インターネットショッピングやチケットを取得する際、LINEやチャットでの応答が友達とのやり取りのように自然になるとどうだろうか? 顧客は手軽に質問ができるし、要望を言いやすくなるだろう。また、通常の対話だと、顧客が気を使ってしまったり本音が言えなかったりするが、相手がAIならどうだろう? AIだと、変な質問だと軽蔑されることもないし、売り込みをされることもない。実は、AIの方が本音を語りやすいのではないだろうか?
本音が語りやすい環境が作れるのならば、AIとの対話は便利なインターフェイスになり、対話によるデータの蓄積は企業にとっても顧客の動向を探るための武器になる。対話の継続は、顧客との関係性の強化であり、1人ひとりに合った提案ができるとさらなる購買へとつながっていく。
One to Oneで顧客と対話する新しい仕組み、それが広告会社の大広が開発した「Brand Dialogue AI」である。言語生成AIを活用し、顧客が入力する要望や質問に対して的確に回答を出す。質問に対して、顧客データとナレッジデータをマッチングし毎回動的にプロンプトを生成することで、1人1人にあわせた対応を行う、オリジナルのCRMツールだ。オーダーメードのアパレルブランド「FABRIC TOKYO」はこの技術にいち早く注目し、独自のサービス「コーダイ by FABRIC TOKYO」として実証実験をスタートさせた。
オーダーメードのハードルを払拭するのがデジタル
デジタルネイティブ・アパレルブランドとして、2014年にECサイト発のオーダーメイド事業を始めたFABRIC TOKYO。ユーザー1人ひとりに、体型だけでなく価値観やライフスタイルにもフィットする服を提案している。2016年にはリアル店舗戦略という形で、オフラインとオンライン両方の手段でストレッチ性や防シワ性など、機能豊富なオーダースーツなどをはじめ、オーダーメイドのビジネスウェアを提供するブランドへと成長した。
「オーダーメードの洋服は、自分にフィットした完全オリジナルで、試せばとてもよいものと感じられる。しかし、まだマイノリティ。なぜ試したことがないかというと、やはりハードルの高さがある。お店に入るハードルだったり、自分の好みを説明するハードルだったり」――こうしたハードルを払拭してくれるのがデジタルの強みだとFABRIC TOKYOの代表取締役社長の森氏は語る。
近年はパーソナライズした売り方は洋服だけに留まらない。森氏は「シャンプーやサプリメントなど、さまざまなジャンルでカスタムして買うということが当たり前になってきている。より良いものを買いたいという購入の動機は消費者も持ち始めているように感じる」と消費者のニーズを考察する。
既存顧客で売上の基盤作りを
メーカーにとって新規獲得とCRM(顧客関係管理)、どちらに重きをおくかは悩みどころではないだろうか。とくにインターネットビジネスの場合は新規獲得に注力し、CRMがおろそかになってしまうケースも多いかもしれない。ところが、FABRIC TOKYOではリピーターの売上が新規を大幅に上回っているという。
「これまでサポートセンターに電話やメールで問い合わせがきていたものが、チャットで気軽に聞いていただけて、コンバージョンまでの時間が短くなっている。ただし、すべてをAIで解決したほうがいいとか、人が対応したほうが温かみがあるとか、そういう二元論ではない。互いの利点を組み合わせることがここ1年の生成AIの進化によって現実味を帯びてきたのかなと感じます」(森氏)
クッキー規制により、新規獲得のデータが追えなくなってきているという現状もある。森氏は「新規獲得の難易度が上がっている分、既存顧客で売上の基盤作りをして、試す施策で新規を視野に入れる。既存顧客でしっかり収益性を高めておくことで、試せる余地が上がる」と言葉をつなぐ。
パーソナライズされた対話に加え、データの蓄積も
では、One to Oneのコミュニケーションで既存顧客との関係を育てる大広オリジナルの「Brand Dialogue AI」とは一体どういうものなのか。一言でいえば、企業や商品のブランドに合わせて最適化されたAI。ChatGPTにブランドの定義を学習させることで、そのブランドにふさわしい対話を自動生成し、LINE、チャットなどの返信が自動化され、大量の顧客との安価なOne to Oneコミュニケーションを可能とする。
