なぜパナソニックが「ウェルビーイング」か
パナソニックHDが「くらしコミュニティCPS」プロジェクトを通じ、構築しようとしているのは、「地域密着型コミュニティ支援デジタルプラットフォーム」だ。どのようなプラットフォームなのか。目指す理想像について、飯田氏はこう話す。
「プロジェクトが目指すのは、お互いを気にかけ、助け合える地域社会の創出です。そうした地域社会が、さまざまな背景を持つ生活者が、身体的、精神的、社会的に良好な状態=ウェルビーイングを叶えるためには必要だと考えています」(飯田氏)
「ウェルビーイング」を主題にしているのは、パナソニックHDが2022年6月、技術戦略領域における中長期的な事業構想として打ち出した2大テーマ「サステナビリティ」と「ウェルビーイング」による。
パナソニックといえば祖業はものづくりだが、2024年現在、その手は生活分野、自動車、ハウジング、インダストリー、エネルギー、そしてDX(デジタルトランスフォーメーション)と、広範囲に広がる。技術戦略では、各事業会社の競争力を高めるために、製造からさらに一段階深化させた、基盤づくりを目論む。
しかしながら、ものづくりと基盤づくり、その根底にあるものは同じだと飯田氏は語る。
「ひとつのプロダクトであれば、ターゲットに特化、先鋭化を図り、プラットフォームでは、ある程度の汎化を図り、多様さを包含するものに仕上げていくといった違いはあります。ただ、その目的である『お客さまの暮らしに寄り添う』という点で、実は製品づくりと『くらしコミュニティCPS』双方の根本的な思想は同じなんです」(飯田氏)
基盤づくりを担うプロトタイピング
その「くらしコミュニティCPS」プロジェクトのひとつの結実となっているのが、京都市で実験しているスマホアプリ「つれづれめぐり 京都編」だ。プロジェクトのほんの一端ではあるが、飯田氏は「『くらしコミュニティCPS』で我々の目指しているものに輪郭を持たせられたと思います。使われ方においても、定性、定量の両側面で、有意義なデータを得ることができています」と話す。
「つれづれめぐり」はいわゆる歩数計アプリで、一定の歩数をこなすごとに京都11エリアのおすすめスポットの情報やクーポン配信するほか、歩き方の特徴分析といった機能を備える。おすすめスポット情報はユーザー自身が投稿することができたり、歩き方の分析も似た特徴のユーザーを紹介したり。散策した先での写真や感想をチャットでやり取りすることも可能だ。
地域情報を一方的に受け取るのではなく、互いに発信しあうことで、ゆるやかなつながりを設け、外出を促しあう。自分の外出が、また別の誰かが出かけるきっかけになり、また、そこに他者との関係を生み出す、というアプリだ。
「地域密着型のデジタルプラットフォーム」という新規性が高いプロジェクトであったことから、プロジェクトの初期段階からプロトタイピングが重要となっていた。
「くらしコミュニティCPS」のプロトタイピングをリードしたのが、S&D Prototypingの三冨敬太氏だ。
「新規事業の立ち上げにおいては少数精鋭でのチーム構築を重視している」と話す飯田氏。三冨氏も初期段階からチームに加わり、本プロジェクトを推進していった。
「つれづれめぐり」を構築する際の初期のプロトタイピングのポイントは2つ。「簡素化」と「並列化」だ。
「『簡素化』は、考えているアイデアをできるだけ簡単につくることです。たとえば、つれづれめぐりでは、歩数に応じた地域情報の取得という機能を簡易的に体験してもらえるよう、ターゲットにウエアラブルデバイスの『Fitbit』を渡して歩数を取得し、その歩数に応じてLINEから地域情報を送付するというプロトタイピングを実施しました。
また、初期段階のアイデアは、本当にユーザーにとって価値があるかはわかりません。そのため、できるだけ多くのアイデアを同時にプロトタイピングすることで、ユーザーに刺さるアイデアを発見する可能性を最大化していきます。それが『並列化』です。本プロジェクトでも、8点のアイデアをプロトタイピングしました。
この並列化は非常に有効で、たとえば、あるコンセプトAについて、仮説立て、検証、さらに仮説立て、と連続して進めていくよりも、A、B、Cと複数のコンセプトの仮説立て、検証を並行して進めるほうが異なる学習ができます」(三冨氏)
重要なのは、定性・定量データの捉え方
現在はデジタルを介して新たな地域エコシステムが循環するかを問うことに、主要な検証対象が移行している。その例が、京都市内のコミュニティを対象にアプリを用いてもらうことで、コミュニティが活性化していくかについての実証実験だ。アプリを用いてくれるユーザーや、地域のリーダー、地域の店舗などさまざまなステークホルダーのデジタル上の動きを捉えながら、随時サービスをアップデートしている。
