UX(ユーザー体験)デザインの視点でゲームを捉え直した、「人生の大切なことをゲームから学ぶ展」が3月15日に始まる。会場は、日本デザイン振興会(JDP)が運営する施設「GOOD DESIGN Marunouchi」(東京・千代田)。
JDPが「デザインの可能性を広げ、展示を通して多くの人たちに創造的な気づきを提供する」ことをテーマとした展示企画を公募し、たきコーポレーションの案を採択した。「ゲーム」をテーマとした企画展を選んだ狙いについて、審査員を務めたGOOD DESIGN Marunouchi ディレクターでデザイナーの廣村正彰氏と、企画者であり、クリエイティブディレクターを務める、たきコーポレーションの藤井賢二氏が語った。
――「ゲーム」を題材にした企画展を選んだのは、なぜですか。
廣村正彰氏 来場された方には、「『ゲーム』において、デザインとして捉えられるものは何か」と考えるきっかけになってほしいと思います。一見、デザインを内包していないかのように見えるものでも、実はそうでないことは少なくありません。「これもデザインなのか」と、視点を変え、発見がある企画展になれば。
私は、ゲームが持つデザインの要素として大きいのは、「人々が没入する」という点ではないかと考えています。没入するようなユーザー体験(UX)が人々へもたらす影響というものも興味深い。なぜゲームがいいのか、なぜゲームが受け入れられているのか、これをもっと分解してもらいたいな、というところです。
今回の公募では、過去最大の27企画の応募がありました。多くの案の中でも、最初に目がとまったのが、この企画展のタイトルでした。私を含め、審査員はだいぶ後になってからゲームというものに触れた世代です。だから、「人生の大切なことをゲームから学ぶ」という案を見て、「そうかなあ?」「そうなのか!」と盛り上がりました。確かに、生まれたときからゲームがあった人たちにとってはそうなのかもしれませんね。
たとえば、「勇者」という言葉は、ゲームを発端に耳にするようになったものの一つではないかと思います。昔はあまり日常的に用いる言葉ではありませんでしたから。ゲームが私たちに大なり小なり影響していて、ゲームの中で得た体験が人生にかかわってきた、というのは面白い視点で、採択に至りました。
企画自体は当初からゲームで行こう、と決めていたんですか?
藤井賢二氏 いえ、実は違ったんです。応募を決めてから社内でもかなり議論したんですが、「ボタンに関するデザイン」や「感情に関するデザイン」などの案がありました。デザイン畑の我々としては、論理的で追求してみたくなるテーマです。ただ、どこか堅苦しさもあります。
企画の過程で、ゲームというテーマがメンバーから挙がってきました。最初は、なんでもかんでもゲームにしてしまう展示会があったら面白い、と。最終的には、もっと肩の力を抜いて、自分たちで実際にゲームを作るような展示会を作ってみたいという企画にまとまりました。
廣村 そう、審査過程の面談で「自分たちで作る」と聞いて驚いた覚えがあります。当初は、既存のゲームを分析するのかと思っていたんですが、違う、と。しかも「何台もアーケードゲームを作る」というから、「本当にできるんだろうか」とちょっと心配にもなりました。
しかし、先ほど、展示予定のゲームを見せてもらいましたが、わかりやすく端的なゲームになっていて。さらに納得しました。
――制作を進める中で、実際、デザインという観点での発見はありましたか。
藤井 いろいろな方からお話を聞いたり、勉強したりしたなかで、ゲームがほかのエンターテインメントと最も異なる点は、「操作」であることに気づきました。ゲームは、プレイヤーが参加することによって成立します。たとえばビジュアル要素は素朴だったとしても、プレイヤーが感動したりします。それは、プレイヤーを招き入れる設計を緻密にしているからですよね。
廣村 情報量と感動の大きさは必ずしも比例しないというのは、当たり前のようなのだけれど、深いですよね。練られたストーリーや仕掛けがあれば、シンプルな構造でも人を感動させられるわけですから。
藤井 そうなんです。細やかなところにもゲームの体験のデザイン があります。たとえば、ゲームらしさを感じるもののひとつに、レトロゲームのようなドット絵の書体があると思うんですね。けれど、あの書体は、並べただけだと読むのがかなりつらいんじゃないでしょうか。企画展の映像でも実際のゲーム画面のように文字が順繰りに表示されるようにアニメーションさせたのですが、最初はしっくり来ませんでした。