これまでのチャットボットと何が違うのか。1つには、ブランドらしさを体現できるという点がある。ブランドの特徴を踏まえたコア部分と、企業・商品・サービスなどの正しい情報をマッチングさせた知識部分の両部分において、ブランドらしさを体現することに成功している。
もう1つの特徴は、パーソナライズされた対話ができるという点。ユーザーの属性情報を用いるだけでなく、日々の対話内容から情報を蓄積し、それらを活用することによって顧客1人ひとりに対してパーソナライズされた対話を提供することができる。この2つにより、これまでのチャットボットでは実現できなかったOne to Oneコミュケーションを実現しているのだ。
対話クオリティで顧客満足度を上げることができるBrand Dialogue AIだが、その一方で、顧客情報を拾い上げていくという特徴も合わせ持っている。リアル店舗での接客内容や、コールセンターにかかってくる消費者の声などは貴重なデータであるが、集めて分析するハードルは高い。しかしBrand Dialogue AIならば、顧客との対話がデータとして蓄積できるため、そこから顧客理解を深め、集めた情報をもとに商品をレコメンドするということも可能となる。膨大な対話データはベクトルデータとして保存されるため、嗜好性をグループ化し、顧客セグメントを自動的に作成することもできる。顧客との対話が、そのままマーケティングに活用できるという点が斬新だ。
コンシェルジュのような身近な相談相手に
現場で指揮をとったFABRIC TOKYOのHead of Strategyの土山氏は、開発段階での具体的なエピソードを聞かせてくれた。たとえば、ユーザーがLINEで「ビジカジの着こなしを教えて」という質問をしたとすると、回答のなかに「ツーピーススーツのジャケットをチノパンに合わせるといい」という一文がある。「これはあまりやられないことだと思うのですけど、実際に僕らが店頭でお客様に直接話したり、自社メディアで伝えたりしていることなんです。というのも、スーツはスラックスからダメになってしまうので、ジャケットだけ余ってしまう。そのときにスラックスだけ買い足すという手段もあるし、パンツをチノパンなど違うものを合わせてジャケパンスタイルにできますという提案をオウンドメディアでしているんですけど、まさにBrand Dialogue AIが該当記事を学習して、返答したという事例なんです。我々スタッフ全員がその場でその返答ができるかというと、できるメンバーもいればできないメンバーもいるかもしれない。それを考えると、すごいいい返答がきたなという意味で、Brand Dialogue AIの印象がさらに良くなりました」(土山氏)
土山氏は「AIに同じ質問をしても人によって同じ返答ではなく、いい返答もあれば期待どおりでない返答もあるという点では、まだまだブランドとして頑張りたいところではある」と話すが、間違えられないところと自由に回答していいところ、そのさじ加減をコントロールできるという意味ではすごくポジティブだと捉えているという。
リリース準備は3カ月ほどだったというが、難しかったのはブランドとして間違えてはいけない情報と、少し緩くてもいい情報のさじ加減。かちっとコントロールしすぎると従来のツールとの差が出ない。情報をどの程度まで緩くするか、またカジュアルすぎず、へりくだり過ぎないなど、トーンのチューニングも試行錯誤を繰り返したそうだ。
大広顧客育成局ディレクターの内田氏は「LINEという生活に近いところにいて、普段から会話していくと情報も溜まっていくので、コーディネーターというよりコンシェルジュのような存在になる。自分のことを知ってもらった上で、色を提案してくれたりコーディネートの相談に乗ってくれたり、顧客体験がリッチになっていくという形を広げていきたい」と語る。
大広取締役常務執行役員の大地氏は「(人的な)コンタクトセンターへの問合せそのものがなくなっていくのではないか。AIが顧客と自然な対話の中でQ&Aに答えたり、お奨めしたりということが実現すると、顧客も身構えず気楽にブランドとコミュニケーションができる。アウトバウンドもAIで完結できる。コストも大幅に変わるし、顧客データも圧縮するのでサーバ負荷も軽くなる。この技術は、流通小売りだけでなく、化粧品や家電機器など様々なメーカーにも導入が可能ではないかと考えています。いわば未来型のコンタクトセンターと言えるかもしれません」と将来構想を語った。