ここで重要になってくるのが、定性データと定量データを活用したプロトタイピングだ。たとえば、実証実験中の調査でこんなエピソードがあった。アクセス頻度自体は低いというデータが出ていたが、インタビューしてみると、実はかなりアクティブなタイプ。ふだんからさまざまな活動をする中でも、時間をアプリに定期的に割いていたこと、ほかの利用者の情報や、地域情報を楽しんでいたことがわかった。
「このエピソードを紐解くためには、定性的なデータと定量的なデータの両方を、俯瞰してとらえる必要があります。つまり、定量データだけでは、こうしたユーザーがどんなところに魅力を感じてくれているのかわかりません。同時に定性的なデータをしっかり見ていくことで、ユーザーインサイトを精緻に理解できるのです」(三冨氏)
実務上のプロトタイピングにおいて、定量的なデータと定性的なデータを効果的に活用するためにはどうすればいいのか。三冨氏はこう説明する。
「まず重要なのは、定量的なデータを軸にして検証可能な仮説を設定することです。その上で、プロトタイプを用いたインタビューなどで定性的なデータを見ていく。それにより、データを文脈も含めて把握して、理解していきます。また、インタビューで得られた発言も、発言単体だけを真に受けずに、同じポイントをどのように定量データが示しているかを見て、客観的に説明可能なインサイトを抽出することが重要です」(三冨氏)
「三冨さんを何のプロフェッショナルと定義するか、と問われれば、やはりプロトタイピングのプロ」と話すのは飯田氏だ。
「プロジェクトのデータ分析チームとの連携においても、たとえば主観的なデータの集まりをデータ分析チームが拾いやすいようにパスしてくれます。かといって、三冨さんはインタビュワーのプロというわけでもない。たとえが抽象的になってしまうんですが、暗闇に包まれた洞窟を探索しているようなプロジェクトにおいて、わずかな灯りを持って、この先の道が塞がっているか、開けているかを複数の分かれ道において同時に探って来てくれる方、というイメージなんです」(飯田氏)
真のゴールであるプラットフォーム化に向けて
プロジェクトが特に重視するのは、「孤立」や「孤独」が招く、さまざまな社会課題だ。シニア世帯で言えば、いわゆる「フレイル(虚弱)」状態にある人が増加することで、医療費や介護費といった社会保障費が増大する。「つれづれめぐり」が、ガイドのような発信者役を設けず、利用者間の外出の促しあいを実現する設計になっているのは、孤立や孤独を防ぎ、外出による健康増進を図るためだ。
「孤立」「孤独」は高齢者に限らず、子育て世代なら経済的困窮から、過労や子どもの教育格差につながる。若者単身世帯でも、自分の意志から離れた晩婚、非婚といった状況はあり、出生率に大きな影を落としている。しかし、プロジェクトの第一弾施策で高齢者に目を向けたのは、飯田氏の個人的な思いもある。
「実は、私の母親が地域の方々との接点の多い仕事をしているのですが、コロナ禍で直接の対面ができなくなった時期がありました。一服した段階で、訪れていくと、コロナ禍前と比べて急激に老け込んでいたといいます。
私自身、幼い頃から知っていた方々もいたので、人は継続的な社会接点がないと、あっという間に弱ってしまうのだということを痛感しました。60歳くらいというのはかなり体も元気なんですが、接点がないと誰しも衰えてしまうリスクがある。孤立させない、孤独にさせない、というのは、こうした実体験も背景にはあります」(飯田氏)
こうした課題に対しては、公的資金の注入やマンパワーの投下での解決は現実的ではない。現時点でも民生委員など地域を支える組織制度もあるが、民生委員自身の高齢化も顕在化してきている。
「すべてをテクノロジーで解決したり、事態を一変させたりできるとは思いませんが、社会とのつながりを提供することで課題解決の歩みを進めることはできるし、十分底上げできるところがあるはずと考えています」(飯田氏)
しかし、生活者の実態は、想像以上に多様だ。当然、価値観も一様ではない。ひとつのアプリだけで社会課題の解決というのは、絵に描いた餅に等しい。本質的には、地域の助け合いや支え合いをどう循環させるかという視点で、テクノロジーの使いどころを考えるためのプロトタイピング。アプリはその実現方法のひとつと言える。
飯田氏は、「思い込みや仮説を重ねていくのでは、単なる妄想にすぎません。正解がわからず、現時点での最適解なのかもわからないとき、そこには嘘のない確からしいエビデンスが必要です。そこを三冨さんが担保してくれている」と話す。
「プラットフォーム構築が叶えば、当社にとっても大きな前進となります。集まった知見、エビデンスを基に、次のステップ、次のステップと、歩みを続けていきたいと思います」(飯田氏)
〔プロトタイピングに関するお問い合わせ〕
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〔地域密着型コミュニティ支援デジタルプラットフォームやつれづれめぐり 京都編に関するお問い合わせ〕
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