西本願寺のブランド変革 コンセプトは「Lifetime Temple」

「変革コンセプト」が備えるべき、4つの条件

「実はお寺は『いかに生きるべきか、いかに死すべきか』を相談できる最適な場なんです」安永さんのその言葉に、長くブランディングを仕事にしてきた私のアンテナが立った。浄土真宗本願寺派の本山である京都・西本願寺のトップ、安永雄玄執行長(しゅぎょうちょう)から、2023年1月にブランド変革を請け負って2カ月。まず変革コンセプトから決めたいと依頼され、資料の読み込みや僧侶の方々へのヒアリングを行った後、そもそも変革のコンセプトとは何か?ということについて深く考えはじめていた3月頃のことだった。

かつては「駆け込み寺」「寺子屋」と言う言葉が示す通り、日常生活のコミュニティハブとして機能していたお寺だが、時代環境が大きく変わり、お寺と檀家、お寺と人とのつながりは、どんどん希薄になっており、お葬式とお墓のことでしか人々に想起されなくなっている。この状況から、現代の人々のニーズに応え、つまり、マーケットイン発想でお寺が変革していくために、どんなコンセプトワードが必要なのだろうか。待てよ。そもそも、変革コンセプトとは何なのだろうか。

博報堂に勤めていた時も、コンセプト、ビッグアイデア、コアアイデアと呼ばれる言葉を考えていた。それは、表現の手前にある考え方だったり、年間の広告キャンペーンを貫く考え方だったり、統合マーケティング施策群の根本にある考え方だったりしていた。「個々の表現や施策を一段抽象化した言葉」だとも言えるし、「個々の表現や施策がなぜそうなのかを分かりやすく説明する“手前”の言葉」でもあるし、クリエイティブチームのリーダーの立場で言えば「チームメンバーがアイデアを考えやすくなるインスピレーションの言葉」でもある。今回、西本願寺のブランド変革に求められるコンセプトとは、何なのか?自分に問いかける期間がつづいたが、大きく4つの条件が見えてきた。

写真 建物 西本願寺
西本願寺では、毎年 1月9日から16日まで、宗祖である親鸞(しんらん)聖人の命日を偲ぶ、大きな法要が行われる。御正忌報恩講法要(ごしょうきほうおんこうほうよう)という。

変革コンセプトの条件①「変化の“差分”を感じること」

一つ目は、変化の“差分”を感じること。変化の方向性、どちらへ向かっての変化なのかが、分かることだ。「変わろう」と言うだけでは足りない。今の西本願寺をよく表しているとか、今の西本願寺にしっくりくる言葉もだめだ。まだない新しい西本願寺のありようを示す言葉でなければ、と考えた。安永執行長が西本願寺着任前に改革に取り組まれた東京・築地本願寺のコンセプト「開かれたお寺」は参考になった。平易で分かりやすく、そこには背景にある問題意識が、書かれていないが含まれているのだ。それは「お寺は外から見ると閉じているというイメージがあり、なんだか気軽に入れない」という問題である。

そのような状態では、人との新しいつながりが生まれようもないし、今いる門徒(浄土真宗では檀家・信者のことを門徒と言う)の方だって、お寺に行きにくいのではないか。つまり現状を「閉じている寺」とまず捉えたからこそ、変化の差分を感じられる方向性、変化のベクトルの言葉「開かれた寺」が生まれ、実際に変革コンセプトとして機能したのだ。このコンセプトを元に、築地本願寺では、門徒でなくても入れる“合同墓”、気軽に時間を過ごせる境内のカフェ、 仏事やお墓だけではなく日頃の悩みや不安を相談できる“よろず僧談”を始めとする事業が生まれていった。

変革コンセプトの条件②「事業創造コンセプトになっていること」

二つ目は、事業創造コンセプトになっていることだ。上の一つ目と関連するのだが、西本願寺の場合も、人々との新しいつながりをつくりだす事業を生み出していくことになる。今回求められているのも、広告キャンペーンのコンセプトではなく、事業創造のコンセプトなのである。