実は、1文字ずつ音を鳴らし、さらに文が出終わった際にも音を鳴らすと、「読める」感覚が生まれるようなのです。子どもの頃は遊ぶことに夢中で気づきませんでしたが、テキストひとつとっても、気持ちよく読ませる、注意を引くという点で、ゲームはかなり工夫をこらしているように思います。それはグラフィックデザインにおいて、いかに紙面で美しく見せるか、気持ちよさを与えられるか、というのと同じですよね。
廣村 まさにそういった発見が、企画公募の主旨なんですよ。「デザイン」という言葉はかなり日常的なものになったけれども、実はまだ、生活者とデザインとの間には深い溝があると考えています。だから、社会とデザインとの接点、交流の場として「GOOD DESIGN Marunouchi」がある。そして「グッドデザイン賞」も、単なる表彰事業にとどまらず、社会に「デザインとは何か」と考えてもらうきっかけを提供するのが、役割のひとつです。
プロダクトデザインやグラフィックデザインなど、形があり、触感があるものは、ある意味ではわかりやすいんです。しかし、デザインは、まちづくりやコミュニティ形成、ビジネスのあり方、果ては生活全般の、目に見えない、手触りのないところにも息づいています。
もちろん、目に見えるほうのデザインはすべて理解されていると言いたいのではありません。グラフィックやタイポグラフィーは数千年前からありますが、職として携わる我々自体、いまだに広い白地の上で、まだだ、もっとできることがあると四苦八苦しています。
わかりやすく知覚できるデザインですらそうなのだから、そうでない領域での仕組みや設計といったデザインと生活者の距離は、想像以上に開いていると考えたほうがよいでしょう。
ゲームもそのひとつですが、社会を席巻し、なにがしかの潮流を生み出して、大きな産業になるようなものは、外側からはわからないようなデザインを内包しています。そういったデザインに気づくきっかけを提供したい、というふうに考えています。
――ふだん、デザインに携わっていない方も、デザイナーも、何か新しい視点が得られそうです。
藤井 先ほど、ゲームはエンタメコンテンツと言いましたけれども、やはりただの娯楽以上のものがあると思います。たとえば親からすれば、子どもがゲームばかりやっていて困るんだと、そういったことはあるかもしれません。しかし、実は学べる部分がある。
ゲームには、制作者の伝えたいメッセージがあったり、どんな体験をもたらしたいか、という創意があります。ふだんからゲームで遊んでいる方々も、そうでない方も、ゲームの体験デザインにおける工夫に、少しでも思いを巡らせてもらえたら、と思います。
廣村 私も、実のところ「ゲームなどけしからん」派でしたよ。ゲームは人間の欲望や生理的な反応に忠実につくられているものだと考えていました。今回の企画展を通じて、学べることは少なからずあるな、と思っています。
藤井 もちろん、必ずしもよい側面ばかりではないことは確かでしょうね。
廣村 デザイン自体、必ずしもよいわけではないんですよ。デザインされたものは、すなわち良いものである、なんてことは決してありません。
いま、社会にはいろいろなものがあふれていますよね。そして、デザインは、表から見えないところも含めて、多様なものに浸透しています。数多くの選択肢が私たちの目の前にあるわけですが、自分が何を選ぶか、何を選んできたか、というのは、その人の人格にかかわることです。どういうデザインを選ぶかって結構大事なんですよ。
藤井 そうですね。ゲームは今後、ますます日本から世界へ出ていくのでしょうし、そうなれば、また、世の中のゲームの見方も変わっていくことになると思います。我々もデザイン会社が、こと体験デザインという面において、できることはどういったことなのか。そこは企画展が終わったあとも、考えていきたいと思います。
廣村 いいですね。この企画展も巡回したい。海外でもできるんじゃないですか? 特に欧州でやったらウケそうですよ。ご来場いただいた方のアンケートなども参考に、発展的に考えていければいいと思います。
11時00分〜20時00分
(最終日は18時00分閉館)入場料:無料会場:GOOD DESIGN Marunouchi
東京都千代田区丸の内3-4-1
新国際ビル 1階Web/SNS:公式Webサイト
「X」公式アカウント
「Instagram」公式アカウント企画制作:藤井賢二(クリエイティブディレクター)
内山堅(プロデューサー)主催:公益財団法人日本デザイン振興会
人生の大事なことをゲームから学ぶ展 企画チーム(株式会社たきコーポレーション)