borders)を尋ねたもので、グローバル平均と各地域で「難しくなくなる(Less difficult)」「同様のまま(Remain about the same)」「難しくなる(More difficult)」の各回答の割合を出したものです。
グローバル平均では50%が「難しくなくなる」と回答し、今後の見通しについて半数は明るいと考えていることがわかります。中でもアジア太平洋地域(APAC)の企業は62%が「難しくなくなる」と回答しており特に楽観的である点、そして各地域を見渡しても「難しくなる」という回答は20%程度までにとどまっているということもわかるかと思います。
このように今後のグローバルコミュニケーションが「難しくなくなる」とした回答者の3人に1人は、「テクノロジーの進化」をその要因に挙げています。調査の回答は匿名ですが、次のような回答もありました。
「機械学習と AI を活用したテクノロジーは、グローバルや地域レベルのメッセージがローカルでも有用かを確かめるのに役立ち、 さらには各国のコンテキストやインプットも考慮することが可能になっています」
コンテキストは社会背景や文脈であり、すでにAIが広報・PR業務の第一線に存在していることがわかります。
AIがPR・マーケティング業界に入り込んできている
手前味噌ですが、弊社の業務でもAIの活用を進めています。ChatGPTを使ってのプレスリリースの原案の作成や、企画段階におけるブランドの背景のリサーチなど、活用の幅はどんどん広がっています。
プレスリリースの配信プラットフォームとしてもおなじみのPR TIMESでは、先日、リリース作成のエディターツールを公開し、効果的なタイトルを提案するAI機能を実装しています。メディア側では、ChatGPTをベースにプレスリリースを自動で記事に変換するサービスも出現しており、双方の使い勝手が高まっています。
さらにWeb広告業界ではクリエイティブコピーの作成にAIを利用していたり、テレビCMでも伊藤園が初めて「AIタレント」を起用したことや、パルコがモデルからナレーションまでをAIで生成したクリスマスシーズン向けのブランドキャンペーン動画をローンチしたことは記憶に新しいでしょう。
一方で、フェイクニュースやデマに対する懸念と規制、広告の品質保持、ブランド側の安全性の確保(ブランドセーフティ)については現在進行形で議論が進んでいます。情報の出し手は正確で信頼性のある発信、そして情報の受け手は真偽に対するチェックが求められ、どちらも情報リテラシーがますます求められていると言えます。
エージェンシーの仕事は、AIによりますます高度に
IPREXのネットワーク中でも、PRからブランディング、広告、デジタル、クリエイティブまでを統合的に手がけ、AIを積極的に活用するエージェンシー DH(米ワシントン州)のパートナーであるアンドレイ・ミルロイは、AIについて次のように考えていると言います。
「DHではAIを活用することで、業務の効率化を図っています。現在では、ブレインストーミングから翻訳、画像編集、文章のトーン調整、そしてWebサイト制作におけるコーディングまで利用しています。我々のスタッフが、AIの可能性と限界、利用する際のフロー、そして自分たちの将来の仕事についてどのような意味を持つのかを考えることは、非常に重要なことだと考えています。
シアトルとスポケーンにオフィスを持つDHは、マイクロソフトをはじめとする多くのテクノロジー企業に囲まれたロケーションに位置し、業界では現在進行形で多くの議論が起こっています。ただしAIはまだ不完全であり、多くの企業は“ファーストアダプター”になるより、その次の“ファストフォロワー”であることに満足しているようにも見えます。
私たちはAIが脅威になるとは考えておらず、むしろ必要不可欠で、よりインパクトのある仕事を生み出すツールだと考えています。AIの肝は業務効率化だけでなく、オーディエンスの深いインサイトを得られることと、莫大な量のデータを取得し分析できることです。これにより私たちは、より高度な思考、分析、クリエイティブに時間を使うことができるようになるでしょう」
ブランドは「総力戦」になる
AIはあくまでツール。それも非常に強力で、インパクトのあるツールと考えるといいのではないでしょうか。
ブランドは常に他社との差別化のために、マーケティング戦略からコミュニケーション戦略を練り、近年ではSDGsやダイバーシティ&インクルージョンなど社会・ビジネス環境の要請にも応えながら、社内外のステークホルダーの結束力と高めるためにパーパス(存在意義)に立ち戻り……と様々な手を打ち続けています。
先述の通り、AIをはじめとするテクノロジーの出現で、大きく負荷が減った業務や、新たなインスピレーションを得られる企画も多いはずです。それにより調査が示す通り、「グローバルコミュニケーションの未来は明るい」と言うことができ、私自身もそう感じます。
そのためには、「何を使うか(What)」よりも、「何のために使うか(Why)」を今一度考えて、AIやテクノロジーという非常に便利なツールとお付き合いすることをおすすめします。
次回は、現在の企業経営に必要不可欠となり、コミュニケーションの分野でも大きなトピックとなった「ダイバーシティ&インクルージョン」のグローバルの潮流について紹介します。