ブランドについても改めて考えた。ブランドとは、例えて言えば、新しい服を着るように外から企業を包むものではなく、企業の中から滲み出してくるものだと思う。企業の中にある思いや信念が、事業や商品やサービスの形で染み出してくるのだ。広告はそれらを分かりやすく、時に驚きを持って、伝える手段だが、企業のブランドは事業や商品やサービス自体から感じられるものなのだ。

だからブランド変革のコンセプトとは、企業が自らの事業やサービスを創りだす考え方であり、そこから新しい事業が生まれていくようなものであるはず。そのコンセプトをきっかけにして、たくさんの広告表現ではなく、たくさんの事業やサービスが生まれていくような言葉だ。西本願寺は企業ではないが、僧侶の方々がその言葉を見ながら、事業やサービスを考えていける補助線のようなものにしなければならない。そして、方向は一つでありながらも、多様な新事業やサービスができるように、懐の深い、大きめの言葉を作っておく必要があると考えた。

変革コンセプトの条件③「事業環境の変化を踏まえること」

三つ目は、事業環境の変化を踏まえることだ。浄土真宗が創られてから800年の歴史を経た今、お寺、そして西本願寺を取り巻く環境は変わった。寺子屋の機能は学校教育に、駆け込み寺はメンタルクリニックや占い師さんに…と変化は大きい。そして、人とお寺のつながりに関して、ここ20年で起きた変化は、何といってもデジタル化だ。

これからのお寺と人のつながり方を考えた時、お坊さんと人がリアルで対面するつながりが核でありながら、スマホやアプリやSNSや動画といったデジタルツールが普通にある環境を意識し活用しなければならない。デジタルの原理は、マッチングでつながり、そのつながりを持続させること。ニーズを持っているお客様と一度の出会いで終わらず、つながり続けることが可能になる。

私は、広告会社のコピーライター出身なので、とにかく強い広告を作って多くの人に届けたい!が出発点になってしまいがちなのだが、瞬間風速を上げるだけではなく、デジタルを介して持続する、お寺と人の関係をゴールと考えなければならない。

変革コンセプトの条件④「『現代』と『原点』を両方大事にすること」

最後に四つ目は、「現代」と「原点」を両方大事にすることだ。変革のプロジェクトは、変わらなければならない本性上、新しいことに挑戦しなければならないし、長く勤めている人にも新しいマインドセットを要求しがちだ。そんな時、いつも僕は、人ってそんなに新しいもの好きでもないし、強くないよな…と思う。そして、変革の仕事をやってきた経験から、ある会社と仕事に長く関わってきて、一生懸命やってきた人ほど、新しいことや変化を求めることは、自分の今までを否定されたような気持ちになるものなんだ、ということも学んできた。

だから、西本願寺の新しい挑戦を導く言葉でありながら、そうだ、お寺って元々そういう存在だよなあ、と僧侶の方々、そして生活者が納得するような言葉であった方が良い。マーケットイン発想で現代を見つめ、デジタル時代の人々の新しいニーズと生活スタイルを捉えることは当然大事である。一方で、お寺の原点に根ざしている、そうそうお寺の仕事はこれだったよ、自分たちの仕事はこれだった、と僧侶の方々のやる気が出るようなものを作れたら理想だと思った。

私は変革を考えるとき、歴史のあるブランドであればなおさら「現代」と「原点」という視点を踏まえる。創業者の思いであったり、かつて社会で果たしていた役割であったり。なぜならそこで働いている人々は、その原点に惹かれて入ってきた人が多いからである。僕のように外部から雇われたスタッフが、外から違う服を着せるような変革ブランディングをやっても、働く人たちの心に根ざしたものでなければ、変革はうまく行かない。変革のために、現代を見つめて原点を取り戻していきましょう、と語りたい。

写真 人物 複数 コラム執筆者の原田氏(左) 西本願寺のお坊さん(右)
毎日4回、西本願寺のお坊さんが案内してくださる「お西さんを知ろう!」という無料の境内ツアーがある。お坊さんが、境内の建物だけでなく、浄土真宗の教えについても初心者にも分かりやすく解説して下さいます。

ライフタイムバリューという考え方を、お寺に

さて、4つの条件をふまえた上で、このコラムの最初に書いた、安永執行長の言葉に戻りたい。執行長がよく言われる「実はお寺は『いかに生きるべきか、いかに死すべきか』を相談できる最適な場なんです」という言葉が、僕のアンテナを立てた。それは、現状のお寺の、お葬式やお墓という「いかに死すべきか」だけになっている想起イメージを、「いかに生きるべきか」に広げていくこと、それが変化の差分、変革の方向性だと気づかせてくれたのである。

そして、それは事業創造のコンセプトになっている。悩みや苦しみを受け止める事業はもちろん、生きる喜びや楽しみを共有する事業を考えられる。例えば事実、音楽プロデューサーのつんくさんは、西本願寺で仏式の結婚式を挙げた。西本願寺ならではの精進料理もある。デジタルの力で、一生のさまざまなタイミングとつながれば、浄土真宗と親鸞(しんらん)の思想を核にしながら、膨大な文化資産によって、人の一生の苦しい時も楽しい時も支えることができるのではないだろうか。寺子屋や駆け込み寺であり、人々のコミュニティハブであった、かつてのお寺のデジタル時代版だ。

上記のような考え方を説明した上で、安永さんを始めとする西本願寺のトップのお坊さんたちに私が提案したコンセプトは「Lifetime Temple」というものだ。ビジネスの世界にはLTV(Life Time Value)という言葉がある。デジタル環境で企業と顧客が生涯つながる時代だから出てきた考え方で、顧客生涯価値と訳される。どちらかというと逆にお寺生涯価値、つまり、お寺が人の一生にどれだけの価値を提供できるか?を考えて事業創造していきたい。

去年の夏にはこのコンセプトを使い、西本願寺職員である僧侶の方々30数名とワークショップを行った。100もの事業アイデアが生まれ、参加した僧侶の皆さんは生き生きと楽しそうに感じられた。そして、去年の秋には「TERAKOYA HONGWANJI」というスクール事業がはじまり、事業創造も動き出している。

実データ グラフィック 「TERAKOYA HONGWANJI」
子どもからお年寄りまで参加できる講座を開催する「TERAKOYA HONGWANJI」

コンセプトのもとになった安永さんの考え方は、西本願寺公式note【安永雄玄執行長インタビュー】第3回で詳しく読めるので、興味を持った方はぜひ見てみてほしい。

さて、事業変革コンセプトをそのまま伝えても、生活者は振り向いてくれたり、来てくれたりはしない。中の人が変革を進めるための言葉だからだ。では、外に何をどう伝えることにしたのか?を次回書こうと思います。

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原田 朋(クリエイティブディレクター/PRディレクター/コピーライター)
原田 朋(クリエイティブディレクター/PRディレクター/コピーライター)

博報堂クリエイティブディレクター、スマートニュース広報責任者を経て、2023年独立。コピーライター出身の発想力と、テックベンチャーでの企業広報経験を掛け合わせ、ブランドの言葉を大切にした統合マーケティングコミュニケーションを実践。Code for Japan理事としてシビックテック普及にも注力。博報堂フェロー。

原田 朋(クリエイティブディレクター/PRディレクター/コピーライター)

博報堂クリエイティブディレクター、スマートニュース広報責任者を経て、2023年独立。コピーライター出身の発想力と、テックベンチャーでの企業広報経験を掛け合わせ、ブランドの言葉を大切にした統合マーケティングコミュニケーションを実践。Code for Japan理事としてシビックテック普及にも注力。博報堂フェロー。

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